123話―異神襲来

 リオはグランザームが変装しているドクターを連れ、アイージャたちがいる病室へ入る。眠り続けている二人を見下ろし、魔王はすっと目を細めた。


「ふむ……。やはりファルファレーの魔力に当てられたか。この程度ならば治療は容易い。はっ!」


 グランザームはまずアイージャの身体に手をかざし、魔力を送り込む。続いてダンスレイルにも同様に魔力を送り込むと、心なしか二人の表情が和らいだ。


「これで治療は終わった。今すぐに、とはいかぬが数日もすれば目覚めよう」


「よかった……ありがとう。えっと……」


「呼び捨てでよい。余と貴公は対等な存在だからな。さて、余は一旦魔界に……!」


 次の瞬間、大地が大きく揺れ二人はよろめく。窓に駆け寄り、外を見たリオは、空を見上げ驚愕に目を見開いた。遥か上空に、大きな穴が空いていたのだ。


 街の方ではパニックが起きており、民衆を落ち着かせるため帝国軍が出動する大騒ぎになっているのが窓の端から見える。グランザームは何かに勘づき、顔をしかめた。


「……まずいな、あまりにも早すぎる。リオよ、早速だが手を貸してもらおう。奴らの第一陣が来るぞ」


「え? 奴らって……まさか」


「そう。かつての神……異神だ」


 グランザームはそう答えると、窓を開け外に飛び降りた。変装魔法を解き、元の姿へ戻りながら地面に着地する。リオも後を追い、病室の外へ飛び出す。


 その直後、上空に空いた穴から大量の霧が溢れ出し世界中へ拡散していく。霧の拡散が終わった後、穴は閉じ何事もなかったかのように空は平穏を取り戻した。


 ――僅かに残った霧の塊を除けば、だが。


「あの霧……もぞもぞ動いてる……」


「あれこそが異神の本体だ。今はまだ肉体を持たず実力を発揮出来る状態ではない。恐らく、己の器となる者を探しているのだろう。今のうちに、一体仕留めておいた方がいい」


 不気味にうごめく霧を見上げながら、二人はそんな会話を繰り広げる。リオとしても、事象の地平での顛末を知った以上は敵の好き勝手に動くのを許すつもりはない。


 頷いた後双翼の盾を背気に装着し、霧がいる場所へ向かって飛んでいく。グランザームも後を追い、二人は異神を討伐するため遥か上空へと向かう。


「……いた! あれが……異神か!」


 リオがたどり着くと、霧は髑髏へと変わる。本来ならば右目があるであろう窪みに、ヒビ割れた黄色のオーブが嵌め込まれていた。


 異神はリオに気が付くと、口を大きく開け笑った。そして、声帯もないのにどこからしわがれたおぞましい声を出し話しかけてくる。


『おやおや。まさかお前の方から来るとは。手厚い歓迎だな、魔神よ』


「ファルファレーの手先め! この大地を奪いに来たな! そんなこと、僕がさせないぞ! 今ここでやっつけてやる!」


『ハ、面白いことを言う。器なき存在たる私を、お前がどうやって滅ぼすというのだ? こんな風に……やるつもりか!?』


 そう叫ぶと、髑髏の口が開く。霧の形が変わり、歯を鋭い牙へと変化させリオに向かって噛み付きを行う。空を飛んで攻撃を避けたリオは、両腕に飛刃の盾を装着する。


「やってやる! 覚悟しろ!」


『いいだろう。ならば身の程を知らぬお前に死を与えてくれる。この私、光明異神……ファルティーバがな!』


 異神――ファルティーバはそう叫ぶと、自分の周囲に八つの光の氷柱を作り出す。リオ目掛けて一斉に発射し、串刺しにしようと攻撃を仕掛ける。


 それを見たリオは腕を伸ばし、勢いよく身体を回転させて四方八方から襲いかかる氷柱を叩き落とす。


「そんなの当たらないよ! シールドサイクロン!」


『ほう、やるな。なるほど、ファルファレーから聞いていた通り実力はあるようだ。なら、これはどうかな? ソル・クロウ!』


「ん……? あぐっ! な、なんだ!?」


 ファルティーバが笑った直後、不可視の何かによってリオに斬撃が浴びせられた。顔をしかめ、リオは一旦距離を取ろうとするも、ファルティーバはそれを許さない。


 再び無数の光の氷柱を作り出し、リオの退路を塞ぐように彼の上下左右と背後へ設置してきたのだ。退路を絶たれ、リオは真正面から戦わねばならなくなってしまう。


『ハハハ! これでもう逃げられないぞ! さあ、我が光の爪で貴様を八つ裂きにしてくれる!』


「……そう? やれるならやってみなよ。言っておくけど……負けるつもりは微塵もないよ! シールドブーメラン……ディヒュースリフレクション!」


 リオは両腕に装着した飛刃の盾を同時に投げつけた。盾は光の氷柱を破壊し、乱反射しながら空中を飛び回る。ファルティーバは追加で氷柱を作り出し、リオの逃走を阻止しようとする。


 が、リオの狙いは逃走ではない。氷柱の再生にファルティーバのリソースを割かせること、そして――頼れるパートナーが到着するまでの時間を稼ぐことであったのだ。


「待たせたな、リオよ。ここからは余も共に戦おう」


『貴様は……あの時我らの地に来た不届き者か。ちょうどいい。お前たちをまとめて屠り、我らの宴の障害を排除するとしよう』


「フン、やれるとでも? 肉の器なき貴様など、冥門を開くまでもない。片手でひねり潰せるわ」


 リオとグランザーム、自分たちにとっての障害物たる二人を一度に排除出来る絶好の機会だとファルティーバは息巻くも、魔王は鼻で笑い相手にしない。


 実際、リオも心の中で薄々思っていた。肉体のない異神は弱いと。一つ一つの技は確かに厄介だが、性質さえ見極めれば容易に対処してしまえるため強く思えないのだ。


『言うではないか。なら本当に出来るのか……見せてもらおうではないか!』


「身の程知らずめ。リオよ、下がっているがよい。そして、よく見ておけ。余の力……その一端をな」


 そう言うと、グランザームは右腕を掲げる。手首から闇の魔力で作られた鎌の刃を生やし、ファルティーバを迎え撃つ。一斉に光の氷柱が放たれ、魔王に向かうも……。


「くだらぬ技だ。この程度なら本当に片手で事足りる」


『バカな!? くっ、ならば……数を増やすまで!』


 八つの光の氷柱全てを撃墜され、ファルティーバは動揺してしまう。すぐに気を取り直し、今度は四十近く光の氷柱を作り出し一気にグランザームへ射出する。


 が、その行為もまた無意味な抵抗であった。グランザームが無造作に片手を振っただけで、半分以上の氷柱が切り刻まれ消滅してしまったのだから。


「凄い……。これが、魔王の力……いつか僕が戦わなくちゃいけない相手の実力……!」


 グランザームの圧倒的な戦闘力を目の当たりにし、リオはそう呟く。恐れおののく一方で、闘志が沸き上がってくるのを感じていた。必ず、魔王を越えてみせる、と。


『ぐっ……! あり得ぬ、こんなことが……私がたかが闇の眷属崩れに追い詰められるなどと……』


「だから言っただろう? 器のない今のお前は弱いと。まあよい。これ以上弱者をなぶるような陰惨な趣味は余にはない。トドメを刺してくれる」


 どこかつまらなそうに呟くと、グランザームはファルティーバに接近する。右腕が振りかぶられた瞬間、異神は笑った。


『……ならば、器があればよいのだな?』


「な……くっ!」


「危ない! シールドブーメラン!」


 直後、リオは飛刃の盾を投げ二人の間に割り込ませる。盾によって霧の中から伸びてきた腕が押し留められ、グランザームは間一髪で危機を逃れた。


「貴様……器を隠し持っていたな? どこでそれを手に入れた」


『クハハハッ! ファルファレーが何の策もなく我らを呼び込むとでも? すでに第一陣たる我らには器が与えられている。この器があれば貴様らなど……恐るるに足らんわ!』


「させない! 出でよ、光射の盾! 食らえ! サンライト・レーザー!」


 ファルティーバの受肉を防ぐべく、リオは巨大な円形盾を作り出しレーザーを浴びせかける。が、一足遅かった。ファルティーバは霧の中に隠していた肉体に入り込んだ。


 レーザーは透明な障壁によって阻まれ、届くことなく霧散してしまう。リオは舌打ち、光射の盾を消して次なる手を打とうとするも、魔王に制止される。


「待て。闇雲に攻めても有効打とはならぬ。ここは一つ作戦を立てねばなるまい」


「分かった。じゃあ、こんなのはどう?」


 リオは何かを閃いたらしく、グランザームに耳打ちをする。魔王はニヤリと口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「面白い作戦だ。よかろう、その作戦……乗らせてもらおう」


「うん! さあ、あいつをやっつけよう!」


 今まさに受肉せんとするファルティーバを前に、二人は並び立つ。魔神と魔王、二人の共闘が始まる。

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