202話―大魔の称号:我ら全にして個、個にして全なり:

「ようやく着いた……。この中に、ワーズがいるんだね」


「そうみたい。いやーな気配がぷんぷんしてるよ」


 しばらくして、二人は宮に……否、宮が場所に到着した。荘厳な宮は影も形もなく、大きな漆黒の穴がぽっかりと開いていた。


 穴の奥深くから邪悪な魔力が吹き出しており、中にワーズがいるであろうことは明白に見てとれた。リオとクイナは手を繋ぎ、はぐれないよう穴の中に飛び込む。


「くーちゃん、行くよ!」


「御意!」


 穴の中は二人の想像以上に広く、あちこちで触手がうごめいていた。攻撃してくる触手や、穴の中を漂う瓦礫の塊と死体を避けつつ、二人は下へ降っていく。


 下に落ちていくにつれ、邪悪な気配がより強くなる一方で、リオがよくる知る気配もまた強まっていた。この先に、カレンがいる。そう確信し、リオは心の中でカレンの無事を祈る。


(待っててね、お姉ちゃん。僕たちが必ず助けに行くから。だから……それまで、無事でいてね!)



◇――――――――――――――――――◇



「はあ、はあ……クソッ。キリがねえな……このままじゃ、アタイも親父もやべえぞ……」


『クハハハハ。まだ抗う気概があるか。来るがいい。我らが遊んでくれよう』


 同時刻、穴の底……大魔公ワーズが座す場所で、カレンとオウゼンが戦っていた。ドス黒い卵型の身体にひし形に四つの顔がはりつき、下部から触手が生えた異形――大魔公ワーズと。


 カレンたちはワーズの触手をそれぞれの武器で弾き、本体に接近しようとする。が、次から次へと再生し生えてくる触手の処理に追われ、先へ進むことが出来ない。


「邪魔な触手め……! 俺の先天性技能コンジェニタルスキルが使えれば直接本体を叩けるというのに!」


『クハハハハ、ムダなこと。我らの領地テリトリーでは貴様らの力は使えぬ』


 苛立ち混じりにマサカリを振り回すオウゼンに、ワーズは嘲笑うように声をかける。ワーズの力によって、先天性技能コンジェニタルスキルの使用を封じられてしまっているのだ。


 一方のカレンも、獣の力を解放することが出来ず、苦戦を強いられていた。スタミナには自信のある親子であったが、いつまで経っても触手を減らせず、疲れを覚え始める。


「やべえな……体力が切れてきやがった。はええとこなんとかしねえと、二人ともやられちまうぞ……こんな時、リオがいれば……」


 額に大粒の汗を浮かべながら、カレンは焦りのこもった声でそう呟く。その時、カレンたちの頭上から待ち望んだ少年の声が響いてきた。


「お姉ちゃん、助けに来たよ! 大丈夫!?」


「リオ! ……へへっ、やっときてくれたか!」


 嬉しそうに笑うカレンのすぐ側に着地し、リオはとうとうテンキョウ崩壊の元凶、ワーズと対峙する。ワーズの顔のうち、干からびた老人の顔がリオを見つめ笑みを浮かべた。


『よく来たな、小さき者よ。誉めてやろう、この大魔公ワーズを相手に臆することなく戦いを挑みに来たことを』


「お前なんかに誉められたって嬉しくないよ。覚悟しろ、お前に殺された人たちの無念を晴らしてやる!」


『やってみるがいい。やれるのであればな!』


 次の瞬間、ワーズが操る無数の触手が乱舞し、リオに襲いかかる。リオは両腕に飛刃の盾を装着し、迫り来る触手を次々と切り落としていく。


 それを見たワーズは八つの目を細め、触手を束ね巨大な腕を作り出した。拳を握り、腕を天高く持ち上げた後、一気にリオ目掛けて振り下ろす。


『これは避けられるかな? もっとも、避ければ他の者が命を落とすことになるがな』


「卑怯者め! こうなったら……!」


「リオ、やめろ!」


 触手で囲まれ、逃げ場を失ったリオたち。リオとクイナは飛んで避けられるが、カレンたちはそうはいかない。が、拳は非常に大きく、受け止めればただでは済まないだろう。


 それを分かっていて、ワーズは二択をリオに迫ったのだ。仲間を見捨てて攻撃を避けるか、致命傷を受けるのを覚悟して攻撃を受け止めるかの二択を。


「こんな拳……受け止めてやる!」


 リオは振り下ろされた拳を、両腕に装備した盾で受け止めた。凄まじい衝撃に襲われ、全身の骨が砕けたような激しい痛みが身体じゅうを駆け巡る。


 それでも、ギリギリのところでなんとか踏ん張り、ワーズの攻撃を受け止めきることに成功した。腕が止まったのを見計らい、クイナが上空へ泳いでいく。


「これ以上、リオくんに攻撃させないよ! ゴブリン忍法『長跳清流剣』の術!」


 クイナは長い刀身を持つ水の刀を作り出し、腕を切断する。上から押し付ける力がなくなったため、リオは腕をワーズに向かって投げ付けようと試みる。


「このまま腕を……」


『そうはいかぬ。その前に、我らの触手で挟み潰してくれる!』


 リオが腕を放り投げる前に倒そうと、ワーズは左右から触手をスライドさせる。その時、カレンとクイナが飛び出し、高速で飛んでくる触手を全身で受け止めた。


 凄まじい衝撃がかかったらしく、口から血を吐きながらも、二人は両足に力を込めて触手を押し留める。


「いけー、リオ! おもいっきりぶん投げてやれ!」


「触手は拙者たちが抑えるから! やっちゃえー!」


「二人ともありがとう! せーの……」


『させぬわ!』


 攻撃の阻止に失敗したワーズは、今度は四つの口を広げ、黒く濁った闇のレーザーをリオ目掛けて発射する。リオやカレンたちはその場から動けず、万事休すかと思われたが……。


「そうは……いかねえ!」


「オウゼンさん!?」


 ただ一人フリーだったオウゼンがワーズとリオの間に割って入り、背中で闇のレーザーを受け止めたのだ。背中の皮膚がただれ、肉が焦げる匂いが広がる。


「オウゼンさん、どうして!」


「決まってんだろ……? お前は娘の大事な婿だ……こんなところで死なすわけにゃいかねえからだ。お前さんのためなら……俺は命だって惜しくねえ! 俺に構うな! そいつをぶん投げてやれ!」


 オウゼンの後押しを受け、リオは力の限り叫びながら腕を放り投げた。ワーズは標的をオウゼンから腕に切り替え、木っ端微塵に粉砕するが、それがまずかった。


「今だ! アイシクルスパークボム!」


『むうっ……貴様!』


 それを見たリオはすかさずジャスティス・ガントレットの力を解放し、砕けた腕の欠片を氷と雷でコーティングして即席の爆弾に作り替えた。


 そして、大量の即席爆弾をワーズ目掛けて雨あられと降り注がせる。ワーズは触手を使って身を守ろうとするも、次々と爆弾が炸裂し触手を破壊される。


 結果、剥き出しとなった本体に爆弾が直撃し大ダメージを受けることとなった。


『ぐうううう……! おのれぇぇ、たかが大地の民如きに、大魔公たるこの我らが……ん? その籠手は!?』


 かなりの痛手を受けたワーズは、忌々しそうに呻き声を漏らしていたが、リオの右腕に装着されたジャスティス・ガントレットに気付き驚きの声を上げる。


『クハハハハ、なるほど。そういうことか。通りで我らの妨害魔術が働かぬわけだ。創世六神のアーティファクトを手にしているとはな』


「そうさ。これがある限り、お前には負け……」


『いいや、逆だ。この勝負、我らの勝ちだ』


「なに……」


 次の瞬間、リオの身体にワーズの触手が突き刺さる。針のように細く、尖った触手が。リオは触手を引き抜こうとするも、それより早くリオの身体にが流し込まれる。


「う……ああああ!!」


「リオ!? どうした、しっかりしろ!」


 触手が退いたため、自由に動けるようになったカレンとクイナがリオの元へ駆け寄る。苦しそうに呻きながら倒れ込むリオに、ワーズが嘲りの言葉をかけた。


『残念だったなぁ。我らの持つ闇の眷属の力を流し込み、籠手を通して貴様の体内を巡る神の力を猛毒へ変えた。後十分もすれば、貴様は死ぬぞ』


「このクズが!」


 大笑いするワーズに、カレンが怒りの咆哮を上げる。リオが倒れ、オウゼンも戦える状態ではなくなり、万事休すかと思われたその時――落ち着いた声が、頭上より響く。


「全くだ。大魔公ワーズ……母上から聞いた通り、卑劣極まりない存在だ」


『む……? 貴様、何者だ?』


「フン、貴様に名乗るつもりはない。我が名を知らず、ここで朽ちるがいい」


 深淵の底に舞い降りたのは、魔王軍幹部――『千獣戦鬼』ダーネシアだった。

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