114話―谷底の先へ
リオたちがシベレット・キャニオンを進んでいる頃、他の班もまたそれぞれの道を通ってメーレナ家の本邸を目指していた。しかし、そう上手く事は進まない。
「ぐああっ!」
「ロラン! クソッ、この女つよ……ガハッ!」
運悪く行き止まりに入ってしまったとある班が、一人の女の手によって壊滅させられてしまった。双剣を操る神の子――ジェルナは剣を振り、刀身に着いた血を飛ばす。
心臓を突き刺され落命した三人を見下ろしながら、ジェルナは昏い笑みを浮かべる。大地の民を殺す度に、自分が神に選ばれた存在だということを実感出来るからだ。
「……お前たちはこの大地で精鋭揃いと評判のようだが、所詮下等生物に過ぎない。
そう呟くと、ジェルナは力を貯めて飛び上がり、一息で二十メートルはある崖の上に着地する。次なる獲物を求め、悠々と歩いていった。
◇――――――――――――――――――◇
「……大丈夫、ここに罠はないよ。行こ、二人とも」
「分かりましたわ、師匠」
一方、ゼーレンを退けたリオたちは曲がりくねった道を抜け、広場に到着した。罠がないことをカラーロの魔眼で確認し、三人は一旦休息を取る。
靴を脱ぎ、石ころだらけの道を歩いて痛くなった足を揉んで癒していると、エルザがポーチの中から携帯食料を取り出しリオとエリザベートに渡す。
「お二人とも、食事にしましょう。お腹が空いていてはいざという時に全力を出せませんから」
「そうですわね。師匠、お食事にしましょうか」
「うん。僕、たくさん歩いてお腹空いちゃった」
三人は岩の上に腰掛け、干し肉と薄いパンを食べる。しばらくして、食事を終えた三人は進軍を再開する。
「よーし、行こう! 他のみんなに早く追い付かなくちゃね!」
「ええ。では参りましょうか。……向こうから来る者たちを片付けてから、になりますが」
エルザの言葉が終わった直後、メーレナ家の本邸へ続く道から傭兵の部隊が姿を現した。全部で十二人おり、柄の長い槍を装備している。
リオたちが身構えると、一際体格のいい男がズイッと一歩前に進み出る。どうやら、部隊を束ねる隊長であるらしい。隊長はリオたちに向け、大声で叫ぶ。
「聞け、侵入者ども! お前たちをこれ以上先へは進ません! ここで我らの餌食になるがいい! ストーンウォール!」
「あっ、道が!」
隊長が魔法を唱えると、リオたちの背後にある道が集まってきた石ころによって塞がれてしまう。それと同時に、頭上に結界が敷かれ崖の上への退避も封じられてしまった。
「師匠、どうしましょう。後ろも上も塞がれてしまいましたわ!」
「……まずいなぁ。あの結界のせいで界門の盾も作れないぞ……。あの結界、魔力の流れを阻害する力があるみたい」
頼みの綱の界門の盾も封じられてしまい、これでリオたちは前方から迫り来る槍衾から逃げる手立てを失ってしまった。ジリジリと迫ってくる槍を前に、三人は後退する。
「はっはっはっはっ! どうだ! いくら魔神と言えど、今回ばかりは分が悪いようだな!」
隊長はリオが何も出来ないと考え、大笑いする。実際、橫陣を組んだ両端の傭兵がピッタリと壁にくっついているため、真横をすり抜けることが出来ない。
双翼の盾を作ることも出来ないため、傭兵たちの真上を飛び越すことも不可能。魔力阻害によりエルザの灼炎眼も使えないため、万事休す……かと思われた。
「さあ! ここで終わりだ! 大人しく死ぬがよい!」
「わぁー、困ったなあ。どうしよう……なんてね。界門の盾は作れなくても、不壊の盾は作れる! だから……」
唯一、極少量の魔力で作れる不壊の盾は魔力阻害の影響を受けないらしく、機能を損なうことなく作り出すことが出来た。リオは盾を構え、両足に力を込める。
「リオさん? まさかとは思いますが……」
「そのまさかだよ! 搦め手がダメなら……真正面から吹き飛ばす! シールドタックル!」
何かを察したエルザに対して、リオは得意気に頷く。逃げられないなら、真正面から突破してしまえばいい。あまりにも単純で、それでいて効果的な作戦だった。
何しろ、魔神の剛力と耐久力に加え、頑強な不壊の盾によるブーストが追加されるのだ。いくら数が多いとはいえ、ただの槍などでは、到底耐えられるものではない。
「なあっ!? お前たち踏ん張れ! 串刺しにして返り討ちにしてしま……ぎゃあっ!」
「そーれぇっ!」
傭兵たちは全身に力を込めて耐えようとするも、呆気なくリオの体当たりで吹き飛ばされてしまう。彼らの作戦は、普通の相手ならば完封出来た……が、相手が悪かった。
魔神の基礎能力を知らず、甘く見たことが傭兵たちの敗因と言えよう。端にいた数人は運良く生き延びたが、真ん中近辺にいた者たちは壁に叩き付けられ命を落とした。
「ひええ……! こ、こんなのに勝てるか! 俺はもう逃げるぞ!」
「そうだそうだ! 金より命だ! 俺は隊長みたいになりたくねえ!」
生き延びた傭兵たちはすっかり戦意を喪失してしまい、結界と魔力阻害を解除しわれら先にと崖を登って逃げていく。傭兵たちを見ながら、エルザはリオに問う。
「……まさかただの体当たりで道を切り開くとは。しかし、どうしますか? 彼らはこのまま逃がしても?」
「うん。まだ向かってくるなら倒さなきゃだけど、逃げる相手を追うのはいじめみたいでカッコ悪いから。それに、僕たちの敵はザルーダだしね」
リオは傭兵たちを見逃すことを選んだ。実際、彼らを追い追撃を加えるよりも、さっさと先に進んでレンザーたちと合流した方がいいと判断したのだ。
「そうですわね。それじゃあ先に進みましょう。あ、その前に……」
エリザベートもリオの判断に従い、先へ進む。ちゃっかりへし折れた槍を回収し、いざという時の備えにすることを忘れない辺り、彼女もまた抜け目がない。
三人は設置された大砲やバリスタといった迎撃兵器を破壊しつつ、レンザーたちとの合流を目指し先へ進む。しばらくして、ようやくシベレット・キャニオンを抜けたが……。
「おお、生きていたか! よかった、無事で何よりだ」
「え……!? おじ様、他の者たちは……」
「やられたよ。他の連中の連絡が途絶えた。恐らくもう……」
リオたちがメーレナ家の本邸の前に着いた時、他に到着していたのはレンザー班を含め二班だけだった。彼らは知らなかったが、残りの五班はジェルナに全滅させられてしまったのだ。
「……そう、ですか。残念です……」
「仕方ねえさ、エリザベート。戦場に身を置けば、いつかはこうなる。俺たち九人が生き残れただけでも、感謝しねえと」
二十七人のうち、たった九人しか生きてメーレナ家の本邸にたどり着けなかったことに、エリザベートは悲しみの表情を浮かべる。ヘラクレスは彼女を励ましつつ、レンザーに問う。
「親父、これ以上は待っても誰も来ないだろう。どうする? このまま突撃するか?」
「それ以外にはあるまい。一族の仇を討つためにも……! 全員、伏せろ!」
何かを察知したレンザーは、大声で叫ぶ。リオたちは咄嗟にしゃがむも、二人が間に合わず首と胴が離れることになった。
「……ほう。よく気付いたな。私の真空剣を見切るとは」
「貴様……ただの傭兵ではないな。何者だ!」
本邸の入り口の扉が開き、中からジェルナが現れた。レンザーの問いに答えることなく双剣を鞘に収めつつ、生き残った七人を見渡す。
そして、リオがいることに気が付いた。
「……お前か。バギードとローレイを倒したのは」
「その二人を知ってるってことは……お前はファルファレーの仲間だな!」
「如何にも。私はジェルナ。偉大なる創世神ファルファレーの子が一人。薄汚い魔神よ。いい機会だ、お前にはここで死んでもらうとしよう。バンコの一味のように切り刻んでやる」
ジェルナは酷薄な笑みを浮かべつつ、そう口にする。リオは左腕に飛刃の盾を装着し、戦闘体勢に入る。
「お前がみんなを……! 許さない、返り討ちにしてやる!」
メーレナ邸にたどり着けなかった者たちを殺したのがジェルナであることを知り、リオは怒りを燃やす。レンザーは立ち上がり、ヘラクレスたちに指示を出す。
「……ヘラクレス。私はリオくんとあの女の相手をする。お前たちは先にメーレナ邸へ行け」
「無茶だ! たった二人でなんて……俺も……」
「ならん! ヘラクレスよ、私に何かあった時は……バンコ家を任せたぞ。行け! 我らの目的を果たすのだ!」
「……分かった。みんな、行くぞ!」
ヘラクレスは唇を噛み締め、仲間と共にメーレナ邸へ向かって走る。当然、それを黙って見過ごすジェルナではない。
「行かせるとでも? お前たちはここで……」
「させん! フェザーリール! ヘラクレス、今のうちに行け!」
レンザーは竜巻の檻を作り出し、ジェルナを閉じ込める。その隙にヘラクレスたちはメーレナ邸への侵入に成功した。舌打ちをしつつ、ジェルナは竜巻を切り裂き脱出する。
「余計な真似を。まあいい、ほんの少し死が遠ざかっただけだ。お前たちを先に始末すればいいだけのこと」
「やれるものならやってみろ! 僕とレンザーさんの力を見せてやる!」
第三の神の子との戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。
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