68話―リオの作戦

「ふう。治療が無事終わって良かった」


「良くありませんわ! そんな大怪我をなさって……」


 治療を終えたリオは、エリザベートが待つ部屋へ戻っていた。片腕を失ったリオを見て仰天したエリザベートは、何があったのかを聞き悲しそうにうつむく。


 もし自分がデッキに入れば、リオが片腕を失うことはなかったかもしれない――そう考えたのだ。例え足手まといになったとしても、リオの盾くらいにはなれたと思っていた。


「気にしないで、エッちゃん。しっぽである程度代用出来るし、毒が抜ければまた腕も元通りになるから」


「そういう問題ではございませんわ、師匠! わたくしは、わたくしは……」


 場の空気を和らげるべく明るく振る舞うリオだったが、エリザベートには逆効果になってしまった。こういう時にどう対応すればいいのか分からず、リオは右往左往してしまう。


 その時、カチャカチャと扉の方から音が聞こえてくる。リオたちがそちらへ顔をむけると、鍵が解錠されクイナがひょっこり顔を出した。


「やっほ。どう? リオくん。腕の方は」


「あ、クイナさん。傷は塞がったよ。毒が抜ければ、また腕はちゃんと生えてくるから大丈夫」


「そっかそっか。ごめんねぇ、もっと早くデッキに行けてればよかったんだけど」


 容態を聞き、無事傷が塞がったことに安堵しつつリオに謝罪する。エリザベート相手に話を聞いていたせいで助けに行くのが遅れたことを、クイナも気にしていたのだ。


「……ううん。むしろ、来なかった方がよかったかもしれない。バルバッシュは、まだ本気を出してなかったから」


 申し訳なさそうに呟くクイナに、リオはそう返す。長い戦いではなかったが、リオは確信していた。牙の魔神は、まだ本気を出していない。


 むしろ、口振りとは裏腹に今回はただのに過ぎなかったであろうことも、薄々理解していた。が、リオにはそれ以上に引っ掛かることがあった。


「バルバッシュの奴、先にロモロノス王国を潰すって言ってた。あいつが来たのも南の方からだったし、もしかしたら……」


「いえ、それはないと思いますわ。もし仮にその牙の魔神にロモロノスが攻撃されていたのなら、この船はアーティメルに引き返しているはずですもの」


 ようやく調子を取り戻したエリザベートがリオにそう返す。彼女の言葉に、リオは記憶を手繰り寄せる。バルバッシュと邂逅した時、彼は言っていた。


 先にロモロノス王国を滅ぼすつもりだったが、自分の気配を察知し船に来た、と。その言葉が真実であるならば、まだロモロノス王国は攻撃されていない。


「まあ、あんまり深く考えても仕方ないと思うよ? なんだっけ、そのバルバッシュ? にも深手は与えたんだしさ、しばらくは手出しはしてこないと思うよ」


「うーん、それならいいんだけど……」


 楽観的なクイナの言葉に、リオは不安を隠せない。バルバッシュの狙いや思惑がどうにも掴めず、困惑と不安がない交ぜになっていたのだ。


 何故復活したバルバッシュがロモロノス王国を狙うのか。そして、同じベルドールの座に名を連ねる魔神である自分の命を奪うべく襲ってきたのか。


 リオ本人としては、旅を中断して屋敷に戻りアイージャたちに事情を聞きたいと考えている。が、片腕を失い、バルバッシュの猛毒のせいで魔力が減退している今、界門の盾は使えない。


(参ったなぁ。スフィンクスさんも全然目覚める気配がないし、このまま呑気に旅行してていいのかな……)


 そう思い悩むリオだったが、すでにロモロノス王国行きの船に乗っている以上、後戻りは出来ない。何より、今回の旅行を楽しみにしていたエリザベートを悲しませたくなかった。


「……師匠。思い悩んでも仕方ないありません。こうなった以上、最後まで突き進むしかないと思いますの」


「エッちゃん……。うん、そうだね。今更ながら船を降りるわけにもいかないし、こうなったら旅行を楽しもう! またバルバッシュが襲ってきたら、今度こそ返り討ちにしてやる!」


 エリザベートの言葉に頷き、リオは全力で旅行を楽しむことを誓う。毒が抜けるまでにかかる日数はせいぜい三日。猛毒への対抗策を、すでにリオは考えていた。


 そんなリオを見て、クイナは何かを思い付く。どこかしおらしい態度でそっとリオにもたれかかり、猫なで声で話しかける。


「じゃあさぁ、お詫びってわけじゃないけど……拙者も一緒に行動するよ。二人より三人の方が心強いでしょ?」


「ちょっ!? むむう~……」


 クイナの提案に、エリザベートは言葉に詰まってしまう。本音を言えば、せっかくレンザーがセッティングしてくれたリオとの二人旅を邪魔されたくはなかった。


 が、バルバッシュの襲撃という非常事態を経験し、いつまた再度襲ってくるか分からない状況では戦力は多いほどいい。それを理解しているが故に、反対しづらかったのだ。


「だいじょぶだいじょぶ。二人の邪魔はしないからさ。頑張って莉緒くんのハートを射止めないといけないもんね~?」


「そ、それはその……はい……」


 クイナはエリザベートの耳元に顔を寄せ、リオに聞こえないよう小声でそう呟く。エリザベートは顔を赤くし、頷くことしか出来なかった。


「あ、そういえばさ。リオくん何か策があるんだよね? 治療を受けてる時に言ってたけど」


「うん。今回は猛毒にしてやられたけど、次は問題ないよ。こんな作戦を考えてるからね」


 リオはちょいちょいとエリザベートたちを手招きし、ゴニョゴニョと小さな声で猛毒への対抗策を話す。その内容を聞いた二人は、思わず感心してしまう。


「へえー……。そんな方法があるんだ。いやいや、召喚獣にそんな応用方法があるなんて知らなかったよ」


「ええ、わたくしも驚きましたわ。まさに、毒を以て毒を制す、とはこのことですわね」


「えへへ。治療してもらってる時に思い付いたんだよ」


 バルバッシュの持つ猛毒への対抗策。それは、自らの体内に残留する猛毒を、スフィンクスの血と混ぜ合わせることで血清を作り無力化することだった。


「屍獣との戦いがいい経験になったよ。スフィンクスさんの血には、屍獣の毒に対する耐性が出来てるはずなんだ。それをバルバッシュの毒にも適用出来れば……」


「血清の出来上がり、ってわけだね。いいね、なら拙者も協力するよ。忍は毒の扱いもお手のものだからさ」


「本当? ありがとう、クイナさん」


 クイナの協力を取り付けたリオは、感謝の言葉を送る。バルバッシュとの初戦を通じて、彼は感じていた。これまで戦ってきた魔王軍の幹部とは、気色が違う相手だと。


 だからこそ、出来うるだけの対策を練り、いつ再会してもいいように備える。引き千切られた腕から回収した召喚の指輪を指で転がしつつ、リオは窓から海を眺める。


(……いつでも来い、バルバッシュ。今度こそお前をやっつけてやる。ロモロノス王国に手出しはさせないよ)


 いつか来る再戦に備え、リオはそう呟いた。



◇――――――――――――――――――◇



「……探したぞ、バルバッシュ。こんな無人島で何をしている?」


「よォ、ガルトロス。ちっとしくじってなァ。傷を再生してるところだ」


 その頃、ガルトロスはいつまで経っても連絡が来ないことを訝しみ、バルバッシュの捜索に来ていた。とある無人島にて傷を癒していた魔神を探し出し、何があったのかを聞く。


 ロモロノス王国に向かう途中、リオの気配を察知し交戦したことを聞き、ガルトロスはため息をつく。あまりにも計画性のないバルバッシュに、早くも呆れていたのだ。


「そんな体たらくで、ロモロノス王国の攻略はどうするつもりだ? 私はグランザーム様より大任を任されし立場。あまり失態を重ねることは出来んのだぞ」


「ククッ、文句ねえさ。しばらく泳がしといてやりゃいいのよ。本当の地獄は、まだまだこれからなんだからよォ。お楽しみは、たァっぷりと……味わいたいからなァ」


 どこまでも余裕の態度を崩さないバルバッシュに、ガルトロスは肩を竦める。そんな彼を見て、牙の魔神は笑う。内心では、全く別のことを考えながら。


(……ククク。さっさと来な、アイージャにダンスレイル。あのガキは撒き餌だ。てめえらを俺のところにおびき寄せるためのな。よっぽど、あのガキにご執心らしいなァ)


 アイージャたちの気配が少しずつ自分の元へ近付いてくるのを感じながら、バルバッシュはペロリと舌で唇を舐める。彼には魔王にすら隠している、もう一つの目的があった。


(さあ、楽しくなってきたぜ。ゆっくり始めさせてもらうよ。血沸き肉踊る……希代の大虐殺を、な)


 牙の魔神の謀略が、動きだそうとしていた。

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