127話―そのメイド、強力無比につき

 ファティマに攻撃を受け止められ、触手は素早く闇の中へと戻っていった。目を細め暗闇を見つめながら、ファティマはリオに告げる。


「我が君、わたくしがカタを着けて参ります。しばらくお待ちくださいませ」


「え? そんなの悪いよ。ファティマさんだけに押し付けるなんて。僕も一緒に戦う」


「……かしこまりました。他の方々はここでお待ちください。では我が君、参りましょう」


 自分に任せろと言うファティマに、リオはそれは悪いと自らも戦うことを告げる。それを聞いたファティマはどこか嬉しそうに頷き、先へ進む。


 果たしてファティマの言う通り、少し歩いたところに大きな地底湖があった。ダンテに増やしてもらったライトボールの光でも湖の反対側を見ることが出来ないほど大きい。


「わあ、大きな湖……。でも、何もいない……?」


「恐らく、不意打ちを阻止され身を隠したのでしょう。まあ、わたくしを相手にするには無意味な行いですが」


 そう言うと、ファティマは静かに数歩進み湖のフチへ近付く。トントンとこめかみを二回叩き、両目から光を水面に向かって照射する。


「……やはり、湖底に隠れているようですね。ですが、ムダなこと……わたくしからは逃げられません。バトルメイドプロトコル起動、戦闘モードへ移行開始」


 攻撃を仕掛けてきたモノがどこにいるのかを突き止めた後、ファティマは敵を殲滅するための準備を整える。彼女の体内から、歯車が回る音や蒸気が吹き出す音が響く。


 リオが見守るなか、ファティマは戦闘モードへの移行を完了させた。エメラルドグリーンの瞳がアメジストのような紫へと変わり、瞳から照射される光が熱を帯びる。


「ウォッシングプログラム……サンフレア。さあ、姿を見せなさい。我が君の敵よ」


 本来ならば洗濯物を乾かすために使われる暖かな光が、灼熱の熱戦となって地底湖に注がれる。少しずつ水が熱せられていき、ボコボコと泡立っていく。


 すると、あまりの熱さに耐えきれなくなったらしく湖底に潜んでいたモノが浮上し、姿を現した。紅く光る八つの目を持つ巨大なタコは、ファティマに向かって触手を振り下ろす。


「ファティマさん! 危ない!」


 リオは不壊の盾を構え、ファティマの前に立ち触手を受け止める。力を込めて触手を跳ね返し、振り向きながら声をかける。


「ファティマさん、大丈夫? 怪我はない?」


「はい、問題は一つもありません我が君。ですが、一つだけ進言を。わたくしのことは呼び捨てしてください。貴方様の忠実なしもべなのですから」


 心配してもらったことを心底嬉しそうにしながらも、ファティマは自分を呼び捨てにするようリオに伝える。そんなことをしている間に、大タコは再度攻撃を放つ。


 大タコの攻撃を感知したファティマは、素早くリオを横抱きに抱えお姫様抱っこし、バックステップで後退し触手を避ける。リオを降ろした後、お返しとばかりに大タコへ反撃を見舞う。


「畜生の分際で我が君に危害を加えようなど……千年は早い。無限地獄に墜ちて苦しみなさい。クッキングプログラム……超振動肉断包丁」


 リオを傷付けようとした大タコへの怒りに身を焦がしながら、ファティマは右腕を巨大な肉切り包丁へと変化させる。振動する刀身を振り抜き、水平に薙ぎ払われた触手を一太刀で両断してしまった。


 平時であれば料理で大活躍するであろう鈍色の刃は、主君の怨敵を滅するための裁きの剣へと変貌していた。触手を切り落とされた大タコは身悶え、苦しむ様子を見せる。


「ファティマさん……凄い……」


 巨大な肉切り包丁の重量をものともせず、舞うように大タコの触手を切り落としていくファティマを見ながら、リオはあまりの美しさに思わずそう呟く。


 八本あった触手は、十分も経たない間に残り二本まで減らされてしまっていた。このままではまずいと思ったらしく、大タコは新たな攻撃を開始する。


 口から墨の塊を砲弾のように発射し、ファティマをバラバラにしてしまおうと連射してきたのだ。


「なるほど、多少頭は回るようですね。ですが、所詮は畜生。わたくしの頭脳回路には及びません」


 包丁の刀身を盾代わりにして墨を防ぎつつ、ファティマは大タコと距離を詰める。が、流石にタコも学習しており、湖の中央へと遠ざかってしまう。


 それを見たリオは、これ以上逃げられないようにするため一計を案じる。大きく息を吸い込んだ後、タコに向かって特大の叫び声を響かせた。


「お前の相手は僕だ! こっちを見ろー!」


「我が君、何を……」


 湖を凍らせ退路を断つのは時間がかかりすぎると判断し、【引き寄せ】で接近させることをリオは選んだ。大タコはリオへの敵意を燃やし、後退するのを止め突進する。


 湖のフチぎりぎりまで近寄り、触手を一本ずつ再生させながらリオへ向かって振り下ろす。盾で弾き、サイドステップで避けながらファティマが攻撃するための隙を作る。


 そして、しばらく攻防が続いた後好機が訪れた。大タコが疲弊し、動きが鈍ったのだ。


「ファティマさん! 今だよ!」


「ありがとうございます、我が君。では、そろそろあの畜生にトドメを刺させていただきます。クリーナープログラム……デリートエアー」


 ファティマはリオにお礼の言葉を述べた後、大タコへトドメを刺すため自身の身体を変形させる。右腕が元の形状に戻った後、上半身が台座へと変化する。


 下半身がホウキを模した大砲の砲身へと変わり、照準が大タコへと合わされる。そして、凄まじい熱風が吹き出し、タコが塵へと変わっていく。


 メイドとしての掃除スキルを応用し、怨敵を塵一つ残さず文字通り『掃除』し終えたファティマは、身体を元に戻す。ふうと息を吐いた後、リオの元に歩み寄りかしずいた。


「我が君。これにて敵の排除を完了しました。途中お手伝いしていただきありがとうございます」


「ううん、気にしないで。ファティマさんは僕の仲間……むぐ」


 途中まで言ったところで、リオの唇にファティマの指が押し付けられ言葉を止められてしまう。どこか不満そうな視線を向けながら、ファティマは主に訴える。


「我が君。先ほども言いましたが、わたくしのことは呼び捨てで構いません。従者にさん付けをする者はおりませんよ?」


「わ、分かったよぉ……。でも、そのままだと味気ないし……そうだ、愛称で呼ぶね。うーん、なんて呼ぼうかな……」


 どうせならもっと親しくなりたいと考えたリオは、かつてエリザベートにそうしたようにファティマも愛称で呼ぶことにしたようだ。


 ファティマはお預けを食らった子犬のようにリオを見上げ、期待に満ちた視線を投げ掛ける。しばらく悩んだ後、リオはファティマへの愛称を決めニッコリ笑う。


「決めた! これからファティマさんのことはふーちゃんって呼ぶね!」


「ふーちゃん、ですか。かしこまりました。では、そのようにプログラムを更新させていただきます」


 嬉しそうにはにかんだ後、ファティマは目を閉じる。彼女の体内から歯車が回る音が何回か響いた後、ゆっくりと目が開き無機質な声が発された。


「システムアップデート完了。バージョン1.1に更新。我が君からの愛称をデータベースに追加」


「ふーちゃん? 大丈夫?」


 自動人形オートマトンの生態に馴染みのないリオが心配そうに声をかけると、ファティマはゆっくりと頷く。立ち上がった後、リオをひょいと抱き上げ、カレンたちの元へ戻っていく。


「はい、わたくしは問題ありません、我が君。さあ、戻りましょう」


「うん。それはいいけど……恥ずかしいから降ろして……」


「そのように命令には従えません。我が君と密着し、より親愛の情を育みたく思っておりますので」


 そう言うと、ファティマは自分とリオの頬っぺたをぎゅっとくっつけながら歩いていく。戻ってきた二人を見て、カレンが嫉妬で吠えたのは言うまでもない。



◇――――――――――――――――――◇



 なんだかんだ問題はあったものの、大タコを退けた一行は地底湖を渡り、無事先へ進むことが出来た。地下水脈の終着点にある階段を登り、外に出る。


 四人はついに、第四のゴッドランド・キーが眠る霊峰カウパチカの山麓へとたどり着いたのだ。


「やれやれ、やっと着いたな。さ、今度は山登りするぞ、リオ。へばるなよ?」


「大丈夫だよ、ダンテさん。さあ、みんな行こう!」


 鍵を求め、リオたちは山を登っていく。だが、彼らはまだ知らない。第二の異神の魔の手が、少しずつ伸びてきていることに。

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