289話―魔界の夜、魔神たちの語らい:後編

 食事の用意が整い、決戦前夜の夕食が始まる。防災倉庫から拝借した保存用のビスケットや干し肉、魚の干物などに加え、町の近くの林で採ってきた果物が並ぶ。


 せめて見栄えはよくしようと、盛り付けにも工夫が施されていた。幸い、調味料の類いがあり、腐っていなかったようで味の方も最高の出来栄えになっている。


「それじゃあ、そろそろ食べるとしようか。いただきます」


「いただきます」


 全員揃ってテーブルを囲み、慎ましやかな晩餐を楽しむ。これが、みんな揃って過ごせる最後の夜になるかもしれない。その場にいた全員が、漠然とそんな感覚を抱いていた。


 だからなのか、みな口数がいつもより多くなる。これが最後の思い出になるのかもしれないのだから、もっと話をしていたい。今ここにいる仲間の顔を、声を……記憶に刻みつけておきたい。


 みな、そう思っていた。


「……にしても、不思議なもんだよな。ここまで一人も欠けずに来られたなんてよ」


「まあ、そうだな。いろいろと戦ってきたが……全員生き残れたのはちょっとした奇跡と言っても過言ではあるまい」


 食事を終え、食後の酒を飲みながらダンテがそう呟くとアイージャが答える。彼女の言った通り、多くの強敵たちとの戦いがあった。


 中には、命を落としかねない危険な状況に陥った場面もあったが、それでも一人として死ぬことはなく生き延びた。確かに、奇跡と言ってもいいだろう。


「ま、オレの考えとしちゃあよ。やっぱり、リオの存在が大きいんじゃねえかって思うワケよ」


「へ?」


 りんごジュースを飲んでいたリオは、ダンテの言葉にきょとんとした顔をする。その顔が面白かったのか、全員が吹き出してしまった。


「もー、なんで笑うの!」


「いや、わりぃわりぃ。で、話を戻すけどよ、オレらがこうして今健在なのもリオのおかげじゃないかって思うんだ」


 ぷんぷん怒るリオに謝ったあと、真剣な表情を浮かべダンテはそう口にする。グラスに注がれたワインを一口飲んだ後、続きを話し出す。


「リオの頭の回転の良さは凄いからな。オレじゃあ思い付かねーような作戦も、パッパッと思い付いて実行しちまう。そんなところに、助けられてんじゃーねーかなって思うわけよ」


 その言葉に、他の者たちは頷き同意する。一方で、リオ本人はいまいち自覚というものがないらしく、きょとんとしながら首を傾げていた。


「そうかなぁ……」


「そうですわよ、師匠。フレアドラゴンと戦った時も、師匠の機転は素晴らしいものでしたわ」


 そう呟くリオに、エリザベートがそう答える。そこに、さらにダンテが声をかけ、冗談めかしてこう伝えた。


「ま、だからよ……最後の戦いでも期待してるぜ? 魔王相手に、ブチかわしてやれよな。全員で、生きて帰りたいしな」


「うん。必ず、グランザームをあっと言わせてみせるよ」


「頼むぜ。さて、生きて帰ったら……オヤジの跡でも継いでみるかな」


 そんなやり取りのあと、しばし雑談が行われる。しばらくして晩餐はお開きとなり、汗を流すため町中にある銭湯へと向かう。


 リオはダンテと共に男湯に入ろうとするも、女性陣に捕まり女湯の方へと引きずられていく。抵抗しようとするも、六対一では勝ち目などない。


「ま、待って、僕男湯に……」


「ん? ダメだよ? これが最後になるかもしれないんだし、一緒にお風呂に入らないとね」


「そーそー。こういう付き合いもね、大事なんだよ。あ、ダンテはダメね。もし覗いたら全身の骨を粉々にするから」


「……わーってるって。んな死に急ぐようなことしねえよ」


 ダンスレイルとクイナはそう言うと、リオを連れてのれんの奥へ消えていった。一人残ったダンテは、男湯の方に入っていく。


 一時間ほどした後、女性陣は満足そうな顔で戻ってきた。一方のリオは、あまりの恥ずかしさに、茹でダコのように顔を真っ赤にしてしまっていた。



◇――――――――――――――――――◇



「いやー、いい湯だったねぇ、リオくん」


「……ソウダネ、クーチャン」


 風呂から上がった後、クイナはリオを連れて町の広場で涼んでいた。風呂での出来事がフラッシュバックし、キカイのようにぎこちなく喋るリオを見ながら、ニシシと笑う。


「それにしても、いい風だねぇ。……こんな風に当たってるとさ、あの時のことを思い出さない? バルバッシュと戦った時のこと」


 ふと、クイナは真面目な声色でそう口にする。勿論、リオはしっかり覚えていた。ロモロノス王国での、バルバッシュとの出会いと戦い。


 旧き牙の魔神との決戦で、リオはクイナと共にバルバッシュと死闘を繰り広げた。その時のことは、今でも鮮明に思い出すことが出来る。


「覚えてるよ。忘れられないよ、あれは」


「あはは、だよねぇ。……ねえ、リオくん。この戦い、絶対に勝ってみんなで生き残ろうね。まだまだ、やりたいことたくさんあるから、さ」


 クイナはそう言うと、リオをそっと抱き寄せる。彼女の心臓の鼓動を感じながら、リオは頷く。誰一人として、仲間を失いたくない。


 その想いは、二人とも強く抱いていた。


「全部終わったら、忍者修行してみない? リオくんなら、いい忍になれると思うよ」


「忍者かぁ……面白そうだなぁ。やりたいな」


「ふふ、じゃあ約束だね。きびしーくやるから、覚悟しといてよね」


 そんな約束を交わし、二人は宿へ帰っていく。その途中、路地裏の方から何かを振るをする音が聞こえてくる。二人が音のする方を覗くと、カレンとエリザベートが素振りをしていた。


「あれ、二人ともこんなところで何してるの?」


「おっ、リオにクイナじゃねえか。いやな、明日に備えて少し手合わせしてたんだよ」


「ええ。皆さまの足を引っ張るわけにはいきませんから」


 何をしていたのか問うリオに、カレンたちはそう答える。どうやら、軽く訓練していたようだ。路地裏の奥には建物に囲まれた開けた空間があり、手合わせするのにちょうどよかったらしい。


「そうなんだ……。じゃあ、僕もちょっとだけやろうかな」


「じゃー、拙者は先に帰ってるね。ほどほどにしとくんだよー」


 クイナは先に宿へ帰り、残った三人は軽く手合わせをする。また汗をかいては元も子もないので、あっさりと手合わせは終了した。


 少し休んだ後、宿への帰路に着く。三人並んで夜道を歩きながら、カレンはリオに声をかける。


「……なあ、リオ。エリザベートも聞いてくれ。アタイはさ、決めたぜ。この戦いに生き残ったらよ、改めて……リオ、お前にプロポーズする」


「ええっ!? そ、そんないきなり!?」


「これはまた、とんでもない宣言をしてきましたわね」


 突然のカレンの宣言に、二人は驚く。カレンは照れ臭そうに笑った後、リオの頭を撫でながら自身の決意について語り出す。


「いやさ、今ここでしてもよかったんだけどよ、流石にそれだとなんかこう……ムードってもんがねえだろ?」


「カレントさんでもそういうのを気にしますのね……あいたっ!」


「失礼だぞ、こら」


 失言をしたエリザベートにデコピンをしつつ、カレンは頬を膨らませる。その割りに、顔には笑みが広がっていた。彼女なりのおふざけなのだろう。


「ま、そういうわけでだ。必ず生き残るぜ、アタイは。だから、リオも死なねえでくれよ。どっちかだけ生き残るってのは、悲しいからよ……」


「わたくしもそう思いますわ。師匠、わたくしたちはみな、生きて帰るつもりでいます。ですから、師匠も……みんなと一緒に帰りましょう?」


「……うん。そうだね。みんなと約束したし、死ねないよ。まあ、死ぬつもりなんて最初からないけどね」


 二人にそう答え、リオも微笑みを浮かべる。宿に帰った後、三人はそれぞれの部屋に戻る。リオが自分の部屋に入ると、そこにはレケレスとアイージャがいた。


「やっほ。お帰り、おとーとくん」


「待ちくたびれておったぞ、リオよ。全く、待ちぼうけを食らうなら全員一緒に帰ればよかったな」


「ごめんね、ちょっと寄り道してた」


 二人も、リオに話があるようだ。リオは椅子に座り、二人と向き合う。最初にリオと出会った者と、最後にリオと出会った者。そんな二人は、背中に回していた手を見せる。


 その手には、小さなミサンガが一つずつ乗っていた。風呂から出た後、いち早く宿に戻った二人が作ったのだという。全員で生きて帰る。そんな願いを込めて。


「ちょっとしたお守りだ。一つでも効果はあるだろうが、二つあればもっと効果的があろう? だからな、二人でせっせと作ったというわけだ」


「ちゃーんとおとーとくんの腕にピッタリになるように作ったんだよー」


「ありがとう、二人とも。このミサンガ……大事にするね」


 リオはミサンガを受け取り、二人を抱き締める。一人として死なさない。どんな手を使ってでも、必ず……自分を含め、全員で勝ち、帰還する。


 決意を新たにし、リオたちは翌日に備え眠りに着く。最後の戦いの時が、すぐそこまで迫ってきていた。

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