最終章―魔神たちの神話
271話―静かに、時が動き出す
継承の儀式が終わってから、七日が過ぎた。魔王の城には、もう活気はない。最後の戦いに備えて、グランザームが民の全てを魔界の根源たる世界、暗域へ逃がしたのだ。
かつて、幹部たちが座っていた席には誰もいない。ザシュローム、キルデガルド、ガルトロス、ダーネシア、グレイガ、オルグラム、エルディモス、そしてオリア。
全ての幹部が、リオをはじめとした魔神たちに討ち取られ、滅ぼされた。最後に残るは、魔王グランザームただ一人。
「……ククク。クハハハハ! 素晴らしい。実に素晴らしいぞ! やはり余が見込んだだけのことはあった。かの魔神は我が野望を完全に砕いてみせた! 喜ばずにはいられぬ!」
配下の軍を壊滅させられ、大地の征服という野望を砕かれてなお、グランザームは喜びを見出だしていた。いつしか、彼の目的は変わっていっていたのだ。
大地の征服から、リオという強敵と最高の舞台で戦い、雌雄を決することに。その最後の仕上げをするべく、グランザームは立ち上がり玉座を去る。
「……かの魔神はまだ、僅かに余に力が劣る。完全に対等の存在とならねば、戦う意味がない。最後の試練を乗り越えてもらわねばならぬ」
そう呟きながら、グランザームは城の地下深くへと向かう。長い螺旋階段を飛び降り、一気に下へ下へ落下していく。数分も経った頃、ようやく床に着地した。
城の最下層に降り立ったグランザームは、埃の溜まった廊下を歩いていく。廊下の先には、凍り付いた大きな部屋があった。部屋の中には、三つの棺が並んでいる。
棺の中には、かつてグランザームが大魔公だった時代に側近として仕えていた者たちが眠っているのだ。
「時は満ちた。今こそよみがえるがいい! 我が最後にして最強の配下……『黒太陽の三銃士』よ!」
グランザームはそう叫びながら、黒い炎を纏った拳を凍り付いた床に叩き付ける。炎が放射状に広がり、棺を包み込む氷を溶かしていく。
棺にかけられた冷気の封印が解かれ、二万年の永き時を経て……戦士たちがよみがえる。三つの棺がゆっくりと開き、中から闇の眷族たちが姿を現す。
「我が主よ、お久しゅうございます。黒太陽の三銃士が一人『闇の騎士』カアス、再びお仕え出来ることを嬉しく思います」
グランザームから見て右の棺の中から、黒曜石で出来た鎧を身に付けた騎士が現れた。騎士――カアスは丁寧に一礼し、主君との再会を喜ぶ。
「おはようございます、グランザーム様。こうしてお会いするのは二万年ぶりでしょうか? お変わりないようで、このレヴィアホッとしています」
左の棺の中からは、赤いローブととんがり帽子を身に付けた魔術師風の女――レヴィアが出てくる。右手には様々な獣の骨を組み合わせて作られた杖が握られている。
「ふあああ……。やっとオレの出番か。グランザーム様も人がワリいや。ずっとお預けするんだもんな。ま、目覚めたからにゃあ、このゾームにお任せくだせえ」
真ん中の棺からは、身の丈が三メートルはある巨人――ゾームが姿を現した。頭には山羊の骸骨を仮面として被っており、素顔を窺い知ることは出来ない。
「久しいな。カアス、レヴィア、そしてゾームよ。上に行こう。お前たちを目覚めさせた理由を話さねばならぬからな」
そう言うと、グランザームは三人を連れ上階へ戻る。その最中に、これまでに起きたことを全て語って聞かせた。全てを知った三銃士の面々は、一様にリオへ興味を持つ。
彼らもまた、主君のように強き者と戦うことを好む武人であったのだ。故に、リオへの最後の試練という大役を与えられたことを心から喜んでいた。
「なるほど。我が主にも認められた、そのリオという少年……とても興味が湧いてきますね。一番手は是非、このカアスにお任せください」
「あら、ヌケガケはダメよカアス。あたしだって、そんなカワイイ子は放っておけないわ。あたしが最初よ」
「いいや、オレが行くぜ! そんなつええ奴、見逃せねえからよぉ!」
誰が最初にリオと戦うかで、カアスたちは揉め始める。そんな彼らを見ながら、グランザームは笑い声を漏らす。すでに、最初の刺客は決めていた。
リオにとって、最も馴染み深い者を、試練の一番手として用意してあったのだ。グランザームは、七日後に最後の計画をスタートさせるつもりでいた。
「三銃士たちよ。余の指示があるまでこの城にて待機せよ。焦らずともよい。今は、な」
その言葉に、カアスたちは頷き従う。グランザームは、リオへの宣戦布告のため、玉座の間を去っていった。
◇――――――――――――――――――◇
その頃、大地は夜の闇に包まれ、眠りの時間が訪れていた。リオは自室でベッドに横たわり、これまでの疲れを癒すようにすやすやと眠っている。
そんななか、部屋の中に一陣の風が吹き、濃い闇が現れる。闇は徐々に人の姿へと変化し、グランザームの分身となってベッドへと近付いていく。
「すー……すー……」
「眠っているところ恐縮だが、起きてもらおう。我が宿敵よ」
「むにゃ……! グ、グランザーム! 何の用!?」
かつて共闘した相手といえど、油断は出来ない。リオは素早く不壊の盾を作り出し、その裏に隠れながら魔王へ問いかける。
「最後の戦いに向け、宣告をしに来た。今から七日後、貴公にとって最も縁の深い、始まりの地に魔界へ繋がる門を開く。中にて待つ番人を倒せば、我が元は道が開く」
「……つまり、お前を倒すチャンスができるってことだね?」
「その通り。門は日の出から翌日になるまで開けておく。だが、それまでに門に到達出来なければ、永劫に閉ざされる。門が開くまでの間……親しい者たちに、最後の挨拶をしておくのだな」
そう告げると、グランザームの分身は霧散し、闇の欠片となって消え去った。リオは盾を消し、ベッドに寝転がる。この数日、どうやって魔界に乗り込むか、リオは考えていた。
が、グランザームの方から門を開いてくれるとあればそれを利用しない手はない。最後の戦いへの熱意を燃やしつつ、リオはぼんやりと思考を巡らす。
(最後の挨拶、かぁ……。そうだよね、生きて帰れる保証はないんだし……この七日を使って、みんなに会って行ってこよう)
グランザームは強大な敵だ。リオたち魔神であっても、無傷で勝つことは不可能だろう。下手をすれば、魔界にて命果てるかもしれない。
だからこそ、一つの後悔もなく戦いに集中出来るよう、リオは再び世界を巡る旅に出ることを決めた。門が開くまでの七日間、これまで訪れた国へ行く。
そして、それぞれの地で出会った者たちに、最後になるかもしれない挨拶をして回るのだ。
(ようし、そうとなったら早く寝ないと。寝不足じゃ、締まりがないもんね)
大きなあくびを一つした後、リオは眠りに着いた。最後の戦いへ向け、闘志を燃やしながら。
翌朝、起床したリオは朝食を食べた後、アイージャたちを集め聖礎エルトナシュアへ向かう。全ての魔神たちが勢揃いするなかで、昨夜の出来事を話す。
「……というわけで、これから僕はまた世界を回ってこようと思うんだ。心残りがなくなるように、ね」
「ふむ……。まあ、あのグランザームだ。リオを騙して罠にかけるような真似はすまい。ならば、言葉に甘えて挨拶行脚をするのもよかろうて」
リオの言葉に、真っ先にアイージャが賛成した。他の者たちも、特に反対意見を出すことはなかった。むしろ、グランザームのもう一つの言葉を気にする者がいた。
「リオくんにとって、最も縁の深い始まりの場所ねぇ……。心当たりはあるの? 場所が分かんなくてチャンスを逃しちゃいました、なんてなったら困っちゃうよ?」
「大丈夫だよ、くーちゃん。……一つ、確信してる場所があるんだよ。僕にとって最も縁のある、大切な場所はね」
クイナの言葉に、リオはそう答える。自分にとって最も縁の深い、始まりの場所。それはただ一ヶ所。アイージャと初めて出会った、あの神殿以外にはない。
そんな確信があったのだ。だからこそ、リオは安心して挨拶回りの旅に行く準備を整えることが出来たのだ。
「ねーねー、私も一緒に行っちゃダメ? おとーとくんが今まで会った人に会いたーい!」
「ダメだよ、レケレス。私たちは特訓だ。魔王軍は壊滅させたけど、まだ隠し球がいるかもしれないからね。返り討ちに会わないようにしないといけないよ」
「……はーい」
リオに同行しようとするレケレスだったが、ダンスレイルに諌められしぶしぶ辞退する。リオは申し訳なさそうに笑った後、一人エルトナシュアを去っていく。
「さあ、最後の旅の始まりだ!」
決戦の時まで、残りあと――七日。終局へのカウントダウンが、静かに始まった。
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