39話―城内に潜む不穏

 医務室に運び込まれたリオは、アイージャとダンスレイルから治療を施される。二人の魔力を注ぎ込まれ、魔神の持つ治癒能力を活性化して傷を癒す。


 あっという間に治療は終わり、リオの身体は元通り傷一つない清らかなものへ戻った。ベッドから起き上がり、リオはアイージャたちにお礼の言葉を述べる。


「ありがとう、ねえ様、ダンスレイルさん。おかげで身体が治っ……わぷっ」


「んー、よかったよかった。それと、私のことはもっとフランクな呼び方をしてほしいなぁ。アイージャみたいにねえ様って呼んでくれていいんだよ?」


「姉上、リオは傷が治ったばかり。過剰なスキンシップは自重してもらいたいな」


 リオに抱き着くダンスレイルを引き剥がしつつ、アイージャは医務室の隅の方を見る。申し訳なさそうに縮こまっているエリザベートに気付き、リオが声をかけた。


「あ、エリザベートさん。よかった、怪我はなかったんだね」


「リオ……」


 にっこりと笑いながら怪我がないことを喜ぶリオを前に、エリザベートは罪悪感に襲われる。元はと言えば、不用意に魔物に突撃した結果、リオは傷を負ってしまったのだ。


 そんなことが分からないほどエリザベートは愚かではなく、リオが勝手にしたことだと責任転嫁するほど子どもでもなかった。だからこそ、なんと声をかけていいのか分からない。


 エリザベートはそう考えるあまり、リオに何も言うことが出来なかった。本来ならば謝罪せねばならない状況のなか、彼女はあえてリオに問う。自分を憎んでいないのか、と。


「貴方は……どうして笑っていられるのですか? わたくしが迂闊だったせいで、負う必要のない怪我をしてしまったのに。わたくしに、怒らないのですか?」


「どうして怒る必要があるの? 初見の相手だもん、あんな攻撃してくるんて分からなかったんだから仕方ないよ。エリザベートさん、自分を責めないで?」


 問われたリオはエリザベートにそう答える。そのあまりにもお人好し過ぎる言葉に、彼女は面食らってしまう。目を丸くして固まっていると、カレンが口を開く。


「って、リオは言うがよ。アタイらとしちゃ、それで済ますわけにいかねえんだ。なあ、二人とも」


 カレンの言葉に、アイージャとダンスレイルは頷く。特に、ダンスレイルの怒りは凄まじく、今にもエリザベートを睨み殺さんばかりに怒気を漂わせていた。


 彼女たちを前に、エルザは何も言わず黙って主人を見つめる。セルキアはおろおろしながら、交互にダンスレイルとエリザベートを見ることしか出来ない。


「……そう、ですわね。リオ、いえ、リオさん。本当に申し訳ありません。わたくしのせいで、貴方を苦しませてしまいました」


「私からも謝罪致します。お嬢様の軽はずみな行動のせいで、ご迷惑をおかけてして申し訳ありません」


 エリザベートが頭を下げた後、エルザも頭を下げリオに謝罪する。そんな二人を静かに見ていたダンスレイルは、エリザベートに近付き声をかける。


「頭を上げて。そして私を見るんだ」


「え? はいっ……」


「これで手打ちにしてあげる。その反省を忘れないようにね」


 次の瞬間、ダンスレイルはエリザベートの頬に平手打ちを放った。パァンという乾いた音が医務室に響くなか、リオは口をあんぐり開け固まってしまう。


 一方、ぶたれたエリザベートは別の意味で驚いていた。あれだけ殺気を込めた目で自分を睨んでいたダンスレイルが、平手一発だけで許したことが信じられなかったのだ。


「もし反省してないようならもっとキツいお仕置きをする予定だったけど……ちゃんと反省してるみたいだし、今ので許してあげるよ。私はね」


「まあ、妾も許してやろう。だが、二度目はないぞ。次に同じことをすれば……この程度で終わらぬと思え」


 魔神の姉妹に威圧され、エリザベートは素直に頷く。彼女たちのやり取りを唖然とした顔で見ていたリオはようやく我に返り、セルキアに声をかけた。


「あっ、そういえば……女王さま、怪我はしてないですか?」


「はい。貴方の仲間の皆さんが護ってくださったので、怪我もなく無事でいられました。リオさん、ありがとうございます」


 そう言うと、セルキアは頭を下げリオに感謝する。その時、医務室の扉が開かれ二人の兵士が入ってきた。


「失礼します、女王陛下。謁見の間に倒れていた者たちを調べたところ、魔物以外ははじめから死体だったことが分かりました。恐らく、相当な手練れの死霊術士ネクロマンサーの仕業かと思われます」


「そう……ですか。報告ありがとう。誰が屍の兵士たちと魔物を引き入れたのか、調査をお願いします。くれぐれも、民には内密に。彼らを不安にさせてはいけませんから」


「ハッ。承知致しました」


 兵士たちはセルキアの命令に従い、医務室を出て調査に向かう。女王は振り向き、申し訳なさそうな表情を浮かべリオに話しかける。


「リオさん。申し訳ないのですが、屍兵を送り込んだ者の正体が判明するまで、私の護衛をお願い出来ないでしょうか?」


「分かりました。僕もそうしたほうがいいと思っていたので……引き受けさせていただきます」


 その言葉に、リオはカレンたちを見た後小さく頷く。実際にセルキアが襲われるまで屍兵が城に入り込んでいたことに気付けなかった以上、彼女を一人には出来ない。


 死霊術士ネクロマンサーを手引きしている者、もしくは本人が城の中に使用人や兵士のフリをして潜んでいないとも限らないのだ。またセルキアが襲われる可能性がある以上、リオの選択は一つだけだった。


 セルキアの側に付き、彼女を守る。王国の各地にいる魔王軍の討伐が出来ないのは歯痒いが、一国の主が危機に見舞われている今、そんなことは言っていられない。


「ありがとうございます、リオさん。貴方がいれば、私も安心出来ます。お仲間の方々も、どうぞよろしくお願いします」


 リオの返事を聞き、セルキアはホッと胸を撫で下ろす。そんな彼女に、カレンたちも頼もしく声をかける。


「任せときな、女王さん。アタイらがいれば百人力さ」


「うむ。四人いれば交代で寝ずの番も出来よう。妾と姉上は夜目が利くでな、夜中に襲撃されても安心だ」


「うんうん。リオくんにかっこいいところも見せたいし、私も頑張っちゃうからね」


 カレンとアイージャ、ダンスレイルはそう言いながら不敵な笑みを浮かべる。そんななか、ただ一人エリザベートは何をするべきか考えていた。


 自分もリオたちに加わるべきか、城を去り魔王軍を討伐しに行くべきなのか。迷う彼女に声をかける者は一人もおらず、医務室の中で一人、エルザに見守られながら沈黙していた。



◇――――――――――――――――――◇



 一方、城の西にある自室で、バゾルが一人の少女と面会していた。漆黒のゴシックドレスに身を包んだ少女を、バゾルはジロッと睨み付ける。


「話が違うぞ、小娘。お前の操る屍兵と魔物がいれば、あの鬱陶しい女王を抹殺出来るはずではなかったのか?」


「ごめーんねぇ。まさか盾の魔神がいるとは思わなくてさぁ。予想外の事態ってやつぅ? だしぃ、許してほしいなぁ」


 詰問するバゾルに、少女はケラケラ笑いながら言葉を返す。全く堪えていないようで、その笑みにはどこか相手を小バカにする色が含まれていた。


 そんな少女を前に、バゾルはただ歯軋りすることしか出来ない。先代の女王に続き、セルキアを亡き者にして王国の全権を手中に収める計画を進めるには、彼女の協力が必要だからだ。


「フン、まあいい。死体などいくらでも提供してやるから、さっさとあの忌々しい異種族どもを殺してくれ。エルフだけが繁栄出来る帝国を創る我が野望を、こんなところで潰されるわけにいかないからな」


「はーいはい、任せておいてちょ? この私、死に彩られた娘たちデス・ドーターズの四女……ローズマリーに、さ」


 バゾルに念を押された少女――ローズマリーはケラケラ笑いながら頷く。が、内心では彼のことを見下していた。徹底的に他の種族を見下し、差別する彼を嫌っているのだ。


(ふ~んだ。あんたなんて、もうしばらくすれば用済みなんだから。その時は私のコレクションにしちゃうもんね)


 心の中でバゾルにあっかんべーをした後、ローズマリーは椅子から立ち上がる。すると、彼女の身体が煙へと変わり、窓の隙間から外へ出ていく。


「もう次の計画は準備してあるからー、精々裏切り者ってことがバレないように気を付けててねー、バゾル大臣?」


「フン、さっさと行ってしまえ!」


 ローズマリーはケラケラ笑いながらバゾルの部屋を後にする。リオたちの知らないところで、魔王軍の策略が動き始めていた。

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