257話―死神は全てを屠る
「何? 基地の一つが壊滅した? どういうことだ、もっと分かりやすく説明しろ!」
「で、ですから今申し上げましたように、何者かの手によって第八軍事基地が破壊されたのです!」
「一体誰にやられたと言うのだ! さっさと調べんか!」
アイージャが基地を壊滅させてから一時間後、ドゼリーの元にそんな連絡が来た。魔法石が砕けんばかりに強く握り締め、ドゼリーは怒鳴り声をあげる。
別の基地にいる部下は怯えながらも報告をしていたが、不意に轟音と悲鳴が混ざり、プツッと音声が途絶えた。不審に思ったドゼリーが応答しろと喚くと……。
「そう大きな声を出すな。全て聞こえておるわ」
「む、誰だ? 名を名乗れ!」
「生憎、貴様のようなゴミに名乗るつもりなど微塵もない。待っているがいい、ドゼリー・レザイン。貴様の悪行の全てを挫いてくれる」
慈悲の欠片もない、冷酷無比な声を聞きさすがのドゼリーも心の底から震え上がる。それと同時に、彼は悟った。今会話している相手こそが、基地を壊滅させた張本人だと。
「全ての基地を潰した後、お前も殺す。逃げてもムダだ、どこへ隠れようとも白日の元に引きずり出してやるからな。リオを傷付けた報い、受けるがよい」
一方的にそう告げられた後、声は聞こえなくなった。事ここに至って、ドゼリーはようやく悟った。自分は決して敵に回してはならない者たちを怒らせてしまったことに。
魔法石を放り出し、情けない悲鳴をあげながらドゼリーは部屋を走り去る。屋敷の地下へと向かい、亡命のための荷造りを大慌てで始めた。
「冗談でないわ! まだこんなところで死ねるものか! ぐふふふ、こんな時のために、あのキルデガルドとやらから魔道具をしこたま買っておいて正解だったわい!」
ブツブツ呟きながら、ドゼリーはトランクに必要なものを乱暴に詰め込む。その途中、数年前にキルデガルドから購入した魔道具を手に取る。
砂が入っていない、大きめの砂時計のようなガラスの容器……その効果を知るのは、もはやドゼリーしかいない。この魔道具を切り札に、生き延びようと画策していた。
「さて、準備は出来た……後は影武者を用意するだけだ。見ておれよ、どんな手を使おうが生き延びてやるからな!」
そう叫んだ後、ドゼリーは荷物を抱え地下室を去る。影武者を用意した後、専用の馬車に乗り別荘へ避難していった。しかし、彼は侮っていた。
この程度の小細工で、力を取り戻したアイージャから逃れることは決して出来ないのだ。それを知るのは、そう遠くない先の出来事である。
◇――――――――――――――――――◇
「誰かあの女を止めろー!」
「ダメだ、どんなに砲撃しても避けられちまう!」
ドゼリーが悪あがきをしている頃、アイージャはレンドン共和国の全兵力を叩き潰すため各地の基地を襲撃していた。将軍の情報から基地の場所を割り出し、界門の盾で移動する。
現在、アイージャは九つある軍事基地のうち、すでに五つを壊滅させていた。残り四ヶ所の中の一つ、第六軍事基地を破壊するべく殴り込みをかける。
「ムダだ。こんな大砲など、妾には効かぬ。ムーンサークル・ブーメラン!」
「大砲が……! 逃げろ、爆発するぞぉ!」
月輪を飛ばし、アイージャは基地の城壁から砲撃してくる大砲の一つを破壊する。両断された大砲が爆発し、運悪く近くの大砲を巻き込み連鎖的に誘爆が起きた。
兵士たちが吹き飛び、城壁が崩れ去る。全身に冷気を纏い、爆風をやり過ごしながら、アイージャは悠々と基地の中に入っていく。
「止まれ! それ以上進んでみろ、アイアンゴーレムの部隊で捻り潰すぞ!」
「ほう、面白い。やってみよ」
「いいだろう、後悔させてやる! いけ、アイアンゴーレム!」
基地の敷地内に足を踏み入れると、部隊長らしき男が鋼鉄で出来たゴーレムたちを引き連れ現れた。アイージャは余裕の笑みを浮かべ、相手を挑発する。
部隊長はゴーレムたちに指示を送り、一斉にアイージャを襲わせる。やれやれと言わんばかりにかぶりを振り、アイージャは新たな盾を作り出す。
「ならば、妾も久方ぶりにコレを使うとするかの。……出でよ、連星の盾!」
アイージャが叫ぶと、両腕に装着した月輪の盾が変化する。盾の中央部に細長い棒が現れ、手の先へ伸びていく。そして、棒の先端から丸い盾が生えてきた。
新たに生み出された盾は丸ノコのように高速回転を始める。アイージャはアイアンゴーレムの群れに突っ込み、両腕を振り回して敵を切り裂いていく。
「バ、バカな!? アイアンゴーレムたちがこんな容易く……」
「残念であったな。連星の盾の切れ味はそんじょそこらの刃物などと比べるまでもない……素晴らしい切れ味だと知れ! ツィンクルスター・スラッシャー!」
己の身体を軸に、アイージャは高速回転しながら縦横無尽に駆け回る。連星の盾により、アイアンゴーレムたちは一度も敵を傷付けられぬまま鉄塊へ変わっていった。
このままでは勝ち目がないと判断し、部隊長は僅かに残っていたアイアンゴーレムを連れ基地の中へ逃げていく。内部で部下と合流し、地の利を活かしてアイージャを倒すつもりでいる。
「伝令、伝令! ラビリンスモードだ、全員配置につけ!」
「ふむ、何かくだらぬことをするつもりだな? 無意味なことだと言うに。妾には界門の盾があるということを忘れ……そこにいる者よ、出てこい。妾の鼻からは逃れられぬぞ」
基建物内に入ろうとしたアイージャは、おもむろにそう口にする。すると、建物の入り口の風景が揺らぎ、一人の男が姿を現した。
「へえ、上手く擬態したと思ったんだが……よく見抜いたな」
「上手いだと? フン、鼻を誤魔化せぬ時点で三流よな。そんな技術を誇っても、虚しいだけだろうに」
「てめぇ……! 調子に乗るんじゃねえ!」
男は激昂し、両手に剣を構え突進する。アイージャとしては、さっさと先に進むつもりでいたがあえて相手をすることにした。
どうせ全員叩き潰すのだから、少々遊んでも何も問題はない。酷薄な笑みを浮かべながら、アイージャはそんなことを考える。
「この俺、ジョルジュの剣技でバラバラにしてやるぜ! オラアッ!」
「おっと、遅い遅い。そんなもの当たらぬわ」
アイージャはあえて盾を消し、丸腰でジョルジュの攻撃を受ける。重い鎧を着ているのにも関わらず、ひょいひょいと斬撃を避けていく。
ジョルジュは段々攻撃が当たらないことにイラつき始め、ムキになって剣を振り続ける。縦斬り、横斬り、突き、フェイント、斬り下がり……様々な技を組み合わせるも、全く当たらない。
「なんだ、その程度か? 我が兄エルカリオスが相手ならば、貴様はもう死んでいるぞ?」
「ハア、ハア……くそっ、何で当たらねえ? お前は……一体なんなんだよ?」
しばらくして、スタミナが底をついたジョルジュは荒い息を吐きながら片膝を着く。アイージャはすうっと目を細め、一瞬でジョルジュの背後へ回り込む。
「!? みえ……」
「冥土の土産に教えてやる。妾の名はアイージャ。遥か昔、ベルドールの魔神だった女だ」
別れの言葉を口にした後、アイージャはジョルジュの首をへし折り一撃で息の根を止めた。死体を投げ捨てた後、アイージャは悠々と基地の中に入っていく。
「万天下に見せつけてやらねばなるまい。リオに悪意を持って接した者が、どのような末路を辿ることになるのかを、な」
冷たい声でそう呟き、死神はゆっくりと歩いていく。ドゼリーが惨たらしき死を迎えるまで……残り一時間を切っていた。
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