259話―覇竜の騎士、降臨

 アイージャが去ってからすぐ、一人の人物が別荘へ現れた。魔王軍最後の幹部……オルグラムだ。彼はゆっくりと別荘の中を進んでいき、ドゼリーの前に立つ。


「無様なものだ。何も為せず無意味に死に行くだけとは。多少は使えると思っていたが、見込み違いだったな。このオカリナは返してもらうぞ」


「ま、待って……たす、たすけて……」


「ならんな。それが貴様への罰なのだろう? ならば受け入れるしかあるまい。まあ……魔神どもをここへ呼んでくれたという点だけは、感謝してやろう」


 助命を懇願するドゼリーを無視し、オカリナを手に取りオルグラムは立ち去ろうとして……床に転がる魂融合機を見つけた。かつての同僚が作り出したソレを見つめる。


 そして、足を振り上げ一息に踏み砕いてしまった。忌まわしき発明品など、彼には必要もないし見たくもない。魔神たちが去る前に、彼は急いで動かねばならないのだ。


「……まだ気配は近い。今のうちに、あの三人を狩らねば」


 そつ呟き、オルグラムは別荘を後にするのだった。



◇――――――――――――――――――◇



 危機が迫っていることなど露知らず、アイージャはダンスレイルたちと合流するためドゼリーの屋敷へ戻る。すでに警備兵たちは全滅しており、動く者はいない。


 無事二人と合流したアイージャは、界門の盾を作り出し大シャーテル諸国連合へ戻ろうとする。まだ魔神の力が消えるまで五分程度はあり、何も問題はなかった。


 ――かに思われた。


「待たれよ。魔神たちよ、お前たちを戻らせるわけにはいかぬ。ここで我が刃に倒れてもらう」


「何者だ! 姿を見せよ!」


 アイージャが叫ぶと、空間が歪みオルグラムが姿を見せる。圧倒的な強者のオーラを感じ取り、アイージャたちは無意識に身構え、悟った。


 目の前にいるこの男は、これまで戦ってきた者たちとは違う。真に強き者だと。


「うむ、三人揃っているな。いいことだ。一網打尽にすれば、魔神を狩る手間が省ける」


「我らを狩る、だと? やはり、貴様は魔王軍の者か」


「その通り。私の名はオルグラム。魔王軍最後の幹部にして、魔神を狩る者だ」


 そう告げるオルグラムの腰に、何か奇妙なものがぶら下がっているのをダンスレイルが見つけた。いくつかの小さな結晶の塊の中に、明滅を繰り返す丸い何かが納められている。


「あんた、腰のそれはなんだい? なんだか、見ていると嫌な感覚がするんだよ、それ」


「これか? この封印の結晶の中には、すでに私が狩った魔神たちを仮死状態にして封印してある。牙、鎧、槍、そして鎚。四人の魔神たちをな」


 その言葉に、アイージャたちは雷に打たれたかのような衝撃を覚え固まってしまう。すでにカレンたちがオルグラムに倒されていた――思いもよらない事態に、何も出来ない。


「疑っているかな? なら、見せてやろう。私に狩られ、眠る魔神たちをな」


 オルグラムはそう言うと、結晶に魔力を込める。すると、空中に映像が投影され、傷付いた姿で眠るカレンやレケレス、クイナにダンテの姿が見えた。


 それを見て、ようやくアイージャたちは現実を受け入れた。残る魔神は自分たち、そしてリオとエルカリオスのみなのだと。武器を予備だそうとしたダンスレイルだったが……。


「姉上、ここは妾とファティマに任せよ。妾はじきに魔神の力を失う。そうなれば、危機を知らせに戻れるのは姉上だけになる。リオを、守ってくれ」


「……分かった。私の命に変えても、必ず守る。だから、二人も無事に戻るんだよ!」


 アイージャの覚悟を汲み、ダンスレイルは翼を広げ大空へと飛び立ち、大シャーテル公国へ戻っていく。オルグラムは何をするでもなく、映像を消すのみで攻撃をしない。


「よいのですか? ミス・ダンスレイルを放置して」


「問題はないさ、人形。運命は変わらない。私に狩られるのが早いか遅いかの差でしかないからな。……ああ、安心するといい。お前を封じるための結晶も用意してあるぞ」


「生憎、そう易々と封じられるつもりはありません!」


 そう叫び、ファティマはオルグラムに飛びかかる。が、まばたきをする間にオルグラムの姿が消え、アイージャの背後へと出現した。


「……!?」


「なるほど。まずは……こうしようか!」


 オルグラムはアイージャの背中に掌底を叩き込み、己の魔力を注入する。すると、ほとんど消えていた魔神の力がよみがえっていくのをアイージャは感じた。


「……貴様、何のつもりだ?」


「その力、もう長くは保たないのだろう?戦いの最中で力が消えては興ざめだからな。全身全霊の力を奮う魔神を倒してこそ、竜騎士の誉れというもの」


「……なら、後悔するでないぞ! 出でよ、月輪の盾!」


 余裕の態度を見せるオルグラムに、アイージャは先手必勝とばかりに振り向きざまに斬りかかる。が、ヒラリと避けられ、逆に蹴りを食らってしまう。


 よろめくアイージャを隠れ蓑にし、今度はファティマが超振動肉断包丁で斬撃を放つ。しかし、これもまたヒラリとかわされ、不意打ちは失敗に終わった。


「フッ、そんな単調な攻撃など効かぬわ。人形、魔王様に造られたお前なら分かっているはずだ。私の力を」


「ええ、ですのでどんな手でも使わせていただきます。ウォッシングプログラム……シザーズマイン!」


 ファティマが右腕を地面に突き刺すと、オルグラムの足元に大きな洗濯ハサミが生え、両足にガッチリと食い込む。動きを封じた状態で、二人同時に攻撃を叩き込む。


「食らいなさい! オルグラム!」


「受けてみよ! ムーンサークル・ブーメラン!」


 左右からオルグラムを挟むように攻撃を放ち、アイージャたちは今度こそ傷を負わせたと確信する。しかし……。


「多少にかかわらず知恵を使ったところで、ムダなことに代わりはない。出でよ、剛魔竜鱗盾!」


 振り上げたオルグラムの両腕に、灰色のカイトシールドが装着される。盾はアイージャとファティマの攻撃を易々と受け止め、逆に弾いてしまった。


 遠距離からの攻撃だったアイージャは戻ってきた月輪の対処に追われ、直接斬りかかったファティマは吹き飛ばされていく。その隙を突いて、オルグラムは反撃を行う。


「今度は私の番だ。出でよ、剛魔覇竜剣! ドラゴニック・スレイル!」


「しまっ……ぐうっ!」


「ファティマ!」


 オルグラムの右腕を覆っていた盾が消え、ドス黒い光を放つ直剣が現れる。ファティマは超振動肉断包丁を盾代わりにし、攻撃を防ごうと足掻く。


 だが、オルグラムの放った斬撃は容易に超振動肉断包丁を両断し、ファティマに致命的な傷を与える。地面に落ちたファティマに向け、オルグラムは結晶を向けた。


「案ずるな、殺しはしない。全員を捕らえた後、魔王様の御前で処刑するのだからな」


「くっ……まだ、です!」


「ッ! ……やれやれ、私もまだ青いな」


 正真正銘、最後の足掻きにファティマはこっそりと口の中に含ませていた三つの毒針を発射する。完全に虚を突かれたオルグラムは、最初の毒針を食らった。


 ファティマを封印した後、オルグラムは苦々しげにそう呟き、頬に刺さった針を引き抜き放り投げる。ファティマを倒された怒りに燃えるアイージャは、背後から強襲する。


「貴様、よくもファティマを!」


「怒っているのか? なるほど、それもそうだ。だがな、私も怒っているのだよ。我が配下、四竜騎を二人もお前たちに倒されたのだからな!」


 足を拘束していた洗濯ハサミが消え、オルグラムは振り返りつつアイージャの攻撃を受け止める。その瞳には、燃え盛る炎のような憤怒の色があった。


 長い間、師弟として絆を育み、実の子のように思ってきたザラドとシルティを失った悲しみは山よりも高く、海よりも深いものであったのだ。


「これは、あの子たちの仇討ちでもある! お前たちがこれまでそうしてきたように、今度はお前たちが我が刃の前に倒れるのだ!」


「生憎、そういうわけにはいかぬ。我らはベルドールとラグランジュの遺志を継ぐ大地の守護者。ここで倒れることなど、決して許されんのだ! ムーンサークル・ブーメラン……オーバースリップ!」


「ぬっ……むう!」


 アイージャはそう叫びながら、ありったけの力を込めて月輪を飛ばす。凄まじい威力の前に、さしものオルグラムも勢いを殺しきれず、ついに手傷を負った。


「お前が弟子たちの仇を討つと言うのなら、妾は兄妹たちの仇を討とう! この戦い……負けるつもりなど、微塵もない!」


 強い決意を込め、アイージャは盾を振るう。新たな激闘が、始まった。

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