85話―屍、再び

「出てきたか。ま、この人数じゃおとなしく降伏するしか……!?」


 家の玄関の扉が開いたのを見て、隊長らしき男はせせら笑いかけ……顔が凍り付いた。出てきたのはラルゴたち島民ではなく、リオたちだったからだ。


「なっ……!? 何故貴様らが……ハッ、そうか。さっきの結界の異変は貴様らの仕業だな! いつの間にか入り込みおって!」


「ほう、魔族にしては察しのいい奴だ。ま、だからといって手加減するつもりは毛頭ないがな。そうだろう? リオ」


 アイージャはそう言った後、ぽんぽんとリオの頭を撫でる。リオは頷き、魔族や屍兵たちを見渡す。そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ宣戦布告した。


「みーんな、僕たちがやっつけちゃうから。覚悟してよね」


「ぐっ……! お前たち、行け! 返り討ちにしてしまえ!」


 退くに退けず、隊長は部下たちにそう叫ぶ。が、他の島でのリオたちの活躍を伝え聞いている魔族たちは躊躇し、誰一人動こうとしない。


 その間に、恐怖を感じない屍兵たちが先行しリオたちへ襲いかかる。リオは心の中で元マルッテ島民だった屍兵たちに謝りながら、先陣を切る。


「……ごめんね、マルッテ島の人たち。せめて、苦しまないように……って、あれ?」


 屍兵たちを倒そうとしたリオは、違和感を感じ立ち止まる。彼らの目には、まだ生気の光が宿っていたのだ。恐らく、生きた状態で屍のように操られているのだろう。


 それに気付いたリオは、希望を取り戻す。もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。マルッテ島の住民たちを、元の姿に戻すことが出来るしれない、と。


「ねえ様! この人たち、多分だけどまだ生きてる! もしかしたら元に戻せるかも!」


「なるほど。なら……面倒なことにならぬよう拘束しておこう。姉上、頼んだ」


「はいはいっと。ローズバインド!」


 リオたちの話を聞いていたダンスレイルは、素早く拳を地面に叩き付ける。地中から現れたイバラがあっという間に屍兵もどきたちを拘束し、動きを封じてしまった。


「リオくん、これでいいかい?」


「ありがとう、ダンねえ。後は……魔族たちだけだね」


 早々に屍兵もどきを無力化したリオたちは、残る魔族兵たちを見ながらそう呟く。兵士たちはビクリと身体を震わせ、今にも逃げ出してしまいそうだった。


「ええい、怯むなお前たち! 我々の切り札があれだけなわけなかろう! 来い! 屍獣よ!」


 隊長は部下たちを叱咤しつつ、懐から取り出した小さな笛を吹く。すると、上空に空間の歪みが現れ、その中から長く鋭い爪を備えた獣の足が現れる。


 続いて頭、胴、尾と姿があらわになり、屍獣の全貌が明らかになった。額に鋭い角を持つユニコーンの頭に獅子の胴、背中には鷲の翼が生えサソリの尾を持つ獣。


 まさにキメラと呼ぶに相応しい魔物が、ゆっくりとリオたちの前に降り立った。


「ハッハハハ! どうだ! キルデガルド殿が残した屍獣を融合させて作り出した最高戦力だ、怖いだろう、恐ろしいだろう! 鋭い爪の餌食になるがいい!」


 隊長がそう啖呵を切り、心強い援軍の到来に部下たちが湧くなか、リオたちは呑気に作戦会議をしていた。屍獣を見ながら、誰が誰を相手にするか話し合う。


「で、あんなみょうちくりんなのが出てきたけど、誰が相手するよ? 私が相手してもいいよ?」


「いや、ここは妾がやろう。もう少し、いい具合に運動をしておきたいのでな」


「僕が相手しちゃ……ダメ?」


「よし、任せた」


 上目遣いで尋ねるリオの可愛さにやられ、二人はあっさりと屍獣の相手をリオに任せた。リオは『引き寄せ』を発動しつつ双翼の盾を装着し、屍獣と共に家から離れていく。


 大規模な戦いになることを予想し、ラルゴたちに余計な被害を与えないよう配慮してのことだった。残ったアイージャたちは、魔族の軍勢相手に殺気を昂らせる。


「さて、と。どうだいアイージャ。久しぶりに競争しようじゃないか。リオくんが戻ってくるまでに、どっちが多く魔族を狩れるか競おうよ」


「ふむ、いいだろう。少々獲物が足りないが……まあ、問題あるまい。言っておくが、負けるつもりも手を抜くつもりもないぞ、姉上よ」


 二人はそんな会話をしながら、ゆっくりと歩き出す。凄まじい威圧感に怖じ気付き、魔族たちは武器を捨てめいめい逃げ出そうとするも、地面から生えたイバラの壁に逃げ道を封じられる。


「な、なんだこれ!? 出せ! 出してくれぇ!」


「嫌だぁ! まだ死にたくねえよぉ!」


「こら! 逃げるな! 相手はたった二人だぞ、数ならこっちが上……」


 隊長がそう口にした刹那、逃げようとしていた部下二人の首がはねられた。ダンスレイルが放った透輝の斧によって攻撃されたのだ。


「早速二人もーらい。アイージャ、早くしないと負けちゃうよ?」


「フッ、その余裕がいつまでもつか見物だな。これで妾も二人。イーブンだ」


 次の瞬間、アイージャの手から闇のレーザーが放たれ二人の魔族の胴体を貫いた。あっという間に四人も倒され、流石に隊長も絶句してしまう。


「さて……ウォーミングアップは終わりだ。始めようか、アイージャ。狩りの時間だよ」


「ああ。始めよう」


 アイージャとダンスレイル。二人の狩りが幕を開けた。



◇――――――――――――――――――◇



「ブルルルゥ!!」


「よっと。ここまで離れれば問題はないかな。さあ、やっつけてやる!」


 一方、少し離れた海沿いの崖に降り立ったリオは、屍獣との戦いを開始する。前足を振り降ろし爪で切り裂こうとしてくる相手から距離を取り、飛刃の盾を投げる。


「それっ! シールドブーメラン!」


「ブフウッ!」


 小手調べのつもりで放った一撃は、相手の額に生えた角で弾かれてしまった。が、そんな程度で動揺するリオではなく、即座に弾かれた盾を呼び戻す。


 背中に装着している双翼の盾を再び広げ、屍獣の頭上を飛び越え背後へ回る。がら空きになっている背中から攻撃しようとするも、サソリの尾が伸び攻撃を受ける。


「おっと、忘れてないよ。こんなしっぽはこうだ!」


「グモオオオ!!」


 リオは尾による刺突を避け、毒針に触れないよう注意しつつ鷲掴みにし、力任せに引っ張って引き千切ってみせた。根元から尾を千切られ、屍獣は苦悶の声を漏らす。


 その間に、リオは追撃を見舞う。今度こそ守るものがなくなった屍獣の尻に、飛刃の盾を投げ付ける。鋭いフチで切り裂かれ、獣は絶叫したまらず空へ逃げていく。


「おっと、逃がさないよ! ジャスティス・ガントレット起動! ダンねえの力を見せてあげる!」


 逃亡しようとする屍獣を逃がすまいと、リオは右腕に装着した飛刃の盾を消し、ジャスティス・ガントレットの持つ力を発動させる。


 拳を握るのと同時に緑色の宝玉が輝き、地面から生えたイバラが屍獣へ向かい伸びていく。四肢を絡め取って動きを封じ、地面へ落とそうとする。


「グモオオオオウ!!」


「これは……かまいたちか!」


 が、抵抗する屍獣は翼を羽ばたかせてかまいたちを起こしイバラを切断してしまった。地に降りることなく、屍獣は空中からリオへ向かってかまいたちを乱射する。


 飛刃の盾を投げようにも、風圧によって跳ね返されてしまい決定打にはなり得ない。故に、リオは直接屍獣を叩きのめす方針へ戦法を切り替えた。


「……そう。そんなズルいことするなら、僕だって考えがあるもんね! 出でよ、破槍の盾!」


 リオは再びジャスティス・ガントレットの力を使い、今度は青色の宝玉を輝かせる。右腕に短い槍と一体化した盾を装着し、上空へ飛び上がっていく。


 屍獣の放つかまいたちを盾で防ぎ、ぐんぐん距離を詰める。攻撃を中断して逃げようとする屍獣だったが、もう遅かった。ゼロ距離に到達したリオは、盾に魔力を込める。


「食らえ! バンカーシールドナックル!」


「ブルッ……グオオオ!!」


 腕を振るい、拳と共に盾を屍獣の胴体に叩き付ける。インパクトの瞬間、槍が射出され屍獣の身体を貫いた。断末魔の叫びをあげながら、屍獣は墜落していく。


 相手の死を確認したリオは、アイージャたちの元へ戻っていった。



◇――――――――――――――――――◇



「……結局、引き分けか。ま、こうなるってことは薄々分かってたけどさ」


「フン。姉上よ、負け惜しみか? 最後の獲物を妾に取られて悔しいのだろう? ん?」


「ば、化け物どもめ……なんて強さなんだ……」


 その頃、アイージャたちはすでに魔族の殲滅を終えていた。隊長を除き、全員が二人によって惨殺されたのだ。


「さて、あとはリオが戻るのを待つだけ……ああ、その前に聞かねばならんな。おい、貴様。この島の結界を維持しているクリスタルはどこだ?」


「わ、分かった! 言う! 言うから命だけは……」


 たった一人では魔神姉妹に勝てるわけもなく、隊長は降伏を選んだ。皮肉にも、当初の予定とは逆の結果となったのであった。

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