第6章―新たなる神話と魔神たちのバラッド

151話―新たな物語の始まり

 ファルファレーとの戦いが集結し、大聖堂の建立からさらに十日が立った。魔王軍が再び動き出すまでの残り十日を、リオはこれまでの骨休めに当てようと思い付いた。


 が……。


「ならん。リオはともかく……お前たちはミッチリと修行を受けてもらう。この私……エルカリオス指導の元、な」


「うう、兄さん、そんな殺生な……。カレンたちはともかく、何で私まで……」


「ダメだ。ファルファレー戦での体たらく、見せてもらったぞ。少し腑抜けているようだから、久しぶりにしごいてやる」


 エルカリオスが、カレンたち新米の魔神やダンスレイルに修行をさせると言い出したのだ。ダンスレイルの訴えにも頑として首を縦に振らず、聖礎へ連れていってしまった。


 久しぶりにカレンたちと旅行しようと思っていたリオは落ち込んでしまうも、すぐに気持ちを切り替える。残ったアイージャに声をかけ、どこかに出掛けないかと提案した。


「ふむ、旅行か……。よいな、行くとしよう。リオとの二人旅……ふふふ、楽しみだ」


 二人っきりの旅行とあって、アイージャのテンションが自然と上がる。嬉しそうに猫耳としっぽを振っていたが、背後からかけられた声に顔をしかめた。


「でしたら、わたくしも同行致します。我が君の旅のサポート、全力でさせていただく所存です」


「……フン、誰かと思えば。お主が同行する必要はないぞ。旅の間のリオの世話は、妾がキッチリやるでな」


 ひょっこり顔を覗かせ、自分も同行すると言い出すファティマに、アイージャは対抗心を剥き出しにしながらそう答えた。リオを取られまいと必死なのだ。


 アイージャはリオの右腕にひっつき、耳を逆立てファティマを威嚇する。そんな彼女を鼻で笑いながら、ファティマは空いているリオの左腕にくっつく。


「あら、怖い猫さんだこと。我が君、危険な猛獣よりも、従順なしもべといる方が旅を楽しめると進言致します」


「ぬあっ!? お主、何を言うか! 妾といた方がリオも楽しいに決まっておるわ! 何しろ、お主とは過ごした時間の長さが違うでな!」


 余裕の笑みを浮かべるファティマに、アイージャは負けじと言い返しつつリオの腕を引っ張る。ファティマも腕を引っ張り、リオの奪い合いを始めた。


「あの……ちょ、ちょっと痛いかな……」


「む、すまんリオ」


「申し訳ありません、我が君」


 リオが苦笑いしつつそう言うと、アイージャとファティマは同時に声を発し、腕を離した。その時、部屋の扉がノックされ、ジーナが入ってくる。


 手には一枚の封筒を持っており、リオに渡す。ジーナ曰く、今朝早く北の方からバードメール便で届いたリオ宛ての手紙なのだとか。


「じゃ、ちゃんと手紙は渡したぜ、リオ」


「ありがとう、ジーナさん」


 ジーナが去った後、リオは早速封を切り中の手紙を取り出す。差出人を見たリオは、ビックリ仰天してしまう。なんと手紙の差出人は、グリアノラン帝国の女帝メルンからだったのだ。


 リオはアイージャたちと一緒に、手紙を読み進めていく。手紙にはラギュアロスとの一件への感謝の言葉がつづられており、さらにはお礼にリオを帝国に招待したいと書かれていた。


「ほう、これはこれは。渡りに船というやつだの、リオ。ちょうどいい、グリアノラン帝国に行こうではないか」


「うん! 前はゴタゴタしてたからすぐ去ったから何も見れなかったけど……何があるんだろう。楽しみだなぁ」


 どの国へ旅行に行こうか考えていたリオは、女帝メルンからの申し出を受けることにした。アーティメル帝国やユグラシャード王国とは違う、キカイの国へ思いを馳せワクワクする。


「では、わたくしめが旅行に必要なものを調達して参ります。グリアノラン帝国は雪国ですから、しっかりと防寒対策をしなければなりませんね、我が君」


「そうだね、ふーちゃん。よーし、早速準備をしよう!」


 ノリノリなリオは、アイージャとファティマを連れ城下町へ繰り出す。新たなる旅に心踊らせるリオは、この時まだ知らなかった。


 沈黙を保つ魔王軍の中で、小さな反乱の芽が咲こうとしていることを。



◇―――――――――――――――――――――◇



 一方、魔界――魔王の城。広い訓練場にグランザームと残る三人の幹部、そして八人の新たな幹部の候補たちが集まっていた。最高幹部の一人、『氷炎将軍』グレイガが大声で叫ぶ。


「ヒャハハハ! よくここまで残ったな、幹部のたまごども! 最後の試験を始める、よく聞きな! 俺に最初に触れた奴が合格、幹部に昇級出来る。魔王様の御前だ、精々恥かかねえように気ィつけるこった!」


「おおー!!」


 魔王の城では、新たなる幹部を決めるための試験が行われていた。ザシュローム、キルデガルド、ガルトロス。すでに三人の幹部がリオに敗れ戦死し、人手が不足しているのである。


 幹部候補たちは、試験開始の合図と同時に試験官であるグレイガに飛びかかる。が、次の瞬間八人のうち三人が崩れ落ち、気を失ってしまった。


「ヒャハハハ! おせえなぁ! この程度防げねえようじゃ、幹部にゃあなれねえぜ!」


「ぐあっ!」


「ぎゃあっ!」


 一人、また一人とグレイガの手刀を食らい気絶していく。残った三人はグレイガを追おうとするも、圧倒的なスピードの差についていくことが出来ない。


「オルグラムよ。今回は合格者が出ると思うか?」


「……私は出ないに賭ける。ダーネシア、お前はどうだ?」


「ふむ……なら、オレは出る方に賭けよう」


 試験を見守っていた幹部の残り二人、オルグラムとダーネシアは合格者が出るかどうか賭け事に興じていた。次の瞬間、グレイガが驚きの声を上げる。


「おっ! やるじゃねえか。合格だぜ、お前。よくやったな」


「……決まったか。この賭け、オレの勝ちだな」


 どうやら、合格者が出たらしい。ダーネシアの言葉に、オルグラムは頷きつつ金貨を一枚差し出す。玉座に座り、全てを見ていたグランザームは立ち上がり歩き出した。


 見事幹部の席を手に入れた魔族の青年に近付き、ジッと見下ろす。ただ一人気絶していない青年はひざまずき、グランザームが声をかけてくるのを待っている。


「おめでとう、強き者よ。貴公はこれより我が軍の新たな幹部となった。顔を上げよ、そしてその名を余に伝えよ」


「ありがたき幸せに御座います、魔王様。わたくし、エルディモスと申します。本日より、魔王様のため粉骨砕身の覚悟でお仕え致します」


「エルディモス、か。貴公の名、記憶したぞ。後日、幹部としての称号を与える。それまでは休むがいい」


「ハッ!」


 新たなる幹部、エルディモスにそう伝えた後、グランザームはグレイガたちを伴い退出していった。エルディモスは顔を伏せ、一行を見送る。


 扉が閉まる音を聞いた後、エルディモスは顔を歪める。その表情はとても醜く、野心に満ちていた。


「クックック……! ようやく、ようやく……この時が来た! 魔王の寝首をかっ切り、この魔界を手に入れる日が……! まず第一段階はクリアだ、これで魔王により近くなった」


 心底嬉しそうに、エルディモスは早口で呟く。気絶している同胞たちを踏みつけながら、出口へと歩いていった。頭の中で、次なる計画を練りながら。


「クフフフ、目に物見せてやるぞ。魔王は律儀に停戦の約束を守るようだが……そんなもの俺には関係ない。魔神も魔王も、全員叩き潰してやる。この俺が製造した……人造魔神たちがな!」


 そう口にした後、エルディモスは転移石テレポストーンを使い自身の研究所へ戻る。研究所の一番奥、仕掛け扉の奥にある小部屋に入っていく。


 その部屋の中央には、特殊な薬液で満たされた大きな筒状の装置が置かれていた。様々なチューブが接続されたその装置の中には、一人の少女がいる。


 アメジストのような紫色の肌と、薄い水色のベリーショートヘアが特徴的な少女を見ながら、エルディモスは醜悪な笑みを浮かべた。


「……さあ、たっぷりと働いてもらうぞぉ? 鎧の魔神……レケレスよ! クハハハハハハ!!」


 リオやグランザームの知らないところで、邪悪な陰謀が動き出そうとしていた。



◇―――――――――――――――――――――◇



「……では、無事手紙は出せたのじゃな?」


「はい。もう届いているかと」


 場所は変わる。グリアノラン帝国の首都、歯車とスチームパイプで作られた時計塔を有する街マギアレーナ。中央にある宮殿の中で、二人の男女が会話をしていた。


 片方は、グリアノラン帝国の女帝、メルン七世。もう一人は、彼女の右腕、宰相オゾグ。二人は、リオに無事手紙が届いたかについて話をしていたのだ。


「まこと、楽しみなものよ。わらわも見てみたいものじゃ、かの英雄の尊顔を」


「じきに見れましょう、陛下。……しかし、本当によいのですか? 盾の魔神は……」


 何かを言おうとしたオゾグを制し、メルンは笑う。パイプを吹かしながら、玉座にふんぞり返った。


「問題ないわ。かの者の血統については調べがついておる。予想通り、やんごとなき血筋の者であったわ。何の問題もない。わらわの娘の婿に迎えるのには、な」


 二つの陰謀が、リオの運命を大きく変えようとしていた。

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