126話―地下水脈のぼうけん

 大樹の真下に広がる広大な地下水脈に足を踏み入れたリオたちは、あまりの暗さに面食らってしまう。一メートル先も見えない暗闇を晴らすため、ダンテは魔法を唱える。


「こりゃダメだな……灯りがなきゃ危なくてしょうがねぇ。ライトボール!」


「わあ、明るくなった。ダンテさん、ありがとう」


 小さな光の玉が作り出され、ふよふよと空中を漂う。五メートルほど先までの視界が確保され、だいぶ探索しやすくなったことを喜び、リオはお礼を言う。


「気にすんな。これくらいは冒険者のたしなみだからな。さ、行くぞ。水脈に落ちるなよ? 落ちたらどこに流されるか分からねえからな」


 ダンテの言葉に頷き、リオたちは慎重に歩を進める。足場となる土はかなり柔らかく、ところどころ泥に変化しているせいで進むのに苦労させられてしまう。


 水脈は流れが早く、一度落ちてしまえば陸に戻ることはほぼ不可能と言っても差し支えないため、どうしても歩みは遅くなる。さらに、新たな問題も……。


「キイィィー!」


「チッ、ジャイアントバットの群れか。面倒くせえな」


 南の方から大きな牙を持つコウモリの大群が現れた。狭く不安定な足場の上で戦うのは上策とは言えず、水脈に落ちたり同士討ちが発生する危険もある。


 ジャイアントバットの群れが近付くなか、リオは事態を打開するべく策を巡らせる。周囲を見渡し、問題を解決するための方法を考えついた。


「よし、ここは僕に任せて! ジャスティス・ガントレット発動! フリージングプレート!」


「おおっ! 氷の板か! サンキューリオ! これでガッツリ戦えるぜ!」


 右手を握り締め、リオは籠手に嵌め込まれた青色の宝玉の力を発動させる。すると冷気が渦巻き、水脈を跨ぐように大きな氷のプレートが生成された。


 足場の不安定さと狭さ、二つの問題を一挙に解決することに成功したリオをカレンが誉める。三人はそれぞれの武器を構え、ジャイアントバットの群れを迎撃する。


「お前たちの相手は僕だよ! こっちこっちー!」


「キイィィー!」


 リオは【引き寄せ】を発動し、群れの大多数を引き受ける。残りをカレンとダンテが叩き落とし、水脈に蹴り落とす。群れは壊滅し、生き残った少数のコウモリは慌てて逃げていった。


「へっ、たいしたことねえな。アタイらにかかりゃ屁でもねえ」


「うんうん。僕たちは強いもんね! ねっ、お姉ちゃん」


「おう!」


 カレンはリオの頭をわしゃわしゃ撫で可愛がる。その様子を見ながら、ダンテは微笑ましそうに佇む。少しして、リオはプレートを拡張し足場を確保しながら先へ進む。


 ダンテが持参したコンパスの導きに従って南へ向かい、地下水脈を抜けようとする。が、広大な水脈をそう簡単に抜けられるわけもなく、一行は小休憩を余儀なくされる。


「少し疲れたな……。あんまり急ぐのもアレだし、少し休むか」


「うん。僕も疲れちゃった」


 リオはプレートの上に氷の肘掛け椅子を三つ作り、休めるようにする。ライトボールの灯りの下、持参したおやつを取り出し、体力回復のために食べ始める。


 ホッと一息ついていたその時、リオの猫耳が遠くから響いてくる足音を聞き付けた。咄嗟に自分たちが歩いてきた方向に振り返るも、ただ暗闇が広がっているだけだ。


「ん? どした、リオ」


「聞き間違いか分かんないけど……足音がするんだ。僕たちが来た方向から」


 カレンがリオの行動に疑問投げ掛けると、そんな返事が返ってくる。猫耳をピコピコ揺らし、リオは音を拾うのに全神経を集中させる。


 すると、少しずつだがコツコツという足音が近付いてくることが明らかになった。何者かがリオたちを追い、地下水脈を進んでいるのだ。


 一切灯りの類を持つこともなく。


「……おいおい。勘弁してくれよな。まさか異神って奴か? こんなところで戦うなんて嫌だぜ? アタイは」


「オレだって御免だ。とはいえ……来ちまったらるしかねえがよ」


 リオの表情が強張り、緊迫した雰囲気を漂わせ始めたことでカレンとダンテもただ事ではないと理解し戦闘体勢を取る。が、実際に現れたのは異神ではなかった。


 暗闇の中から現れたのは、青色の肌を持ち、長い金色の髪を三つ編みにした、メイド服に身を包んだ女性だったのだ。


「え? 女の人……?」


「……生命反応確認。人相及び魔力波長による個体判別を開始」


「へ? わっ!」


 女性は小さな声でそう呟くと、リオに近付きひょいと抱き上げる。突然の行動にその場にいた全員が驚き、困惑したまま固まってしまう。


 抱き上げられたリオはどう行動するべきか判断がつかず、されるがままになってしまっていた。エメラルドグリーンの瞳に見つめられ、気恥ずかしさを感じる。


「……認証完了。貴方がリオ・アイギストス様で間違いありませんか?」


「え? そうだけど……お姉さんは誰なの?」


 リオが問うと、女性は彼をプレートに降ろし、片膝をついてひざまずく。そして、恭しい口調で驚くべきことを話し始めた。


「申し遅れました。わたくしはファティマ。偉大なる魔族の王、グランザームにより作られし自動人形オートマトン。貴方様をお守りするべく、参上致しました」


「ええーっ!?」


 女性――ファティマの言葉に、リオは思わず叫んでしまう。確かにグランザームは自分の代わりとなる協力者を送ると言っていたが、想像を遥かに上回る形となり仰天してしまったのだ。


「おいおい、マジかよ。自動人形オートマトンっつったら確かグリアノラン帝国の魔導カラクリ技術でしか作れねえ代物だろ? それを自作するって……魔王すげえな」


「……こいつ、人形のクセに胸でけえな」


 ダンテがグランザームの技術力の高さに感服する一方で、カレンは至極どうでもいいところに着目していた。ファティマはそんな二人には目もくれず、リオだけを見つめる。


「只今より、わたくしに与えられた命令を実行します。ガーディアン・プロトコルに従い、貴方様をお守りしましょう。よろしくお願いします、我が君マイマスター


「えっと……よろしく……?」


 困惑しつつも、リオはそう答える。すると、それまで無表情だったファティマが花が咲いたような可憐な笑顔を浮かべる。そっとリオの左手を取り、手の甲にキスをした。


「ふえっ!?」


「たった今より、わたくしの全ては貴方様のもの。身も心も、全て貴方様への忠義を……」


「だぁーっ! リオから離れろ! この人形女め!」


 顔を真っ赤にしてフリーズするリオを取り返そうと、カレンが二人の間に割り込む。途端にファティマは冷たい表情を浮かべ、カレンを睨み付ける。


「……どちら様でしょう? 従者として親愛の証を見せているだけです。何故邪魔を?」


「うっせえ! 後から来ていきなりダイタンなことしてんじゃねえぞコラ! アタイだってまだ……ちゅーもしてねえんだぞ!」


 ぎゃいぎゃい言い争いをするカレンとファティマの二人を、ダンテは静かに観察する。その時、ネックレスの中からグリオニールの声が響く。


『……ダンテよ。あやつらを止めなくてよいのか?』


「いんだよ。気が済むまでやらせときゃ。それに……」


『それに?』


「見てる分には面白い」


『……そうか』


 ダンテの言葉に、グリオニールは呆れたようにそう呟く。結局、リオが復活するまでの間、カレンとファティマはずっと言い争いをしていた。



◇―――――――――――――――――――――◇



 ファティマの加入という予想外の出来事はあったものの、リオたちはその後何事もなく地下水脈を進むことが出来た。少なくとも、敵が襲ってくることはなかった。


 カレンとファティマから放たれる険悪なオーラに恐れをなし、モンスターが逃げてしまったからだ。リオは二人に挟まれ、どこか居心地が悪そうにしている。


「我が君、お疲れではありませんか? もしお疲れなら、わたくしがおぶって差し上げます」


「その必要はねえよ。もしリオが疲れたらおぶるから」


 互いに対抗心を燃やし、バチバチと火花を飛ばし合う二人を交互に見ながら、リオはあたふたしてしまう。こうした修羅場に対する耐性はからっきしだった。


 そんな状態でしばらく進んでいると、ファティマの瞳からカシャッ、という音が鳴る。腕を伸ばしてリオを止まらせ、目を細め暗闇に包まれた前方を見つめ始めた。


「ファティマさん? どうしたの?」


「……前方十二メートル先、地底湖を発見。湖内に敵対的生命反応を一つ確認。我が君、ご準備を。二分二十三秒後に第一撃がきます」


 ファティマの言葉に、リオは素早く不壊の盾を作り出し右腕に装着する。カレンたちもそれぞれの武器を呼び出し構えた直後、遥か前方より殺気が放たれる。


 ちょうど二分二十三秒後、ファティマの言った通り巨大な触手が闇の中から唐突に振り下ろされた。


「危ない! みんな下がって!」


 リオはカレンたちを守るため、盾を構えて前進しようとする。が、ファティマはリオを制止し、丸太のように太い触手を片手で受け止めてみせた。


「ここはわたくしにお任せを、我が君。さあ、お下がりください」


 その後、リオは知ることになる。魔王が産み出した自動人形オートマトンの、恐ろしいまでの戦闘能力を。

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