196話―二つの戦い

「ほう、たった一人でこのダイグを相手にすると? 舐められたものだ。数の脅威を知るがいい!」


「へっ、どれだけ増やしたところで意味なんてねえよ。量より質だってことを思い知らせてやる!」


 カラスの獣人ことダイグはそう叫ぶと、分身たちを一斉にカレン目掛けて突撃させる。それを見たカレンも負けじと言い返し、金棒を振り回して電撃のドームを作り内部への侵入を阻止する。


「フン、くだらぬ。分身たちよ、電撃の膜が薄い部分を探せ! そこを一転突破し中へ入り込むのだ!」


「させっかよ。その前に……纏めて叩き潰してやる! ビーストソウル……リリース!」


 ダイグの分身たちがドームを突破するより前に、カレンは己の中に眠る獣の力を解き放つ。ヘビの化身となったカレンは、背中に生えた五つの太鼓を金棒でリズミカルに叩く。


 すると、雷のパワーがカレンの身体に蓄積されていき、バチバチと火花が飛び散る。パワーを限界まで溜め込んだカレンは、腕を大きく振りかぶりつつクイナたちに向かって叫ぶ。


「お前らぁ! デッケぇのいくぜ、歯ァ食い縛っとけ! いっくぜぇ、連雷の鎚!」


「ぬっ……!?」


 次の瞬間、カレンは金棒を太鼓に叩き付ける。直後、溜め込まれた膨大な雷のパワーが解き放たれ、無数の電撃の槍が放射されダイグの分身を貫く。


 が、カレンの攻撃はそれだけでは終わらない。分身を貫いた雷が弾け、再び槍となって別の分身を貫通した。あちこちで雷が弾け、連鎖反応により次々と敵を撃滅する。


「くっ……まずい! もっと分身を!」


「どれだけ呼んでもムダだぜ! 全部アタイがぶっ潰す!」


 カレンはヘビになった下半身を魔力で延長し、槍のような尾を空に伸ばす。ダイグは分身を作り出すのを中断して錫杖を呼び出し、尾をはたき落とす。


 チッと舌打ちをしつつ、カレンはドームを消失させる。しっぽを支えにして身体を伸ばし、上空にいるダイグへ直接攻撃を仕掛けることにしたようだ。


「いちいち雷飛ばすのも面倒だ、このまま一気に叩き潰してやらぁ!」


「やってみるがいい! 我が錫杖の餌食にして……」


「るっせぇオラッ!」


「ぐあっ!」


 啖呵を切るダイグのセリフを遮り、カレンは前後に揺れて加速しながらヘッドバットを叩き込む。カレンはまさかのヘッドバットに動きが止まったダイグの身体を掴み、地面に叩き付ける。


 うつ伏せの状態で地面に叩き付けられ、ダイグは呻き声を漏らす。立ち上がろうとする前にカレンにのしかかられ、身動きが取れないようにされてしまう。


「くっ、どけ! 重い……」


「あ゛? 誰が重いって? 舐めたこと抜かしてんじゃねえぞてめぇオラァ!」


「ぐああああ!!」


 体重が重いと言われ、カレンはブチ切れる。ダイグの背中に生えている翼の根元を掴み、力任せに引きちぎってしまった。ダイグの絶叫を聞きながら、クイナは苦笑する。


「やれやれ。ダメだねぇ、乙女にあんなこと言っちゃ」


「タマモ……こ、怖いぞ……」


「よしよし、大丈夫ぞよ」


 悪魔のような笑みを浮かべながらダイグを殴打するカレンを見て、ハマヤは怯えながらタマモにしがみつく。カレンは虫の息になったダイグをしっぽでぐるぐる巻きにし、締め上げる。


「ぐ、おおお……」


「さあて、と。人の体重をとやかく言う奴ぁ、絞め殺してやるぜぇ……こんな風にな!」


「ぐがっ……」


 バキボキベキ、と全身の骨が砕ける音が響き渡り、ダイグは息絶えた。カレンは拘束を解き、不愉快そうにダイグの死体を遠くへ放り投げた。


 ようやく全ての憂いを断つことが出来たカレンたちは、また妨害が入らないようハマヤを連れ水面に飛び込んだ。リオの屋敷に到着し、セバスチャンたちに事情を話す。


「なるほど。かしこまりました。問題が解決するまで、どうぞお屋敷でおくつろぎください」


「済まんの。タマモ共々、しばらく世話になるぞ」


 何はともあれ、無事ハマヤを送り届けることが出来たカレンとクイナは、リオたちと合流するためヤウリナへと戻っていった。



◇――――――――――――――――――◇



「なんだか、嫌な林だね」


「この辺りは日当たりも悪いからの。悪人どもがよく根城にしているのでおじゃるよ」


 その頃、テンキョウを出たリオたちは、カラスマと共に仙薬の里へ向かって進んでいた。北へ向かう一行は、木々が生い茂った林の中を通る。


 今にも何かが出てきそうな、陰鬱な雰囲気に満ちた林を一刻も早く通り抜けようと速度を上げるリオたちだったが、馬に乗っていたカラスマが突如声を上げた。


「……出ておじゃれ! どれだけ巧妙に姿を隠しても、邪悪な気配を隠すことは出来ませぬぞ!」


「え!? ……わっ!」


 直後、一行の前方にある木の上から黒装束に身を包んだ男がカラスマ目掛けて飛びかかってくる。カラスマは腰から下げていた刀の柄に手をかけ居合い斬りを放つ。


 男は何も出来ずに一刀両断にされ、地面に落ち息絶えた。リオたちが我に返った頃には、すでに十人ほどの人間と魔族の混成部隊に囲まれてしまっていた。


「カラスマ殿、異国の者らを連れてどちらへおいでかな?」


「ほっ、ぬしらのような下郎どもに語る言葉などないわ。言わずとも分かっておる、そちらが不届き者どもであろう?」


 馬に跨がったまま、カラスマは余裕たっぷりな態度でそう口にする。リオたちが戦闘体勢を整えている間にも、カラスマと混成部隊の問答は続く。


「左様。貴様が屋敷から消えたという情報を掴み、後を追ってみれば……まさか魔神と組んでいるとは」


「ほほほ、麻呂はミカド派でのう。ぬしらのような恩知らずどもとは違うのでおじゃる。……この十年、ミカドがこの国を立て直すのにどれだけ苦心してきたか……貴様らも知らぬわけではあるまいに」


「だからなんだ? 我々にとって、もはやミカドは不要。ただそれだけのこと。ちょうどいい、五行鬼の方々の手を煩わせるまでもない。ここで全員消してくれるわ! 者ども、かかれ!」


 部隊のリーダーが指示すると、黒装束の男たちは一斉に小刀を抜き攻撃を仕掛けてくる。カラスマは馬から飛び降りつつ斬撃を繰り出し、敵を一人仕留めた。


「ほっ! たった十人と少しで麻呂を討ち取ろうなど、ヘソが茶を沸かすわ! リオと言うたの、お主ら五人ほど相手をせい。残りは麻呂が受け持とう」


「でも……いえ、分かりました。カラスマさん、お気を付けて。ダンねえ、いこう!」


「任せておいて!」


 一度は止めようとしたリオだったが、歴戦の戦士の風格を漂わせるカラスマの言葉を聞き入れる。斬りかかってくる敵を盾で殴り倒しつつ、ダンスレイルに声をかけた。


「さあて、と。久しぶりに暴れさせてもらおうかな。出でよ、巨斬の斧! ハッ!」


「ぐおあっ!」


 ダンスレイルは身の丈ほどもある巨斧を振るい、一気に三人の敵を吹き飛ばす。カラスマの護衛たちも援護に加わり、リオとダンスレイルはあっという間に五人を仕留めた。


 一方、カラスマもすでに四人を仕留めており、残る一人……部隊のリーダーと斬り結んでいた。刃と刃がぶつかる音が響き渡るなか、カラスマは戦いを優勢に進める。


「ほっほほほ、口ほどにもないのう。この程度で、武芸百般を修めた麻呂に勝とうなど……百年早いわ!」


「ぐうああっ!」


 カラスマは刀を振るい、敵の利き腕を切り落とした。すでに決着は着いているのにも関わらず、部隊のリーダーはもう片方の手で小刀を握り、なおも戦いを挑んでくる。


「くっ、このまま終わるわけにはいかん! せめて、貴様だけでも道連れにしてやる!」


「そうはさせない! シールドブーメラン!」


「がっ……」


 奥歯に仕込んだ魔法の爆薬を使い、カラスマを道連れに自爆しようとしたリーダーだったが、リオに阻止される。爆薬を起動する前に吹き飛ばされ、木の幹に叩き付けられ崩れ落ちる。


「ぐうっ……くそっ、まさかこれほどまでの強さだとは……。だが、もう遅い。仙薬の里には、すでに五行鬼のうち二人が……もう、間に合うもの……か……」


 悔し紛れにそう言い残し、リーダーは息絶えた。カラスマは刀身に着いた血を拭い、カラスマはしばらく考え込んだ後、懐から丸められた地図を取り出す。


「リオよ。我が家に伝わる里への地図を託す。先に行くがよい。牛車では時間がかかる上に……何やら、嫌な予感がするでな」


「分かった。ダンねえ、行こう!」


「分かった。よし、私の背中に乗るんだ、リオくん。地図を見てナビゲートしておくれ」


「うん!」


 リオとダンスレイルは地図を頼りに、仙薬の里へ先行していった。

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