246話―公王との謁見
大通りを進むと、白亜の宮殿が見えてきた。宮殿の周囲は赤いサーコートが付いた銀色の鎧を着た騎士たちに守護されており、厳戒な警備が行われている。
使者に連れられ、リオとアイージャは宮殿の中へ入り大広間へ向かう。宮殿は縦に長く、見上げても天井が見えることはなかった。
「わあー、凄いね。この宮殿、何階まであるんだろ」
「はい、当宮殿は全部で四十階まで御座います。公王様は最上階におりますので、あちらから向かいます」
上を見るリオにそう解説しつつ、使者は大広間の入り口から見て真正面、奥まったところにある扉を指差す。曰く、グリアノラン帝国から技術者を招いて作った『エレベーター』がここにもあるらしい。
「ほう、気になるな。以前のものと比べてどれほどの乗り心地か……リオよ、心してかかろうぞ」
「う、うん。そうだね」
果たして、今回のエレベーターの乗り心地はどうかと、不必要なまでに身構えていた。そんな二人を見て苦笑いしつつ、使者は扉を開け中にリオたちを招き入れる。
中は狭い箱のようになっており、扉の脇に各階の数字が描かれた四十個のボタンがあった。使者が最上階である四十階のボタンを押すと、ひとりでに扉が閉まった。
「わっ!? 扉が勝手に閉まった!」
「ふむ……これはなかなか便利……!?」
リオが驚き、アイージャが感心していると、エレベーターが動き出す。歯車が回り、箱に接続されたチェーンを巻き上げエレベーターが上へ上がっていく。
数分後、エレベーターは四十階に到達した。若干の無重力をリオとアイージャに味わわせた後、チンという音と共に扉が開いていった。
「あれ!? もう着いちゃったの? 全然分かんなかった!」
「ふむ。相変わらず早いものだ。大層便利なものじゃの」
二回目のエレベーター体験に驚きつつ、リオとアイージャは使者に案内され外へ出る。公王の執務室へ向かう廊下の窓は全て開け放たれ、涼しい風が吹き込んで来ていた。
最上階だけあって、窓の外からはテンルーの街を一望することが出来た。窓に駆け寄り、リオは景色を眺める。太陽に一番近い場所。ふとそんなフレーズが、リオの脳裏をよぎる。
「いい眺めだなぁー……。毎日こんな景色を見られたら、凄く気持ちいいんだろうなあ」
「ええ。毎日、清らかな空気を浴びながら暮らすのは健康にもいいんですよ」
その時、背後から声がかけられる。リオが振り向くと、そこには赤と白に彩られた法衣を着た、シワだらけの老人がにこやかな笑みを浮かべながら立っていた。
気配に気付く間もなく、いつの間にか後ろに人がいたことにリオが驚いていると、使者が慌てて駆け寄ってくる。そして、冷や汗をかきながら声をかけた。
「こ、公王様! いつの間にこちらに!?」
「はっは。なぁに、客が来るのだ、わし自ら迎えに行っても問題はあるまい?」
どうやら、リオの背後に来ていた老人こそがこの大シャーテル公国を束ねる公王その人らしい。足が悪いのか、公王は左手に持った杖を突きながら廊下の奥を指し示す。
「さ、向こうへ行こう。歓迎するよ、盾の魔神とそのお仲間さん」
「う、うん……」
突然のことに驚きつつも、リオは公王の後に続いて廊下を進んでいく。奥にある大扉を抜け、公王の執務室へ入る。中に入り、椅子に座るとメイドたちがお茶と茶菓子が乗ったワゴンを押しながらやって来た。
「さあ、楽にかけておくれ。まずは自己紹介しておこうか。わしはモーゼル・オレロ。この国と諸国連合を取りまとめる者だ。よろしく頼むよ」
「はじめまして、公王さま。僕はリオと申します。ベルドールの末裔、七魔神の一人です」
「妾はアイージャ。元盾の魔神だ」
リオたちは互いに自己紹介をした後、茶菓子を食べながら世間話を始める。使者の男はメイドたちと一緒に退室し、執務室には三人だけが残っていた。
ある程度話に花を咲かせた後、モーゼルはリオとアイージャに今後の舞踏会の予定について話して聞かせる。
「さて、二人にはこれからの予定について話しておくとしよう。この国では年に二回、連合を形成している十三の国の結束を高めるための催しを行っていてな。七日の間、テンルーで盛大に祭りが行われるのだよ」
「七日も! 凄く楽しそう!」
その言葉を聞き、リオはつい先ほど見た大道芸を思い出す。あんな楽しいことが、これからの七日間でたくさん起こるのだ。年頃の少年としては、わくわくするのは自然と言える。
キラキラと目を輝かせるリオを見ながら、モーゼルは話を続ける。曰く、明後日からの七日に渡って、一日ごとに全く違うイベントが行われるのだとか。
「初日となる明後日は、ロモロノス王国から
「なんだ、何か問題でもあるのか?」
途中で言い淀むモーゼルに、アイージャが質問を投げ掛ける。すると、モーゼルは二人が驚くようなことを言い出した。
「実はね、リオくんが舞踏会に参加するために我が国に来る、ということを聞いた
「えええーーー!?」
自分の知らないところでそんな申し出があったということを知り、リオは驚きのあまりひっくり返りそうになってしまう。咄嗟にアイージャが支えたことで、何とか事なきを得る。
そんなリオを見ながら、モーゼルは苦笑しつつ頬を掻く。申し訳なさそうにしつつ、話を続けた。
「詳しく聞いたところ、かの
「そ、そんないきなり言われても……。でも、断っちゃうのも可哀想だし……分かりました、恥ずかしいけど一緒に歌います」
「おお、そうか。引き受けてくれるか。無茶を言ってしまって済まないね。もし共演出来ないならコンサートはしないと言い出していてね、困っていたんだ。では明日、
そうお礼を言うと、モーゼルは懐から小さく折り畳まれたテンルーの地図を取り出す。地図には
これなら、迷わず宿まで行くことが出来るだろう。リオが地図を受け取る間、隣に座っていたアイージャは面白くなさそうに顔をしかめ、頬を膨らませていた。
リオと二人っきりで舞踏会を楽しめると思っていただけに、今回の出来事は承服しかねていた。しかし、一度決まったことを自分のわがままでひっくり返すわけにもいかず、押し黙る。
(むう……。
嫉妬心にまみれた心の中でそんな事を考えつつ、アイージャはリオの身体にしっぽを巻き付けた。その動作でリオはアイージャが不機嫌になっていることを察し、申し訳なさそうに謝る。
「ごめんね、ねえ様。明後日は一緒にいられるか分からないけど……その分、二日目からは二人でたくさん楽しもうね」
「……約束じゃぞ。ちゃんとおめかしして、手を繋いで……二人で祭りを楽しむ。よいな?」
アイージャの言葉に、リオは頷く。お詫びとばかりにぎゅっとリオに抱き着かれ、アイージャはいくらか不機嫌さが和らいだ。
考えてみれば、祭りは七日あるのだ。一日くらい一緒にいられずとも、残り六日を楽しめればなんの問題もない。
(ま、よかろう。問題など何もないわ。気にしすぎても仕方あるまいて)
そう思考を切り替え、アイージャは甘えてくるリオの頭を優しく撫でる。その後しばらくして、リオたちは下の階に降りてモーゼルと会食する。
会食が終わった後、二人はメイドに連れられ四階にある来客用のフロアにある寝室に案内された。リオは明日行われる
「ふう、そろそろ寝よう。お祭り、楽しみだなぁ……」
そう呟いた後、リオは眠りに着く。しかし、この時リオはまだ知らなかった。祭りの裏でうごめく、無数の陰謀の存在を。
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