253話―影に潜む刃

「ヒヒヒ、まずは御子息様を仕留めさせてもらわねえとナァ。裏切りの代償は重いってコト、よーく思い知りなセェ!」


「なら、その前に僕を倒すんだね! そう簡単にはやられないよ、食らえシールドブーメラン!」


 リオは先手必勝とばかりに、ジョビーに向かって飛刃の盾を投げ付ける。それを見たジョビーは、なんと自分の影の中に潜り込み、攻撃を避けてしまった。


 予想外の避け方にリオが驚いていると、ジョビーは影の中を移動し、再びラークスの元へ向かう。腕が影の中から伸びた瞬間、気配で動きを察したリオはしっぽを伸ばす。


「捕まえたぞ! それっ!」


「ぬうっ!?」


 しっぽでジョビーの腕を絡め取り、自分の方へ引き寄せる。リオは勢いをつけ、戻ってきた飛刃の盾にジョビーをおもいっきり叩き付けた。


 ジョビーは苦痛に顔を歪めつつ、短剣でリオのしっぽを切断して拘束から逃れる。二人が戦っている間に、ラークスは物陰へと避難していた。


「いったーい! よくもしっぽをちょんぎってくれたね! 許さないぞ!」


「ヘッ、そりゃアタシのセリフですヨォ。今の一撃、痛かったですゼェ? こりゃ、お仕置きが必要だナァ!」


 そう言うと、ジョビーはまた影の中に潜り込んでしまった。なかなか姿を見せないでいる相手を警戒しているリオに、動きを封じられたエヴィーが声をかける。


「少年、気を付けるんだ! 敵はどこから出てくるか分からないよ!」


「うん!」


 そう返事をしつつ、リオは感覚を研ぎ澄ませ、神経を集中させる。影の中に隠れていても、気配と匂いは隠せない。僅かに感知出来たそれらを頼りに、リオは敵の居場所を探る。


 次の瞬間――リオはジョビーの気配を捉えた。ゾーナの影から現れたジョビーの短剣を避け、今度は不壊の盾によるシールドバッシュを叩き込む。


「てやあっ!」


「ぐうっ……クソッ、こうなりゃあ切り札を出すしかないネェ。セブンシャドウズ・ディビジョン!」


 またしても攻撃を避けられ反撃を食らったジョビーは、自身の腕を短剣で斬りつける。すると、血の代わりに黒いもやのようなものが傷口から吹き出し、本体そっくりの分身となった。


 分身たちはリオに攻撃されるよりも前に、ゾーナやエヴィーたちの影に潜り込んでいく。ジョビー本体も自身の影に潜り込み、声だけを響かせる。


「ヒヒヒヒ! アタシの分身は本物そっくり! 見分けなんてつきませんゼェ。縦横無尽な数の暴力ってやつを見せてやりますヨォ!」


 直後、八つの影の中から八人のジョビーたちが途切れることなく飛び出し、リオへ波状攻撃を仕掛ける。盾を構え応戦するリオだったが、四方八方から攻撃を受け防戦一方となってしまう。


 一人の攻撃を防いでも、今度は別の分身が間髪入れず襲ってくる。そのサイクルが延々と繰り返されるなか、少しずつリオに傷が蓄積していく。


「くっ、このっ! まずいな、こんな状況じゃあジャスティス・ガントレットやビーストソウルを使う暇もない……!」


「ヒヒヒヒ! 何もさせやしませんヨォ! このままなぶり殺しダァ!」


 一方的に攻撃され続けているリオを見ながら、シャトラの輪の面々はどうにかして拘束から抜け出そうともがいていた。が、影の拘束は強く振りほどけない。


 エヴィーが悪戦苦闘していると、いつの間にかラークスが近くに来ており、こっそりと声をかけてきた。


「君、一つ聞きたいことがある。この部屋の明かりを操作するスイッチはどこだ?」


「それなら、そこの本棚の間だ。しかし、何をするつもりだい?」


「なに、明かりを消せば影が消えるだろう? そうすれば、ジョビーの能力を封じられるかもしれないと思ってね」


 そう口にした後、ラークスはゆっくりとジョビーに気付かれないように照明の消灯・点灯を切り替えるスイッチの元へ向かう。しかし、分身のうちの一人に気付かれてしまった。


「おっと、させねえよ!」


「うわっ!」


 短剣が投げられ、スイッチのすぐ側に突き刺さる。辛うじてラークスは攻撃を避けたが、彼の行動がリオへの思わぬアシストとなった。


 一振りしかない短剣を投げてしまったことで、ラークスを攻撃した分身は丸腰となってしまった。故に、影に潜れなければリオの攻撃を防ぐ手立てがない。


「これなら……それっ!」


 それを即座に理解したリオは、すでに再生させたしっぽを素早く伸ばし、丸腰になった分身を捕まえる。自分の元に引き寄せ、盾代わりにして同士討ちを誘発させた。


「ぐああっ!」


「げあっ!」


「しまった、分身どもが!」


 同士討ちした二体の分身は溶けるようにきえてしまい、途切れなく続いていた波状攻撃が止まる。その隙を突き、リオは天井から吊り下げられた照明を見上げ、小さく呟く。


「公王さま、ごめんなさい! 後で弁償します!」


 ジョビーの能力を封じるため、リオは飛刃の盾を真上に投げつけ照明を破壊した。次の瞬間、部屋が薄闇に包まれ分身たちがもがき苦しみ始める。


 影が消えたことで、分身たちは存在することが出来なくなったのだ。それと同時に、エヴィーたちの拘束も解かれ自由に動けるようになった。


 とはいえ、周りが暗く下手に動けば同士討ちしてしまう危険があったため、おとなしく静観に努める必要があったが。


「くっ、有り得ネェ……。アタシの無敵の戦法が破られるなんてこと、あるわけが……」


「残念だったね、もう終わりだよ。これでトドメだ! シールドブーメラン!」


「ぐあああっ!」


 薄闇の中、目を爛々と光らせリオは飛刃の盾を投げ付ける。盾はジョビーのみぞおちを捉え、一撃で戦闘不能へと追い込んだ。


「今だ、取り押さえろ!」


 それを見たゾーナはすかさず号令をかけ、崩れ落ちたジョビーを拘束する。メンバーのうちの一人が懐から注射器を取り出し、ジョビーの首に何かを注入していく。


「座長、これでこいつはしばらく能力を使えません。当分の間は安全です」


「よくやった。こやつにはいろいろと喋ってもらわねばならぬからな、能力を封じるのは最優先事項だ」


「ぐ、クソォ……」


 ロープで後ろ手に縛られ、ジョビーは完全に抵抗する手段を失った。が、敗北したにも関わらず、彼の顔には薄気味の悪い笑みが浮かんでいる。


「お前、なんで笑ってるのさ?」


「ヒヒヒヒ……アタシを倒したくらいで万事解決すると思ってるなら、滑稽極まりないってことサァ。御子息様がペラペラ喋ってる間、アタシが何もしないとでも?」


「お前……まさか! 父上に連絡を!?」


 ラークスの言葉を聞き、エヴィーは即座にジョビーの懐へ蹴りを入れる。服が破け、中から連絡用に使われる小さな魔法石が転がり出てきた。


 ジョビーは悪辣なえみを浮かべながら、勝ち誇るように堂々と述べる。とうの昔に、ドゼリーに連絡済みだと。


「ヒヒヒ、御子息様の裏切りはもう総督閣下にお伝えしましたゼェ。計画変更だ、これからはもう……裏でコソコソなんてあまっちょろいことはない。全面戦争の始まりサァ!」


「! させない!」


 そう叫んだ直後、ジョビーは何かを噛み砕くような仕草を見せる。嫌な予感を覚えたリオは、ジャスティス・ガントレットの力を使いジョビー口の周りを凍らせ固定する。


 すると、口の中から歯形のついた小さなカプセルが転がり出てきた。恐らく、自決をするために使う毒薬なのだろう。尋問を阻止するため、ジョビーは自ら死ぬつもりだったのだ。


「危なかった……もう少しで死なれるところだった。少年、感謝する。これで情報を引き出せるよ」


「いえ、止められてよかったです。ラークスさんも守り抜けましたしね。あっ、でも照明が……」


 礼を言うゾーナに、リオはそう答えつつ照明を壊してしまったことを悔いる。ジョビーを倒すためとはいえ、器物破損をしてしまったことを後ろめたく思っていた。


 そんなリオに、エヴィーが笑いかける。今回のことは、きっと公王たるモーゼルも不問にしてくれるだろう、と。


「大丈夫さ。公王陛下は話が分かるお方だからね。何も咎めやしないよ」


「そうかなぁ……」


 まだ不安ではあったが、ラークスを守り抜くという目的を果たすこと自体は出来たため、リオはホッと安堵の息を吐く。とは言えど、これで終わりではない。


 これからは、ドゼリー一味――そして、少しずつリオの元に牙を剥きつつある魔王軍との全面安戦争が待っているのだ。安寧は、まだ遠い。

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