86話―王宮の戦い

「おーい、終わったよー」


「お、戻ってきたね。お帰りリオくん。こっちも終わったよ」


 隊長が降伏してから少しした後、リオが戻ってきた。ダンスレイルに出迎えられたリオは、三十人近くいた魔族兵がいなくなっていることに気付く。


「あれ? 魔族たちは?」


「私の力で地面に埋めたよ。死臭がプンプンするのは、彼らにはキツイだろうからね」


 ラルゴたちに配慮したのだろうことを察し、リオはそれ以上問うことはしなかった。アイージャのしっぽにぐるぐる巻きにされた隊長の元へ向かい、声をかける。


「おじさん、クリスタルのある場所知ってるんでしょ? 僕たちに教えてほしいな」


「素直に教えたほうが身のためぞ? 最悪、骨の一本や二本は……な?」


 リオとアイージャから笑顔の圧をかけられ、隊長は何度も必死に頷く。しっぽの拘束を緩めてもらい、片手を引き抜きブツブツと何かを呟いた。


 すると、隊長の手のひらの上に小さな黒色のクリスタルが現れた。リオはクリスタルをひったくり、そのまま手に力を込めて握り砕く。


「むむむむ……ふんっ!」


「お見事。惚れ惚れするほどの砕きっぷりだね」


 ダンスレイルがぱちぱち拍手していると、結界がヒビ割れていき消滅した。少しして、恐る恐るラルゴの家の扉が開き、島民たちが姿を現す。


 結界が消えたことを喜びつつ、家の周囲に生えているイバラとソレに絡め取られたマルッテ島の住民たちに困惑しているなか、ラルゴがすっ飛んできた。


「ありがとう! 本当にありがとう! これでもう、魔族どもに怯えなくて済みます! いやぁ、なんとお礼をしたものやら……」


「あ、それなら相談があるんだけど……」


 何かお礼をしたいと申し出るラルゴに、リオはマルッテ島の住民たちについて話す。彼らはまだ死んでおらず、元に戻せるかもしれないと聞き、ラルゴは胸を叩く。


「そういうことなら! このラルゴにお任せください! 腐っても錬金術師、必ずや彼らを元に戻せる薬を作ってみせましょう」


「本当? よかった、あのままじゃ可哀想だったから……」


 ホッと胸を撫で下ろすリオを見て、ラルゴはクスクス笑う。きょとんとしているリオに、ラルゴは穏やかな笑みを浮かべながら話し出す。


「あなたは本当に不思議なお方ですね。報酬をもらおうともせずに、彼らを助けてほしいと言い出すとは思いませんでした。あなたが英雄と呼ばれている理由が、私にも分かりましたよ」


「……そう、なのかな?」


 いまいち自覚のないリオは不思議そうに首を傾げる。そんな彼を見て微笑ましそうにしつつ、アイージャたちはイバラからマルッテ島の住民たちを降ろし始める。


 その時だった。突如として爆音がリオたちの元に響いてきた。音のした方を見ると、爆音音がしたのは遠く離れたキウェーナ島であるらしかった。


「今の音……一体何があった? こんな離れている場所にまで音が届くなどただ事ではないぞ」


「僕もそう思う。エッちゃんたち、大丈夫かな……凄く嫌な予感がする」


 唯一結界に包まれたままのキウェーナ島を見ながら、リオはそう呟く。アイージャたちの方へ振り返り、真剣な表情を浮かべながら声をかける。


「キウェーナ島へ行こう。まだ王宮にはエッちゃんやクイナさんたちがいる。早く助けてあげないと!」


「……そうだね。でもどうするんだい? また今回みたいに海水でも落とすかい?」


 どう結界を突破するか尋ねられ、リオは思案する。確実に何かよくないことが起きている状況の中、悠長に結界を突破している時間はない。


 そう考えたリオは、イチかバチかの賭けに出ることを決めた。もし上手く行けば、すぐにでも王宮へ入ることが出来るかもしれない賭けに。


「……成功するかどうかは分からないけど、界門の盾を使って直接エッちゃんたちのところに行く。エッちゃんの気配と魔力を目的地にすれば、多分結界をくぐり抜けられるかもしれない」


「大丈夫なのか? もし失敗すれば、どうなるのか分からないのだぞ」


 アイージャにそう言われても、リオの決意は揺るがなかった。これまでは、結界の内部に目印に出来るものがなかったせいで直接界門の盾で乗り込むことが出来なかった。


 しかし、キウェーナ島は違う。エリザベートやクイナ、ランダイユ……強固な繋がりを持つ者たちがいるのだ。だからこそ、結界を突破出来る。リオはそう考えていた。


「……分かった。リオがそう決めたのなら妾たちも従おう。ラルゴと言ったな。後は任せても大丈夫か?」


「ええ、任せてください。キウェーナ島の人々のこと……頼みましたよ」


「ありがとう、ラルゴさん。よし、それじゃいくよ。出でよ! 界門の盾!」


 リオはエリザベートのことを思い浮かべながら、界門の盾を呼び出した。



◇――――――――――――――――――◇



 その頃、王宮の中では反乱を起こした戦士たちがガルトロス率いる魔族の兵士たちと一進一退の戦いを繰り広げていた。玉座の間を目指す者たちと、阻止せんとする者たちがぶつかり合う。


「オラッ! 邪魔すんじゃねえ、魔族ども! 道塞ぐやつぁみんな鉄球の餌食にしてやる!」


「ぐあっ!」


「くっ、この……ごふっ!」


「て、撤退! 総員、退けー!」


 クレイヴンは鎖で繋がった二つの鉄球を自由自在に振り回し、魔族たちを蹴散らしていく。少し離れた場所では、『空斬離之御手カラキリノミテ』を発動させたクイナが舞う。


「ほーれほーれ、槍なんて持ってきても無意味だよー? 拙者の指はなーんでも切っちゃうからねー」


「うおっ! クソッ、また槍をダメにされた! お前ら、弓を持ってこい! ハチの巣にしてや……ぐああっ!」


「わたくしもいますわよ! 油断してると痛い目に合わせてさしあげますわ!」


 クイナに槍の穂先を切り落とされ、武器を失った魔族兵にエリザベートがトドメを刺す。その時、クレイヴンが持っている連絡用の水晶に、仲間からの連絡があった。


『こちらマーカス! もう少しで玉座の間に到着する! 大王様とリーエン執政官を救出し次第、そっちと合流する!』


「おう、任せた! 俺たちもすぐに追い付く!」


『ああ、待って……ん? なんだあいつは!? お前らや……うぎゃあああ!』


「マーカス? おい、どうした? 返事をしろ!」


 仲間の一人と通信していたクレイヴンだが、水晶から聞こえてきた断末魔を聞き大声を出す。そこへ、男の声が響いてくる。悪意にまみれた、おぞましい声が。


「ざ~んねんだったなァ。お前らのお仲間は、みィんなこの俺が始末したぜェ? クヒャヒャヒャヒャヒャ!!」


「……なんだい? 君は。そんな気持ち悪い手? 口? してさ」


 クイナたちの前に現れたのは、返り血にまみれたバルバッシュだった。ゆらりゆらりと左右に揺れながら、心底楽しそうに歩いてくる。


「クヒャヒャ、街で島民ゴミをいじめてたら面白そうな声が聞こえてきてなァ。百戸ってくりゃァ、楽しそうなことしてるじゃねえの。混ぜてくれよ。牙の魔神バルバッシュ様もなァ!」


「来ますわ! お二人とも、気を付けてくださいませ!」


 エリザベートが叫んだ直後、クイナに狙いを定めたバルバッシュが目にも止まらぬ速度で突進してきた。クイナは避けられず、手牙に貪り食われる……かと思われた。


「ヒャハハァ! まずは一人だ……!?」


「どこ見てるのさ。拙者はここだよ?」


 いつの間にか、クイナはバルバッシュの背後にいた。バルバッシュが攻撃していたのは、入れ替わった丸太だったのだ。クイナは回し蹴りを放ち、バルバッシュを吹き飛ばす。


「どうだい? 拙者のゴブリン忍法『変わり身の術』は。驚いたでしょ?」


「ハッ、面白いことするじゃねえか。だがよォ、そんな子ども騙しなんかじゃ俺は殺せねえぜ!」


 そう叫び、バルバッシュは再度クイナに突撃する。そこへクレイヴンとエリザベートが割り込み、迎撃を行う。


「させねえぜ? 仲間の仇、討たせてもらうぞ!」


「あなたの好き勝手にはさせませんわ! ここで討伐させていただきます!」


「ハッ、面白れェ! やってみろ! 剛断の牙!」


 バルバッシュはクレイヴンが振るう鉄球を避けつつ前進する。すれ違い様に攻撃しようとするも、割り込んだエリザベートのレイピアに阻まれる。


 一旦退こうとするも、いつの間にか背後に回り込んでいたクイナの投げた手裏剣が背中に突き刺さる。神経性の麻痺毒が塗られているらしく、魔神の動きが一瞬止まった。


「今だ! バルバッシュ、これでトドメだよ! 『空斬離之御手カラキリノミテ』!」


 バルバッシュの首を切り落とすべく、クイナは腕を振るう。死の力が込められた指が、バルバッシュに襲いかかる――!

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