146話―剣に導かれし先に

 断末魔を残し、エスペランザは息絶えた。ダンテは槍を振るって穂先に付着した血を吹き飛ばす。風を操ってテンガロンハットを手元に引き寄せ、そっと被る。


「……グリオニール。仇は討ったぜ。安心して眠ってくれよな」


「ダンテしゃん、ありがとう。おかげでぇ助かったよ」


 リオはボロボロになった顔を再生させつつ、ダンテにお礼を言う。口の中が切れてしまっているため、ろれつが回らなくなってしまっていた。


「気にすんな。自分の不始末のカタを着けただけさ。……代償はデカかったが、よ」


 どこか寂しそうにそう呟きながら、ダンテは地面を見つめる。リオにとってのアイージャやカレンたちのように、ダンテにとってグリオニールはかけがえのない存在だったのだ。


 どう声をかけようかリオが迷っていると、気絶していたアイージャたちが目を覚ました。エスペランザが倒されたことを知り、ヴォルパール・Kは封鎖を解除するため去っていく。


「あなた方が協力してくれたおかげで、危機は去りました。本当にありがとうございます。いずれ必ず、あなたたちの力になりましょう。では、私はこれで」


「ばいばい、ヴォルパールさん」


 ヴォルパール・Kを見送った後、リオは三人が気絶してからの一部始終をアイージャたちに聞かせる。アイージャとダンスレイルは、グリオニールの死に涙を流す。


「……そうかい。グリオニールまでいなくなるなんてね……。寂しいもんだよ、本当に」


「そう、だな姉上。本当に、悲しいことだ」


 その場にいた者たち全員が悲しみに包まれ、重い空気が立ち込める。その時だった。どこからともなく火柱が立ち昇り、紅炎の剣が現れたのだ。


 剣はエスペランザの力の残滓を吸収し、より鮮やかな赤色の輝きを纏う。ファルティーバ、ビウグ、ヴァンガム、ペルテレル、ラギュアロス、そしてエスペランザ。


 六人の異神の力全てを吸収し、剣の魔神エルカリオスの封印されている神殿へ誘う力を手に入れたのだ。


「……これで、全部揃ったね。ねえ様、ダンねえ。行こう。グリオニールさん……いや、グリオにぃのためにも」


「ふふ、そうだな。いつまでもうじうじしていては、兄上に尻を蹴られてしまうわ。ダンテよ、お主も妾たちと行くか?」


 アイージャはリオに言葉に頷き、涙を拭いた後ダンテに問いかける。ダンテは鼻をすすった後、ひらひらと手を振った。


「一緒に行きてえけどよ、疲れちまってな……。獣の力使うのって相当しんどいぜ。あんたらはすげえよ、いやマジで」


 初めて獣の力を解放した反動で、ダンテは疲労困憊な状態になってしまっていたようだ。リオたちはダンテを残し、三人で出発しようとする。


「おっと、待ちな。リオ、これ持ってけ。いるんだろ? こいつが」


「へ? わわっ!」


 ダンテはリオを呼び止め、何かを投げ渡す。託されたのは、小さな灰色の宝玉だった。リオは宝玉をジャスティス・ガントレットの窪みに嵌め込み、礼の言葉を述べる。


「ダンテさん、ありがとう」


「いいさ。役に立ててくれ。オレとグリオニール、二人の思いが詰まってるからよ」


 その言葉に頷いた後、リオはアイージャたちの方へ向き直る。三人が紅炎の剣の柄を掴むと、炎が剣ごと彼らを包み込む。少しして炎が消えると、そこにリオたちの姿はなかった。



◇――――――――――――――――――◇



「……着いたな。兄上との一万年ぶりの再会、か」


「だね。さ、行こうか」


 気が付くと、リオたちは石造りの回廊にいた。前方へ続く通路を進むなか、リオはアイージャたちにエルカリオスはどんな魔神なのか尋ねる。


「……とても大地の民を嫌っている。何しろ、『地に交われば貴にあらず』という掟を己に課して大地の民と一切交流しなかったくらいだからな」


「ファルファレーとの戦いの助力を断られたからだったかな、兄さんが大地の民を嫌うのは。私たちにもよく言っていたっけね。人間たちを信用するな、って」


 二人の言葉を聞き、リオはふと不安になる。ここまで来て、エルカリオスが協力を拒んでしまったらどうしよう、と。そんなリオに、アイージャは声をかける。


「そんな顔をするでない、リオよ。大丈夫だ、兄上は気難しくて厳格だが、話せば分かってくれる柔軟さもある。……むしろ、妾たちが掟破りの件で半殺しにされかねんわい」


「……アイージャ、冗談でもやめてくれ。昔を思い出して鳥肌が立ったよ」


 かつて何かがあったのだろう。ダンスレイルは青い顔をして身体をさする。三人が会話をしながら歩いていると、回廊が終わり大きな扉が現れた。


 リオが扉に触れると、ファルファレーが施した結界が砕け散り封印が解かれる。扉がひとりでに開いていき、部屋の中から落ち着いた声が響く。


「入ってくるといい。待ちわびたぞ。再び我が兄妹と出会える日を、な」


「お、お邪魔します……」


 アイージャたちの話を聞き、すっかり萎縮してしまっていたリオだったが、勇気を振り絞り部屋の中に足を踏み入れる。部屋の奥、壁にもたれかかり一人の青年が座っていた。


 炎のような紅の髪と瞳を持ち、背中に竜の翼を生やした半裸の青年――エルカリオスはジッとリオたちを見つめる。重い空気が張り詰めるなか、剣の魔神は笑みを浮かべた。


「……よく来た。私はずっと待っていたぞ。お前たちが来るのを」


「久しぶりだな、兄上。封印されてなお壮健なようで安心した」


 アイージャはホッと安堵の息を吐きながら、エルカリオスに近付く。ダンスレイルもリオを連れて部屋の中を進み、兄との再会を喜ぶ。


「……君か。盾の魔神を継いだ者は」


「え? わ、わかるんですか?」


「当然。私はここにいながら、大地のすべてを見てきた。この『竜眼』でな。それと、そんなに怖がる必要はない。二人に何を吹き込まれたかは大体分かる。昔のことはもう気にしてはいないさ」


 そう口にしつつ、エルカリオスは立ち上がる。リオを見下ろした後、目を閉じて何かをささやき始めた。すると、エルカリオスの手のひらの上に小さな鍵が現れた。


 聖礎エルトナシュアへ踏み入るために必要な、最後の鍵だ。


「……一万年前。ファルファレーとの戦いに敗れ落ち延びる時に、私は奴から鍵を一つ奪った。今日この日まで守り抜いてきたのは、お前たちに託すためだったのかもしれぬな」


「エルカリオスさん……」


「にいさんと呼ぶがいい。家族にそんな他人行儀な呼び方をする者はいないだろう?」


 リオに鍵を渡しながら、エルカリオスは微笑む。再び床に座った後、誰に言うでもなく呟いた。


「……かつて私は大地の民を憎んだ。救世主たるベルドールへの恩を忘れ、敵討ちに手を貸さなかったが故に。だが……今は違う。神話の真実が明かされ、多くの者が立ち上がった。だからもう、憎むのは止めた」


「兄上……」


「兄さん……」


 エルカリオスの言葉に、アイージャとダンスレイルは唖然としていた。あれだけ嫌っていたはずの大地の民をすでに許し、認めていたとは思わなかったのだ。


「リオ。私はまだここから動けぬ。依り代がなければ、ここを離れた時点で消滅してしまうのだ。だから、これを託す」


「それは……」


 どこからともなく炎が出現し、揺らめきながら少しずつ凝縮されていく。限界まで凝縮された炎は、鮮やかな紅色の宝玉へと変化した。


 宝玉はひとりでに移動し、自らジャスティス・ガントレットの窪みに収まった。六つの宝玉が、リオにかつてないほどの力を与える。


「凄い……力がみなぎってくる!」


「今の私がしてやれるのはこのくらいだ。さあ、行くがいい。ファルファレーが動き出す前に、聖礎エルトナシュアへ乗り込むのだ」


「分かった。ありがとう……お兄ちゃん!」


 リオはエルカリオスに礼を言い、部屋を出ようとする。そんな彼を呼び止め剣の魔神は話し出す。


「……ああ、そうだ。一つ伝えようと思っていたことがあった」


「へ?」


「かつて、私は言った。地に交われば貴にあらず、と。訂正しよう。大地の民は……素晴らしいものだ」


 その言葉に、リオは満面の笑みを浮かべる。自分たちのこれまでの頑張りが、エルカリオスに認められた。それがリオには、嬉しかったのだ。


「……よかったな、リオ。さあ、行こう。今度こそ、ファルファレーを仕留めてやらねばなるまい」


「だね。一万年前の雪辱、果たそうじゃないか」


「うん。行こう!」


 神殿を後にした三人は、フォルネシア機構へ戻る。エリルが保管していた残りの鍵を手に取り、聖礎エルトナシュアへの道を開く。


 五つの鍵を天にかざすと、白い門が現れる。その向こうには、石畳の広い空間が広がっていた。リオたちは互いに顔を見合わせた後、門の中に飛び込む。


 ファルファレーとの最後の戦いが、始まろうとしていた。

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