266話―咲き誇れ、花と斧よ

「さて、そろそろ私の本気を見せてあげよう。ビーストソウル……リリース!」


 ダンスレイルは獣の力を解き放ち、フクロウの化身となる。三人のディーナたちの頭上へと移動し、右手を下へ向けてつるを三本伸ばす。


 ディーナたちの腕に巻き付いたつるを引っ張り、ダンスレイルは彼女たちを勢いよく振り回し始めた。三人分の重量を物ともせずに。


「くっ、うああ!?」


「ほーらほーら、ぐるぐる身体も目も回るねぇ。それじゃ、そろそろ逝ってみようか!」


 三頭のマーピアたちは主を助けようとするも、勢いよく振り回されている主を巻き込む恐れがあった。そのため、迂闊に攻撃出来ずおろおろしていた。


 ダンスレイルはからかうようにそう言うと、つるを一本左手に持ち替え、両腕を広げる。そして、拍手をするように勢いよく腕を振り、ディーナたちを互いに叩き付けた。


「ぐっ!」


「がっ!」


「うあっ!」


 勢いよく叩き付けられ、ディーナたちは呻き声を漏らす。つるがちぎれ、三人は地上へ向かって落下していくも、マーピアに助けられる。


 いいように翻弄され、怒りに燃えるディーナは分身を消し、懐から青い石を取り出す。彼女もまた、ノーグやシルティのように相棒と融合するつもりなのだ。


「よくもやってくれたな……! この私をコケにしたこと、後悔させてやる! 竜魂、解放!」


 石を握り潰すと、渦巻く水の柱がディーナとマーピアを包み込み姿を覆い隠す。その様子を、ダンスレイルは黙ってジッと見つめていた。


 少しして水の柱が四散し、マーピアと融合したディーナが姿を現した。水色の鎧の各所に、マーピアのヒレを思わせる濃い青色の垂れ布が追加されている。


「へぇ、さっきのお仲間さんと違ってそんなに変わらないんだねぇ」


「見た目はな。だが、力はこれまでの比ではないぞ。試してみるか!?」


 そう叫ぶと、ディーナはトライデントをふりかざしダンスレイルに突撃する。巨斬の斧とトライデントがぶつかり合い、激しい火花を散らす。


 ダンスレイルは時折つるを伸ばし、ディーナを牽制するも、それに対抗し相手も水の鞭を作り出した。つると水の鞭がぶつかり合い、互いに弾かれる。


「やだなぁ、私の真似をしないでもらいたいね。パクりって言うんだよ、そういうの」


「さっきからペラペラと……うるさい女め! アクアアロー!」


 軽口を繰り返すダンスレイルに苛立ちを募らせながら、ディーナは水の矢を四つ作り出し放つ。ダンスレイルはぐるんと身体を回転させ、翼で矢を弾く。


 弾かれた矢は飛沫となり、ディーナの元へ戻っていく。今度はディーナの左手に集まり、湾曲した刃を持つ大鎌に変化し、トライデントと大鎌の二刀流となる。


「おや、今度は鎌かい? 大道芸でもする気かな」


「ある意味、そうだな。見せてやろう、変幻自在の水のイリュージョンを!」


 そう叫ぶと、ディーナは大鎌を水平に構え身体を横に回転させる。すると、鎌の柄がしなり、鞭のように曲がりながらダンスレイルに叩き付けられる。


「むっ、おっと!」


「この程度は小手調べだ、トライデントが加われば……どこまで避けられるかな!?」


 大鎌による斬撃に加え、トライデントによる刺突が追加され激しい攻撃が行われる。真っ直ぐな動きと曲がりくねる動きが合わさり、回避は困難と言えた。


 事実、ダンスレイルも完全に避けることが出来ず、細かい切り傷を負いながらの回避になってしまっていた。が、彼女は全く慌てる素振りを見せない。


 この程度、ダンスレイルにとってはピンチでもなんでもないのだ。


「んー、いいね。このピリッとくる痛み……気持ちがキュッと引き締まる。さ、次は……こっちの番だ。出でよ、桜乱の斧!」


「むっ……これは……」


 ダンスレイルは巨斬の斧を消し、新たな斧を呼び出す。桜の花を模した刃を持つ長柄の斧が現れ、彼女の右手に収まる。ディーナは警戒し、一旦後ろへ退いた。


 その判断が、間違いだったとは知らずに。


「ふっ、下がったね? 未知のものを前に退くのは賢明な判断だね。桜乱の斧が相手じゃなければね! それじゃあいくよ! ブロッサム・ブリザード!」


「これは……!?」


 桜乱の斧の切っ先がディーナに向けられると、花びらを模した五つの刃が発射され、増殖しながら相手目掛けて飛んでいく。咲き誇る桜のように、大量の花吹雪が舞う。


 ディーナは渦巻く水の壁を作り出し、花びらの刃を防御する。が、刃は次々と増殖し、前の刃を押し出し水の壁を突き抜けて突破してきた。


「くっ、このっ!」


「苦戦してるようだね。それじゃあ、ダメ押しさせてもらおうかな! 出でよ、透輝の斧!」


 花吹雪の処理に追われるディーナにトドメを刺すべく、ダンスレイルは透明な手斧を呼び出す。勢いよく投げ付けようとした次の瞬間、ディーナは反撃に出た。


「させん! ウォーター・ホール!」


「! 刃が……」


 ディーナは小さな水の塊を作り出し、その中に刃を吸い込んでいく。どれだけ増殖しても、容量無限大の水の塊の中に吸い込まれ、消え去ってしまった。


 流石にこれは予想外だったらしく、ダンスレイルは目を丸くして驚く。刃の嵐を凌いだディーナは、反撃に出ようとする。


「さあ、今度は私の番だ!」


「え? それは無理だよ。それより、早く水の塊それ捨てた方がいいと思うけど」


「何を言って……ぐああっ!」


 意気込むディーナに、ダンスレイルは意味深な警告をする。何を言っているのか理解出来ないとばかりに、ディーナが首を傾げた次の瞬間……。


 虚空へ消え去ったはずの刃たちが、水の塊の中から溢れ出し勢いよく飛び出してきたのだ。まさか消したはずの刃が戻ってくるとは思っておらず、ディーナは致命傷を受ける。


「バ、バカな……私のウォーター・ホールに吸い込まれたものは戻ってこれないのに……」


「残念。魔神の力はね、君の想像よりもかーなり強いんだ。伊達や酔狂で神の名を冠してるわけじゃあないんだよ」


 全ての刃が消えた後、満身創痍のディーナはそう呟く。それに対し、ダンスレイルはどこか諭すようにそう告げる。彼女たちの力は、まさに『神』と呼ぶに相応しいものだ。


 ダンスレイルは不発に終わった透輝の斧と役目を終えた桜乱の斧を消し、巨斬の斧を再び呼び出す。全ての戦いに、決着をつけるつもりなのだ。


「さて、リオくんも心配だしそろそろ終わりにしよう。特大の一撃だ……大丈夫、楽に死ねるさ」


「まだだ! まだ敗れるわけにはいかない! ダイダル・ストリーム!」


 最後まで抵抗意思を捨てず、ディーナは激しい大渦を呼び出しダンスレイルを飲み込もうとする。が、それよりも早く、ダンスレイルは彼女の背後へ飛ぶ。


「なっ……」


「さようなら。君との戦いは楽しかったよ。……奥義、ユグドラル・カタストロフ!」


 天へ向かって枝葉を伸ばす大樹のように、斧刃が大きく広がっていく。両手で柄を握り締め、ダンスレイルはトドメの一撃をディーナに叩き込んだ。


「オル、グラム様……申し訳、ありませ……ん……」


 勝利の吉報をもたらせなかったことを主君に詫びながら、真っ二つにされたディーナは地上へ落ちていく。時を同じくして、全ての竜が倒され戦いは終結した。


 多くの犠牲を払いながらも、連合軍は竜の群れに打ち勝ったのだ。太陽を背に翼を羽ばたかせるダンスレイルを見上げながら、兵士たちは歓喜の声をあげる。


「やったぞおおお! 俺たちは勝ったんだああ!」


「これで、死んだ連中も……浮かばれるよな」


 勝利を喜ぶ者たちを見下ろしながら、ダンスレイルは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。しばし地上を眺めた後、リオたちの待つ宮殿へ凱旋する。


 しかし……これで終わりではない。まだ、最後にして最強の敵が残っている。全ての魔神を狩るために、最後の竜騎士が姿を現そうとしていた。

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