252話―陰謀が暴かれる時

 祭りの一日目、コンサートは大盛況の中幕を閉じ、リオは大任を果たすことが出来た。プレシアは再会を約束してリオと別れ、故郷へと帰っていった。


 翌日、リオは一人公王の執務室へと向かう。煙の中で出会った人物……シャロンの言葉に従い、自分の知らないところで何が起きているのかを知るために。


「失礼しまーす……。あれ、誰もいない……」


 何回も執務室の扉をノックするリオだったが、反応が全くないことを不思議に思っていたその時、鍵がかかっていないことに気付いた。


 無断で入るのは気が引けたが、全てを知りたいと考えているリオはそっと扉を開け、部屋の中へ入る。すると、薄暗い執務室がいきなりライトアップされ、八つの人影が浮かび上がる。


「……ようこそ。偉大なる魔神よ。今こそ全てを伝える時が来た。だが、その前に……我らの名を名乗っておこう」


 リオを囲む八つの影のうち、一つが前に進み出る。濃い藍色の燕尾服を身に付けた初老の紳士は、一礼した後さらに話をし始めた。


「ある時は道行く人々を楽しませる大道芸人、そしてある時は公王様に仕える影の目耳。我らこそ、プリンシア大芸団。またの名をシャトラの輪と言う。私は座長『百目』のゾーナ。よろしく」


 そう言うと、男……ゾーナは指を鳴らす。執務室が完全に明るくなり、ライトアップが消える。唖然としているリオに、残る七人の中にいたミス・エヴィーが近付く。


「驚かせてしまったね。許しておくれよ、芸人故こうしてパフォーマンスをするのが好きなんだ」


「あっ! あなたは、あのマジックショーの……」


 リオからすれば、予想外としか言いようがないミス・エヴィーとの再会に驚いて目を丸くしてしまう。そんな彼に、エヴィーは裏で起きている陰謀の存在を話す。


 レンドン共和国の総督、ドゼリー・レザインが何か良からぬことを企み、リオを傷付けようとしていること。そのためにエージェントたちが派遣され、諸国連合内に潜んでいること。


 そして、リオを守るため自分たちシャトラの輪が影で密かに護衛の任務に着いていたこと……それら全てを聞き、ようやくリオは合点がいった。


「僕の知らないところで、そんなことが……。皆さん、ありがとうございます。人知れず僕を守ってくれていたんですね」


「いいさ、礼を言われるようなことじゃあない。これが私たちの仕事だからね」


 礼を述べるリオにそう言うと、ミス・エヴィーは真剣な表情を浮かべる。今回、二度に渡る襲撃は失敗に終わったが、これで全てが終わったわけではない。


 ドゼリーは執念深く、どんな手を使ってでも己の欲望を満たす最低のクズだとエヴィーは語る。ひざまずいたままの他のシャトラの輪のメンバーたちも、一様に頷いていた。


「奴が何故君を狙っているのか、それさえ分かればこちらも公的に動けるんだ。すでに公王様は、バンコ家の当主と連絡を取り合っているからね」


「レンザーさんも関わっているんですね……。でも、そのドゼリーって人は何を企んでいるんだろう……?」


「それについては、私から説明させてもらおう」


 その時、執務室の扉が開け放たれ、一人の男が入ってきた。シャトラの輪のメンバーたちが身構えるなか、ゾーナは部下たちを手で制止する。


 彼は部屋の中に入ってきた男に見覚えがあった。ドゼリーの一人息子、ラークス・レザインだ。父とは違い、出来た人格者として民からの人気がある、という話を聞いていた。


「……何用かな? 我が主は今忙しい。面会は後にしてもらいたいな、ラークス・レザイン殿」


「いや、私が用があるのは公王陛下ではない。ここにいる少年だよ」


 そう言うと、ラークスはいきなりリオに向かって土下座を始めた。彼の突然の行動に、リオを含めその場にいた全員が困惑してしまう。


「え、えっと、どうして土下座なんてするんです? 頭を上げてください」


「いや、そういうわけにはいかない。君には謝らなければならないことがあるんだ」


 焦るリオに、ラークスは語る。先日のエージェント襲撃に、自分が一枚噛んでいたこと。そして、無関係な人たちを巻き込まぬよう、リハーサルの直後を襲うよう指示したが、プレシアを巻き込んでしまったこと。


 本来なら、護衛によって準備不足のエージェントたちを抹殺してもらい、父の計画を遅らせるつもりだったとラークスは語る。


「そもそも、襲撃自体をさせるべきではなかった。まずは私が君と会い、全てを伝えるべきだったと……今さらながら後悔している。本当に申し訳ない」


 深々と頭を下げ謝罪するラークスを見て、リオは少しずつ落ち着きを取り戻してきていた。昨日の出来事は、目の前の男が仕組んだものであるらしい。


 しかし、リオには分からないことがあった。何故彼が仲間を裏切り、自分の元にやってきたのか。それを尋ねると、ラークスは立ち上がりながら話し出す。


 父ドゼリーが企てた、愚かな計画を。


「我が父は、偽りの罪を君に被せて捕まえようとしている。保釈金を君の仲間と帝国から奪い取るためにね」


「ええっ!?」


 とんでもないことを言われ、リオは驚いてしまう。そんな計画がもし現実のものとなれば、アーティメル帝国とレンドン共和国の戦争は避けられない。


 いや、アーティメル帝国のみならず、ユグラシャード王国やグリアノラン帝国といった、リオと縁深い国々も敵に回すことになるだろう。


「昔から、父は魔族たちと密貿易を行い私腹を肥やしていた。資材や情報を売り、多額の金を受け取っていたが……今はもう、それが出来なくなった」


「どうして……あっ! もしかして、僕が魔王軍の幹部たちを倒していったから……」


 リオの言葉に、ラークスは頷く。資金源を失いつつあるドゼリーは、最悪の手段に出た。それが、一連の計画なのだ。


「それだけではない。父はシャーテル諸国連合からも金を奪うつもりでいる。数年前、無償だったはずの食料援助の代金を徴収するという形でな」


「なんですと? その件については公王様が議会の代表として固く調印したはず。未来永劫、レンドン共和国は金銭での見返りを求めないと」


 ラークスの話した内容を聞き、ゾーナたちシャトラの輪の者らは一様に顔をしかめる。当時の取り決めで、レンドン共和国は見返りを要求する時は金銭以外の形でとしていたからだ。


 自分の欲望を満たすためだけに、国同士の約束を平気で破り、あまつさえなんの関係もないリオを付け狙う。あまりの悪辣さにリオは怒りが沸き上がるのを感じていた。


「許せない……そんな身勝手な真似、絶対に許せるもんか!」


「私も気持ちは同じだ。だからこそ、こうして殺されることを覚悟でここに来た。公王の守り人たちよ、私が証人となろう。父の悪しき行いを暴くために力を貸してはもらえないか?」


 憤慨するリオに同意しつつ、ラークスは己の目的を話す。父を断罪するため、自身という証拠を持ってやって来たのだ。ゾーナは頷き、言葉を返す。


「そういうことであれば、喜んで受け入れよう。すぐに公王様にお伝えする。祭りが終わった後、国際裁判を行うよう手配しておく」


「ならば、私も手伝い……」


『いけませんナァ、御子息様。お父上が悲しみますゾォ? そんな裏切りは』


 話が纏まったその時――どこからともなく声が響く。リオはラークスの影の中から、刃の先端が見え始めていることにいち早く気付き走り出す。


「ラークスさん、危ない!」


「うわっ!?」


 ラークスを抱え倒れ込んだ直後、短剣を握った異様に長い腕が影の中から伸び虚空を切り裂く。ゾーナたちが戦闘体勢を整えている間に、影から男が現れる。


 何故生きていられるのか不思議なほどに痩せ細った長身の男は、不気味に笑いながらラークスを見据える。


「お前は……父の手の者だな! いつの間に私の影に!」


「ヒヒッ、御子息様が産まれた時からでサァ。総督閣下はああ見えて、自分以外誰も信用しとらんのでネェ。いつか御子息様が裏切った時……始末するためにアタシが影に潜んでいたのサァ」


 男はそう言うと、パチンと指を鳴らす。すると、ゾーナたちシャトラの輪の面々の影からロープのようなものが伸び、彼らを拘束してしまう。


「くっ、これは……!?」


「あんたらに動かれると厄介なんでネェ、しばらくそこでゆっくりしてておくれェナ。このアタシ……ジョビーのシゴトが終わるまで、ネェ」


 ニタリと笑った後、ジョビーはラークスと彼を守るように立ち塞がるリオを睨む。リオは右腕に不壊の盾、左腕に飛刃の盾を装着し構える。


「やってみなよ。ラークスさんは僕が守る。指一本触れさせないよ!」


「そうカィ。じゃあ、やってみてもらおうかネェ!」


 空高くそびえる宮殿の中で、戦いが始まろうとしていた。

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