256話―旧き女神、復活

 ギュド侯爵の暴走はリオの手によって食い止められ、買収された兵士たちと取り巻きの代表二人を除き幸いにも死者が出ることはなかった。


 しかし、リオは捨て身の戦法を採ったことで大きな怪我を負ってしまった。魔神の身にすら余る猛毒を身体に宿したため、再生能力が落ちてしまったのだ。


「全く……今回は死なずに済んだからいいものを、下手をすれば道連れになっていたのだぞ。リオよ、ちゃんと反省せよ」


「ごめんなさい……」


 医務室に運ばれ、治療を終えたリオにアイージャはお説教をする。全身と顔の左半分を包帯で覆った痛々しい姿のリオは、しゅんとしょげてしまう。


 自分でも、相当無茶をしてアイージャたちに迷惑と心配をかけたと反省していた。それをアイージャはちゃんと感じ取っており、あまり責めることはしなかった。


「ま、こうして生還出来たのだから文句は言うまい。もう眠るがよい、リオ。そなたは傷を癒さねばならんからな。よく眠れるように、妾が子守唄を歌ってやろう」


「ありがとう、ねえ様」


 アイージャは傷口に響かないようにリオの頭の右半分を撫でながら、かつてエルカリオスやダンスレイルに歌ってもらった子守唄を口ずさむ。


 体力を大幅に消耗していたリオは、すぐに眠りに落ちてしまった。しばらくして、リオがぐっすり眠っていることを確認したアイージャは、そっと手をかざす。


「……リオよ。少しだけ、そなたの魔神の力を借りるぞ。半日だけでよい、妾ももう一度……」


 そう呟くと、リオの身体から青色の煙のようなものが沸き上がり、アイージャの中に吸い込まれていく。アイージャの身体に、リオへと継承させた盾の魔神の力が僅かながら戻る。


 彼女はとてつもなく怒っていた。卑劣な策でリオを付け狙い、あまつさえ生死に関わる大怪我を負うこととなった元凶たるドゼリーに対して。


「……今回を含めて、二度だ。二度だけ、妾はリオから力を借り受けられる。魔王との決戦まで温存しておくつもりだったが……そうも言っていられまい」


 アイージャは、リオを傷付けたドゼリーへ報復をするつもりでいた。そのためにリオから力を借り受け、今一度……かつての盾の魔神へと一時的に戻ったのだ。


「魔王の不意を突くために、兄上たちにもこの能力は秘密にしていたが……今となってはどうでもよいこと。ふむ、これだけ力を借りれば半日は保つだろう」


 そう口にした後、アイージャはリオが眠っている部屋を出る。扉のすぐ側にいたミス・エヴィーに、振り返ることなく声をかけた。


「手品の女よ。妾が戻るまでリオは任せたぞ」


「……ああ。必ず、守るよ」


 その言葉に答えることなく、アイージャは歩いていく。返事に代わりに、しっぽを振って。愛しき者を傷付けた者たちへの復讐のため、今――女神が、よみがえる。



◇――――――――――――――――――◇



「さあ、キリキリ準備せんか! シャーテル諸国連合へ攻め込むのだ、飛行船の整備を怠るな!」


 その頃、レンドン共和国のとある軍事基地にて軍の出動準備が行われていた。ドゼリーからの要請を受け、翌日の大シャーテル公国襲撃に備えているのだ。


 武功を立てればドゼリーから多額の褒賞金が支払われるとのお触れがあったため、将校から一兵卒に至るまでやる気に満ちている。最も、今日という日を生き延びられねば意味はないが。


「ぐふふふ、これだけの戦力があればシャーテル諸国連合など一捻りだ。我らは労せずして褒賞金をガッポガッポと……」


「残念だな、そうはならぬ。何故なら、貴様ら薄汚い豚はここで処分されるからだ」


 整備場の指令室から眼下の部下たちを見ていた将軍の耳に、聞き慣れない女の声が届く。将軍が声のした方へ振り向くと、見慣れない丸い物体――界門の盾があった。


 開いたゲートの中から、ゆっくりと一人の女が歩いてくる。青き鎧に身を包んだかつての盾の魔神……アイージャが死を告げにやってきたのだ。


「なんだお前は? ここは結界で守られているはずだ、どうやって入ってきた?」


「貴様が知る必要はない。ふむ、そうだな。逃げられぬようにしておこうか」


 将軍の問いかけを無視し、アイージャは小さく息を吸い込む。そして、凍える冷気のブレスを浴びせかける。瞬く間に将軍の下半身が凍結し、動きが封じられた。


「な、何をする!」


「貴様は最後だ。まずは……あの飛行船を全て破壊させてもらう。出でよ……月輪の盾」


 アイージャはそう言うと、青いラウンドシールドを作り出し、両腕一つずつ装着する。フチに満月のような金色の輪の模様がついた盾を投げ、窓ガラスを破壊する。


 窓に空いた穴から身を躍らせ、アイージャは遥か下にある整備場へとダイブしていった。少し遅れて我に返った将軍は、慌てて懐から連絡用の魔法石を取り出す。


『伝令、伝令! 基地内に侵入者あり! 総力を以て排除せよ! 敵は青い鎧を着た銀髪の女だ! 心してかかれ!』


「フン、ムダなこと。どれだけの兵を束ねようが……妾に勝てる道理はない」


 小さくそう呟いた後、アイージャは迫りくるレンドン軍の兵士たちに向かって走る。右腕に装着した月輪の盾に魔力を送ると、金色の輪が発光し始めた。


「さあ、一万年ぶりに見せてやろう! かつての盾の魔神の力をな! ムーンサークル・ブーメラン!」


「いたぞ、かか……ぎゃあっ!」


 先頭にいる敵に狙いを定め、アイージャは右腕を勢いよく水平に振る。すると、黄金の輪が盾から離れレンドン兵目掛けて飛んでいく。


 月輪が唸りをあげて飛来し、哀れなレンドン兵の首を両断してみせた。月輪の勢いは留まるところを知らず、一気にじゅうよにんの首をハねた。


「な、なんだあの女は!? お前たち、一気に距離を詰めろ! 何もさせずに数の差で押しきってしまえ!」


莫迦バカめが。数の差だと? そんなもの、魔神には無意味と知るがよい! 出でよ、縛地の盾!」


 月輪を盾に呼び戻し、アイージャはシールドをチェンジする。月輪の盾の色が代わり、斜め十字の鎖が巻かれた黒い円盾へと変貌を遂げた。


 アイージャは左手の月輪の盾で敵の魔法や矢を防ぎつつ、スッと右腕を天高く掲げる。兵士たちが怪訝そうな顔をしているなか、アイージャは大声で叫ぶ。


「我が前にこうべを垂れよ、愚なる敵対者どもよ! バインド・オブ・アース!」


「うわっ、揺れるぞ!」


 勢いよく腕を振り下ろし、縛地の盾を地面に叩き付ける。すると、アイージャを中心に放射状に地面に亀裂が走り、その中から太い鎖が無数に出現した。


 鎖は兵士たちに襲いかかり、瞬く間にからみついて動きを封じてしまう。ある者は園まり鎖に絞め殺され、またある者は裁きの月輪によって両断される。


 リオとはまた違う、神秘と恐怖を兼ね備えた攻撃……これこそが旧き魔神の真の力なのだ。アイージャは整備場にいた兵士たちを皆殺しにした後、新手が来る前に次の行動に出る。


「さて、次だ。この飛行船……跡形もなく破壊してくれる」


 アイージャは右腕の縛地の盾を月輪の盾へと戻し、二つの盾を内側へと向け、シンバルを打つように構える。腕を頭上に掲げ、勢いよく盾同士をぶつけた。


「我が力を受けてみよ! コールドライト・デモリッションウェーブ!」


 青い冷気の波動が放たれ、飛行船に浴びせかけられる。あっという間に飛行船が凍り付き、強烈な振動によって粉々に砕け散っていった。


 整備場にて点検が行われていた八隻の飛行船は、アイージャ一人の手によってその全てが徹底的に破壊され、スクラップになった。


「な、なんだ……なんなんだ、あの女はああぁぁぁ!?」


 無双するアイージャを見て、将軍は恐怖の叫びをあげる。逃げ出したくても、下半身が凍っているため叶わない。彼に出来るのは、部下たちがアイージャに惨殺される光景を見続けることだけであった。


「この……ぎゃあっ!」


「クソッ、接近さえでき……へぶっ!」


「来るな、来るなああぁー! ……げはっ!」


 援軍が到着するも、結果が好転することはない。すべからく、アイージャの手で葬られていくのである。月輪を操りながら、アイージャは舞う。


 その身体に敵対者の血が付くことは決してなく、穢れなき舞い姫は無慈悲な月の死神としてその力を振るうのだ。愛する者を傷付けた悪しき存在への、復讐のために。


「……もう終わりか。所詮、大地の民など妾の敵ではない。さて……最後の仕事だな」


「ヒッ! も、戻ってきやがった……!」


 たった一人生き残っていた将軍の元へと、アイージャは舞い戻る。死の恐怖に震える将軍に、アイージャは声をかける。全ての機密情報を吐け、と。


 断れば、凄惨な拷問の果てに苦しみに満ちた死を迎えるのは確実。将軍は自分の知る全てを嘘偽りなく話し……アイージャに首をハねられ息絶えた。


「半日だ。この半日で……ドゼリー一味を潰す。リオを傷付け、妾を怒らせたこと……その薄汚い血で償いをするがいい」


 そう口にし、アイージャは無人となった基地を去る。よみがえった旧き魔神は、もう止まらない。復讐を果たすその時まで。

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