145話―槍魔神ダンテ・フォロウインド

 ダンテの周りに、灰色の魔力が集まっていく。徐々に狼のようなシルエットになった魔力は、口を大きく開けてダンテを包み込み、不気味にうごめき始めた。


 その姿に危機感を覚えたエスペランザは、即座にダンテを仕留めることを決めた。己の勘が告げていたのだ。ここでダンテを放置すれば、よくないことが起こる、と。


「何をするつもりかは知らんが、やらせはせんぞ!」


「邪魔は……させない!」


 

その時、リオが力を振り絞りエスペランザに飛び付いた。異神を引きずり倒して動きを封じ、ダンテの変化が終わるまでの時間稼ぎを自ら行う。


「くっ、邪魔をするな! 離れろ小僧!」


「離れるもんか! ダンテさんは僕を助けてくれたんだ! だから今度は僕がダンテさんを助けるんだ!」


「そうか。ならこうしてやる!」


 四肢を押さえ付けられたエスペランザは、リオの顔面に向かって頭突きを放った。リオの目の奥で火花が散り、思わず力を緩めてしまいそうになる。


 が、リオは耐えた。ダンテを守り命を投げ出したグリオニールに報いるために、歯を食い縛り痛みに耐える。鼻血を垂らしながらも、全身の力を決して抜かない。


「ええい、いつまで耐えるつもりだ! これ以上その整った顔を崩されたくないだろう? さっさと離れたらどうだ!」


「やだ、ね……。こんなの、へっちゃらだもん……。お前の頭突きなんて、全然痛くないもんね!」


 顔じゅうを腫らしながらも、リオは強がってみせる。それどころか、逆にエスペランザに頭突きをし返す剛毅さを見せつけた。


「ぐっ……! 減らず口を叩きおって……!」


「いいぞ、リオ。もっと言ってやれ。ま、その前に……オレがそいつを一発ぶん殴らせてもらうけどな」


 次の瞬間。頭突きをしようとしたエスペランザとリオの間に、漆黒の槍が差し込まれた。新たなる槍の魔神となったダンテが、変化を終えたのだ。


「……貴様、いつの間に」


「ついさっき、な。リオ、ありがとよ。ゆっくり休んでてくれ。こいつはオレが……ケリを着けるから」


 ダンテは柔らかな風を起こし、リオを遠く離れた床の上に移動させる。リオを移動させた後、ダンテは愛用のテンガロンハットを外す。


 彼の頭には、灰色の狼の耳が新たに生えていた。


「さあ、立てよエスペランザ。オレとお前、一対一の戦いだ。グリオニールを侮辱したこと、後悔させてやる」


「クハハハハ! 私に惨敗した雑魚が何をいきがる! いいだろう。そこまで言うなら、相棒のいるあの世に送ってくれるわ! クイックタイム!」


 エスペランザは時を加速させ、ダンテに襲いかかる。両手に空間の力を宿し、クロスチョップを叩き込もうと猛スピードで迫っていく。


「五秒で死ね! 下等生物め!」


「ダンテさん、逃げて!」


 異神とリオの叫びが交差するなか、ダンテはただ立ち尽くす。エスペランザの両腕が振り下ろされた瞬間――ダンテは異神の背後に立っていた。


「おせぇなあ。楽々見切れちまったぜ」


「なん……だと……!?」


 時を加速させ放った一撃を易々と避けられ、エスペランザの顔に驚愕の表情が広がっていく。そのまま振り返り、裏拳による攻撃を叩き込むも、それも避けられた。


 今度は己の正面に回り込まれ、エスペランザは舌打ちをする。さらに時を加速させ攻撃を繰り返すも、ダンテにかすることすら出来ず逆に膝蹴りを叩き込まれる。


「ガハッ……」


「おせえよ。てめえの攻撃なんざ、もう食らわねえ!」


 そう叫びながら、ダンテは追撃の回し蹴りをエスペランザのこめかみに放つ。相手が体勢を立て直している間に、魔力を集め槍が納められた灰色のオーブを作り出す。


「見せてやる。オレとグリオニールの絆の強さを! ビーストソウル、リリース!」


「くっ、させるものかあああああ!!」


 獣の力を解き放とうとするダンテを阻まんと、エスペランザは突撃する。しかし、阻止することは出来なかった。吹き荒れる灰色の旋風かぜが進路を阻み、先へ進ませない。


 風の中心にいるダンテの身体が、少しずつ変化していく。全身を灰色の体毛が覆い、腰からは狼のようなしっぽが生える。大きく無骨な手には爪が、口には牙が。


「……待たせたな。さあ、始させてもらうぜ。グリオニールの弔い合戦を。このオレ……ダンテ・フォロウインドがな」


 旋風かぜが弾け、変身を終えたダンテが前に進み出る。絶対的な強者の風格を感じ取り、エスペランザは無意識に喉を鳴らしてしまう。


「さて……エスペランザよぉ。お前はオレからグリオニールを奪った。だからオレもお前から奪う。呼吸する権利をな!」


「なっ……カヒュッ!?」


 エスペランザが訝しんだ次の瞬間、ダンテは手を伸ばし拳を握る。すると、エスペランザの顔の周囲が無酸素状態になってしまった。


 呼吸を封じられ、エスペランザは顔を歪ませる。異神たちは例え無呼吸状態になっても、大地の民よりはるかに長い時間生存することは出来る。


 だが、。力は削られ、全力を発揮することは出来なくなる。神であっても、苦しいことに変わりはないのだ。


(くっ、こいつ……私の力を弱体化させるつもりか! ……面白い。その程度の策で私に勝てると思っている甘さが死に繋がることを教えてやる!)


 息苦しさに顔を歪めつつ、エスペランザは心の中でダンテを嘲笑う。が、その思考こそが致命的な間違いであったことを、まだ異神は知らない。


「……笑ってんのか。言っとくがよ、オレは全部お見通しだぜ? お前が何を考えてんのかよ。だから、もう何もさせねえ。てめえが指一本動かす前に……全部終わらせてやるよ! ウォルフガング・サーバント!」


「! 凄い、分身があんなに……」


 次の瞬間、ダンテは風で出来た無数の分身を作り出す。三体、五体、十体……次々に増えていく分身を見て、リオは驚愕の表情を浮かべる。


 それは、エスペランザも同じだった。


「な、に……」


「かかれ、分身ども! 奴に時間も空間も操らせるな!」


 ダンテが叫ぶと、総勢八十体の分身たちが一斉にエスペランザへ襲いかかる。息もつかせぬ波状攻撃を前に、呼吸を封じられた異神は身を守ることしか出来ない。


 時間操作や空間操作で反撃しようにも、嵐のような苛烈な連続攻撃に中断させられてしまう。エスペランザは文字通り、袋叩きにされていた。


「ぐ、が、カヒュッ……。あり、がふっ、えぬ……。私が……」


「もう喋らなくていいぜ。これまで散々喋り倒したろ? もうお口にチャックして眠りな」


 ダンテは槍に魔力を込めながら、そう呟く。彼の胸の中に、グリオニールとの思い出が去来する。


(……なぁ、グリオニールよ。この一ヶ月、いろいろあったよな。二人してドジ踏んだり、ケンカしたりよ……。でもな、オレは……そんな日々が、楽しかったんだぜ)


 心の中で、ダンテはそう呟く。神殿でグリオニールの魂が封じられたネックレスを手に入れてからの日々は、彼にとって……否、彼とグリオニールにとって素晴らしい日々だった。


「……安心しな、相棒。お前が安心して眠れるように、オレが頑張るからよ。お前の家族は……オレが守る! 螺旋穿の槍!」


 そう叫びながら、ダンテは走り出す。槍に穂先の形が変化し、ドリルのような形状になる。狙う場所はただ一つ。時空異神エスペランザの心臓だ。


「く、こ……の! 下等……カヒッ、生物風情が……」


「エスペランザ、てめえの負けだ! グリオニールを侮辱した罪、死んで償え! スパイラル・チェイサー!」


「させ、ぬ……!」


 全ての分身を消去し、ダンテはがら空きになったエスペランザの胴体に槍を突き刺す。異神は寸前で時間を止め、空間の障壁を作り出し二重の防御を施した。


 が、無意味であった。怒れるダンテの前では、どんな強固な守りもただの飾りに過ぎない。止まった時間も、空間の障壁も――全て穿ち貫き、ダンテは突き進む。


「ムダなんだよ。エスペランザ、確かにてめえはつええさ。でもな、一人なんだよ、お前は。だから、自分だけで処理出来ないことがあったら、もうそれだけで終わりなのさ」


「バカ、な……」


 時の歯車が強引に回され、空間があるべき姿へ戻されていく。絶望と屈辱に満ちたエスペランザの顔を見ながら、ダンテはニヤリと笑う。


「たった一人で、地獄に落ちてけ。あばよ、エスペランザ!」


「ぐっ……がああああああああああ!!!」


 心臓を貫かれたエスペランザの断末魔が、リオとダンテの耳をつんざく。最強を誇った時空異神が――ついに、滅びの時を迎えたのだ。

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