67話―盾と牙、骨肉の戦い

「牙の、魔神……?」


「クッククク、そうさ。知らなかったかァ? 新入りよォ」


 閑散としたデッキの上で、リオとバルバッシュは向かい合う。全身に拘束用のベルトを巻いたバルバッシュの姿に、リオは禍々しいモノを感じていた。


 一方のバルバッシュは、ニヤニヤと悪意に満ちた笑みを浮かべながら舐め回すようにリオを見つめる。その視線のおぞましさにリオは身体を震わせる。


「光栄に思いな、小僧。お前は復活した俺の最初の獲物だ。聞いたぜ? てめぇのことは。盾の魔神の活躍も、ここで終わりだ!」


「そうは……いかないよ!」


 リオとバルバッシュは同時に走り出し、互いにぶつかり合う。最初の激突は、両者互角であった。リオが飛刃の盾を投げようと腕を振りかぶると、バルバッシュはニヤリと笑う。


 バルバッシュの右手が形を変え、鋭い牙を備えたサメのような口へと変化する。それを見たリオが一瞬動きを止めた隙を突き、牙の魔神は真っ直ぐに腕を突き出す。


「喉笛を食い千切ってやるよォ!」


「う……くっ!」


 間一髪防御が間に合い、不壊の盾と牙がぶつかり合う。金属同士がぶつかったような甲高い音がデッキに響くなか、リオはバックステップで後退する。


(あの牙、噛まれたらただじゃ済まなさそう……。まずは離れてから遠距離攻撃を……)


 近距離での格闘戦は危険だと判断し、リオはバルバッシュから離れる。牙の魔神は両手を口に変え、リオへ向かって勢いよく突撃していく。


「俺から逃げられると思うな! その顔をよォ、苦痛に歪ませてやるぜェ!」


「やーだよ! シールドブーメラン!」


 リオは迫りくるバルバッシュにカウンターを叩き込むべく、飛刃の盾を投げる。狙い通り、盾はバルバッシュの顔面にヒットしたが……。


「効かねえなァ、こんなモノ。顎のトレーニング用のクラッカーより柔いぜ」


「シールドブーメランが、効いてない……!?」


 なんと、バルバッシュは大口を開け自慢の牙で飛刃の盾を受け止めてしまったのだ。そればかりでなく、凄まじい咬合力で盾を噛み砕かれてしまう。


 改めてバルバッシュのパワーを思い知らされたリオは、さらに距離を取ろうとする。が、何度もお馴染み手を許すほど、牙の魔神は愚かではない。


「逃がしゃしねえよ! リキッドマグナム!」


「えっ!? うわっ!」


 口に変化したバルバッシュの右手から、水の塊がリオ目掛けて発射された。バックステップで距離を取ろうとしていたリオは、空中に浮かび上がっているところを狙い撃ちされる。


 咄嗟に不壊の盾で防ぐことは出来たものの、攻撃の反動までは殺せず、後ろに吹き飛ばされてしまう。手すりに背中を強打し、そのままズルズルと崩れ落ちる。


「ぐうっ……」


「スキだらけだぜェ! シャークファング・ハンド!」


 体勢を立て直す隙を与えんとばかりに、バルバッシュは追撃を放つ。両手の口を限界まで開き、リオを食い千切らんと襲いかかる。


 不壊の盾を使えば片方は防げるが、もう片方は防げない。新たに盾を作り出すだけの時間はなく、リオに与えられた選択肢はほとんどない。


「こうなったら、イチかバチだ! 肉体強化魔法……メタリアテック!」


「ハッ、何をしようがムダなんだよォ! おとなしく俺の餌食になりなァ!」


 リオが魔法を唱え、己の皮膚の硬度を金属と同等にまで強化した直後、無慈悲な牙が襲いかかる。リオは左手の牙を不壊の盾で防ぎ、残る右手の牙を左腕で受け止めた。


 が、牙の力は強く、少しずつ歯がリオの腕に食い込んでいく。痛みに顔をしかめながらも、リオはバルバッシュのみぞおちに膝蹴りを叩き込みダメージを与えていく。


「それっ! それっ! これだけ近ければ、自慢の牙も届かないでしょ!」


「グッ……! ガキのくせになかなか頭が回るじゃねェか!」


 リオは自分とバルバッシュの体格の差を利用し、あえて相手の懐に飛び込むことで牙による噛み付き攻撃から逃れる作戦を敢行したのだ。


 その作戦は見事功を奏し、懐に潜り込まれたバルバッシュはリオへの反撃手段を失ってしまう。魔神の剛力を用いた、荒々しい蹴りの連打に、アバラにヒビが入っていく。


「フン、その機転は認めてやるよ。だがなァ、てめぇを俺じゃあよォ……パワーが違うんだよ!」


「ああああっ!」


 バルバッシュは右手に力を込め、一気に牙をリオの腕に食い込ませる。そのまま腕を引き、力任せにリオの左腕を根元から引き千切ってしまったのだ。


 これ以上攻撃を受けるのはまずいと判断し、リオは強烈な蹴りを叩き込んでバルバッシュを吹き飛ばす。相手が体勢を立て直している間に、腕を再生させようとするが……。


「な、なんで……!? 腕が再生しない!?」


「クヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! 涎や血を含む俺の体液にはなァ、魔神の再生能力を著しく阻害する猛毒が含まれてるンだよォ! てめぇはしばらく左腕を使えないぜ?」


 折れたアバラを再生させながら、バルバッシュは狂ったようにように笑う。とはいえ、バルバッシュの方もリオの蹴りで折れたアバラが内臓に刺さったらしく、口から血が垂れていた。


(……とはいえ、俺もかなりの重傷。アバラが折れてやがる。この傷を再生させながら戦うってのァ、ちとキツイな)


 どちらも満身創痍になり、二人の戦いが泥沼化し初めていたその時だった。バルバッシュの首筋に背後からそっとクナイが押し当てられたのだ。


「……てめぇ、ナニモンだ? 俺に気配を悟らせずにここまで接近しやがるとは」


「んー? 拙者はただのしがないゴブリンさ。ちょっと忍術をかじっただけの、ね。デッキが騒がしいと想って来てみたら、こりゃビックリだね」


 バルバッシュの背後に、デッキでの戦いを嗅ぎ付けたクイナが立っていた。頸動脈にクナイを押し当てつつ、クイナは静かに牙の魔神に降伏するよう告げる。


「おとなしく降伏したほうがいいよー? この距離なら、拙者が先にあんたの首を落とせるからね」


「クッククク、確かにな。俺もアバラがどっか内臓に刺さってるしなァ」


 追い詰められた状況であっても、バルバッシュは狂気に満ちた笑みを浮かべることを止めない。リオはバルバッシュが何をしでかしても対応出来るよう、残り少ない魔力を練り合わせる。


「……だからよォ、今回はこれで退散ってことにしておくぜ!」


「! させない!」


 宣言通り、クイナはバルバッシュが動くよりも早くクナイを動かし頸動脈を掻き切った……はずだった。バルバッシュの身体が液体に変わり、攻撃が不発に終わってしまったのだ。


「今回は前哨戦だァ! 待ってな小僧。アイージャもダンスレイルもお前も! 必ず仕留めてやる! 覚悟して待ってな! クヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」


「待て! バルバッシュ!」


 リオはバルバッシュをおいかけようとするも、液体になった牙の魔神は素早く手すりの隙間から海へと落下し、逃亡してしまった。戦いは痛み分けに終わり、リオはため息をつく。


「……逃げちゃった。でも、あいつにも相応の痛手は与えられた。しばらくはおとなしく……あぐっ!」


「あっ、大丈夫リオくん!? すぐ医務室に運んであげるね!」


 戦いが終わり緊張の糸が解れたリオの身体に、激痛が襲いかかる。クイナはその場に崩れ落ちたリオに近寄り、急いで医務室へ運んでいく。


 一方、船から離れたバルバッシュは、海水と同化したまま海をたゆたう。液体に姿を変えても傷が疼くようで、心の中で舌打ちをする。


(……チッ。サクッと殺すつもりがとんだ手傷を追ったな。アイージャたちも俺に気付いてこっちに向かって来てやがるし……。まあいい。俺には都合のいい魔王軍がいるんだ。何もかも一人でやる必要はねえのさ)


 心の中でそう呟きながら、バルバッシュはロモロノス王国へ向かって進んでいく船を見送る。そんなバルバッシュの気配を感じ取ったのか、リオは医務室に運ばれながらも海を睨む。


(今回は痛み分けに終わったけど、次は負けない! お前が何を企んでるのかは知らないけど……絶対に、思い通りになんかさせないぞ!)


 そう心の中で決意し、リオは右手を握り締める。盾と牙、二人の魔神の戦いは――まだ、始まったばかりであった。

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