152話―遥か北へ

 翌日の早朝。旅行の準備を終えたリオたちは、捨てられた子犬のような視線を送るダンスレイルたちに見送られ出発する。アーティメル帝国最北の町、リュキュラへ向かう。


 スフィンクスを呼び出し、快適な空の旅を楽しむ。二時間もしないうちに、リオとアイージャ、ファティマの三人はグリアノラン帝国との国境沿いの町へ到着した。


「うー、もう寒いんだね。ほら、うっすらとだけど、雪が積もってるよ」


「そうだな。さて、さっさと国境を超えてしまうとするかの」


 リオはスフィンクスを召喚の指輪に戻し、アイージャたちを連れ町を進む。手紙に同封されていた案内状に従い、三人は町の北にある国境管理局へ向かう。


 手続きを済ませ、国境を越えたリオたちを出迎えたのは……見渡す限りの雪景色だった。粉雪が振るなか、三人は雪上馬車の乗り場へ行き、乗り込む。


「いらっしゃい、どこまで行きます?」


「グリアノラン帝国最南端の町、モルフェへ」


「はいよ! かしこまりー!」


 御者は鞭を振り、雪上馬車を牽いている雪原に住む牛、スノウバイソンを走らせる。数十分後、リオたちはモルフェの町に到着した。


 ここからグリアノラン帝国全域に広がっている魔導列車に乗って、首都マギアレーナへと向かうのだ。案内状に従い、リオたちはターミナルを探す。


「えっと、地図だとここら辺に……あ、あった」


「……大きな建物ですね、我が君。人も多いですし、はぐれてしまわないよう手を繋ぎましょう」


「うん」


 ファティマはそう言うと、そっとリオの右手を握る。……ただ握るだけでなく、恋人繋ぎをしてさりげなくアイージャにリオとの仲を見せ付けた。


 それを見たアイージャは、耳を逆立てフシャーッと怒りをあらわにする。先手を取られたことを腹立たしく思いつつ、空いているリオの左手を握る。


 もちろん、恋人繋ぎで。


「この歯車女め……! 妾の前で抜け駆けなどいい度胸をしておるな! 今回は不覚を取ったが、次はそうはいかぬぞ!」


「……ええ。楽しみにしていますよ」


「ふ、二人とも、落ち着いて……」


 アイージャが対抗心剥き出しで宣言すると、ファティマは挑発的な流し目を送り、ニヤリと笑う。バチバチと火花をぶつけ合う二人に挟まれ、リオはあたふたする。


 そんなリオに、すれ違う男たちが嫉妬の視線を向けていた。絶世の美女である二人と手を繋いでいるのだから、無理もないことであった。


「ほ、ほら、みんな見てるし……早く行こ?」


「……そうですね。我が君がそうおっしゃるならそうしましょう」


「うむ。リオよ、荷物は妾が持つでな、気にすることはないぞ」


 好奇の目に晒され、居心地の悪さを感じたリオはターミナルに入ろうと二人を促す。アイージャは空いている左手と尻尾を使って二人分のトランクを運ぶ。


 ターミナルに入ると、まだ陽が登ってから二時間程度であるにも関わらず、魔導列車を利用する人々で溢れかえっていた。リオたちは人波に揉まれながら、ゆっくり歩いていく。


「えっと……案内状だと六番ホームに向かえって書いてあるけど、どこに行けばいいんだろ?」


「では、わたくしにお任せください。探してまいります」


 そう言うと、ファティマの脳天と頭の後ろからにょっきりと小さなプロペラが生えてきた。続いて頭部が身体から切り離され、空中を漂いながらホームを探しに向かう。


「……ふーちゃん、凄いね」


「うむ。流石に妾も驚いたぞ。まさか首が外れるとは」


 リオたちが唖然としていると、ファティマの頭が戻ってきた。目当てのホームを見つけたらしく、二人を案内する。


「お待たせいたしました。目的のホームを見つけました。ご案内致します」


「ありがと、ふーちゃん」


 三人はターミナルの構内を進む。目的地であるマギアレーナにて、何が待ち受けているのかも知らずに。



◇――――――――――――――――――◇



「……またダメだ! これでもう三十六人目だぞ!」


「も、申し訳ありませんエルディモス様。まだ研究も途上ですので……その、加減が出来ず……」


 その頃、魔界にあるエルディモスの研究所ではとある実験が行われていた。捕らえている鎧の魔神、レケレスから抽出した魔神の力を移植しようとしているが……。


「……チッ。思った以上に力が強すぎる。魔族の身体では耐えられぬか。全く、この八年……ずっと魔神について研究してきたというのに、分からぬことが多すぎる」


 エルディモスが思っていた以上に、実験はかなり難航しているようだ。魔神の力に耐えきれず、絶命した魔族の遺体が運び出されていく。


「まずいな。このまま遅々として研究が進まなければ、魔神兵士を量産して魔クーデターを起こす計画そのものが……ん? 待てよ」


「エルディモス様、如何なされました?」


 魔王の座を奪うための計画が破綻しかかっている現状を憂いていたエルディモスは、何かを閃いたらしい。側近に尋ねられ、エルディモスはニヤリと笑う。


「ククク、いいことを思い付いた。生体に力を移せないのなら……自動人形オートマトンに力を移せばいい! それならば、拒絶反応によって死ぬこともないではないか!」


「ですが、その分野の第一人者であったザシュローム様はすでに亡くなっておりますが……」


 解決策を閃いたエルディモスに、側近が心配そうに答える。優秀な人形製作家だったザシュロームがリオに倒された今、たった一人を除き魔界には自動人形オートマトンを造れる者がいない。


 その一人こそが、エルディモスの標的――魔王グランザームなのだ。


「フン、問題ないさ。魔界で造れる者がいないなら、大地でかっぱらってくればいい。幸い、なんと言ったか……ああ、グリアノラン帝国か。あの国には優秀な人形が数多く住んでいると聞くからな」


 側近の言葉に、エルディモスはそう返した。彼はリオとグランザームが交わした約束を破り、グリアノラン帝国へ侵攻し人形の素体を奪うつもりなのだ。


「し、しかし……それでは他の幹部たちに気付かれてしまいます。特にグレイガが目を光らせているかと……」


「問題はない。俺は他人を欺くのが大の得意でな、他の連中の監視を掻い潜るなど造作もない」


 エルディモスはそう言い、部屋の中央にある筒状の水槽に近付く。その中で眠る鎧の魔神、レケレスを見上げながら小さな声で呟いた。


「……お前を見つけてから八年。俺はずっと待っていたんだ。成り上がる時をな。誰にも邪魔をさせてなるものか。もっと力を貰うぞ、カエルもどき。俺の野望のためにな……」


 邪悪な笑みを浮かべ、エルディモスは満足そうに頷いた後側近を連れ実験室を去っていく。彼らが去った後、眠りに着いているレケレスの目から、僅かに涙がにじんだ。



◇――――――――――――――――――◇



「……む?」


「ねえ様、どうしたの?」


「いや、なんでもない。一瞬、同族の気配を感じたが……気のせいだったようだ」


 その頃、リオたちは目的の魔導列車に乗り込み、首都マギアレーナへ向けて快適な列車の旅を満喫していた。何かを感じ取り窓の外を見るアイージャに、リオは問いかける。


「そういえば、魔神って七人いるんだよね? 僕、ねえ様を含めてまだ六人しか会ってないや」


「……ああ、そうだな。その辺について、少し話すとしようか」


 エルカリオス、グリオニール、ダンスレイル、ミョルド、バルバッシュ……そしてアイージャ。これまで、リオはベルドールの座に名を連ねる六人の魔神たちと出会ってきた。


 しかし、まだ一人だけ出会っていない魔神がいた。七人の魔神たちの末っ子……鎧の魔神である。ファルファレー一味との戦いが長く続き、リオはすっかりその存在を忘れていたのだ。


 が、ふと最後の魔神の存在を思い出したリオは、アイージャに尋ねてみることにしたのである。


「そのお話、興味がありますね。わたくしも拝聴してよろしいでしょうか」


「……フン、まあよい。とはいえ、お主にとっては退屈やもしれぬな。ちと長くなるのでの」


 アイージャはコンパートメント(※)の扉に鍵をかけた後、防音の魔法を施す。徹底した盗み聞き対策をする彼女に、リオは問いかける。


「……そんなに、重要な話なの?」


「うむ。何せ、どこで誰が聞いているか分からぬのでな。念のため用心しておくに越したことはない」


 そう答えた後、アイージャは語り出す。自分たちの妹であり、最後の魔神……レケレスについて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る