248話―魔神の知らぬ影のセカイ

 アイージャによるプレシアへのお仕置きというトラブルはあったものの、リオはどうにか打ち合わせを終わらせ宮殿に戻ることが出来た。


 ……お仕置きをされて以降、プレシアはアイージャへ激しい敵対心を燃やしてしまっていたが。


「まったく、あの小娘め……。終始妾をばばあ呼ばわりするとはなんたる不敬な。リオもそう思うであろう?」


「そ、そうだね……」


 寝室にてアイージャに抱き枕にされながら、リオは困ったような顔をしつつ肯定する。結局、あれからプレシアはことあるごとにばばあ発言を連発し、アイージャをピキらせていた。


 そのため、リオとマネージャーはいつアイージャの怒りが爆発するか戦々恐々とした状態で打ち合わせを行わねばならず、精神的に疲弊してしまっていた。


「そもそも、妾のどこがばばあだと言うのだ。肌もピチピチ、唇もつやつや……あんな小娘なんぞに劣らぬというのに。のう、リオよ」


「う、うん……そうだね、ねえ様は……きれいだよ?」


 アイージャに問われ、一瞬『かわいい』と『きれい』のどっちを言うべきか迷ったリオは、『きれい』を選択した。その答えに満足したらしく、アイージャは機嫌が良くなる。


 とりあえず、当座の危機は乗り切ることが出来たようだ。心の中で一息ついたリオは、翌日に行われるコンサートについて思考を切り替える。


(さーて、明日はどうなるかな……。コンサート、無事に終えられればいいなぁ)


 そんなことを考えながら、リオはアイージャの温もりに包まれうとうとし始める。しかし、残念ながら……リオの願いが叶うことはない。すでに、裏で新たな計画が動き始めていたのだ。



◇――――――――――――――――――◇



「……ご報告します、公王様。例のエージェントたちを尋問した結果、いくつか新しい情報を得ることが出来ました。奴らは……」


 同時刻、公王の執務室にて、ミス・エヴィーをはじめとした影の組織……『シャトラの輪』のメンバーが集い報告を行っていた。レンドン共和国から来たエージェントたちを尋問し、情報を吐かせたのだ。


 その結果、彼らの企みが白日のもとに晒されることとなった。が、それ以上の計画について吐かせようとしたところ、あらかじめ体内に仕込まれていた呪いにより死んでしまった。


「ふむ……ドゼリーめ、手抜かりはないようだ。そこまでして秘密を守らねばならぬとは、よほど邪悪な計画を立てていると見えるな」


「そのようです。事前に呪いに気付ければ、もっと情報を引き出せたのですが……」


「気に病むことはない。ドゼリー本人が近々我が国へ来ることが判明したのだ、それだけでも大きな収穫だよ。問題なのは……」


 ――まだテンルーに他のエージェントが潜伏していることだ、とモーゼルは言葉を続ける。今回、『胡蝶の奇術師』ミス・エヴィーと『無限ポケット』ジャックが捕縛した四人以外にも、ドゼリーの手の者たちがいるという。


 彼らは別の使命を帯びて潜伏しているらしく、尋問が終わりエージェントたちを『処理』した直後から捜索を行ってはいるものの、しっぽを掴むことが出来ずにいた。


「今回、残るエージェントの捜索には『いそがしウサギ』レーナを担当させます。彼女の探知能力は我々の中でも随一ですので、二日もあればしっぽを掴めるでしょう」


「うむ、そうしておくれ。しっぽが掴めるまでは……『影くぐり』シャロン、例の少年の護衛を任せる。エヴィー、ジャックと共に守ってあげておくれ」


 モーゼルは最重要護衛対象であるリオの守りを固めるため、さらに護衛を増員する。直々に指名を受けた茶色いローブを着た女性は、静かに頷く。


 敵の真意や規模が分からない今はまだ、攻めに転じるべきではない。そう判断し、モーゼルは着々と守りを固めるための計画を練り始めていた。


(あと二日……祭りが始まって三日目にはレンザーたちが来る。そうなれば、ドゼリーは大人しくするか、不利を承知で動かねばならなくなる。どっちに転んでもいいよう、準備をせねばな)


 シャトラの輪の面々が退室した後、モーゼルは一人思案する。備えなければならないことがあまりにも多く、気苦労ばかりが積み重なっていく。


 それでも、モーゼルに休む暇はない。公国を、民を、そしてリオを守るために、彼は人知れず戦う。それこそが、『融和』のオレロ家に与えられた使命なのだから。



◇――――――――――――――――――◇



 一方、エージェントの一部が捕らえられたという情報は、すでにドゼリーの耳にも届いていた。悪趣味な飾り付けがされた部屋の中で報告を聞いていたドゼリーは、怒りを剥き出しにする。


「あのバカ者どもめ……! ターゲットのガキに接触すら出来ずにとっ捕まるとはどういうことだ! 許せん……おい、捕まったのはどいつだ? リストを見せろ」


「は、はい!」


 怒り狂う暴君に指示され、従者は大シャーテル公国に潜入させているエージェントの一覧が描かれたボードを手渡し、捕まった四人を教える。


 すると、ドゼリーは顔を歪めながらとんでもないことを言い出した。


「おい、こいつらには家族がいるな? そいつらを全員捕まえてこい。どうせエージェントどもも始末されたろうから、寂しくないようにあの世に送ってやる」


「そ、そんな残酷なこと……」


「なんだ、歯向かうのか? お前も生きたまま獣に食わせてやろうか!」


 ドゼリーはしくじったエージェントたちの家族を惨たらしく殺し、鬱憤を晴らすつもりでいた。あまりの暴虐さに思わず従者は反論するも、おもいっきり睨まれ恫喝されてしまう。


 凄まじい剣幕に押され、従者は屈服する。誰だって、最大限の苦痛を味わいながら死ぬのは嫌なのだ。心の中で涙を流しながら、従者は部屋を後にする。


「まったく! どいつもこいつも使えぬ奴ばかり! 本当にイライラするわい!」


「父上、また癇癪を起こしているのですか? そんな調子では、また頭がプッツンしますよ」


 扉に向かってグラスを投げつけ、八つ当たりをしているドゼリーの背後から声がかけられる。後ろを振り向くと、そこにはドゼリーとは似ても似つかない美男子がいた。


「ラークスか。フン、この程度癇癪でもなんでもないわ。余計な心配はいらん。それより、そろそろお前にも動いてもらわねばならんぞ。準備は出来ているか?」


「ええ。分かっていますよ。モーゼル・オレロの暗殺の件でしょう?」


 リオへの陰謀とは別に、ドゼリーはもう一つの計画を立てていた。滞りなくシャーテル諸国連合から数年前の食料支援の代金をふんだくるため、モーゼルを暗殺するつもりでいるのだ。


 モーゼルさえ排除してしまえば、諸国連合は統率を失い、好きなだけ蹂躙することが出来る。そのために、ドゼリーは自分の息子に手を汚させることを決めた。


「明日にはレンドンを経ちます。向こうで専属のエージェントと落ち合う予定です」


「うむ。任せたぞ、我が息子よ。お前は子どもの頃から優秀だったからな、期待しているぞ。ガハハハハ!!」


 見ているだけで不快になる笑顔を浮かべながら、ドゼリーはいけしゃあしゃあとそんなことを抜かす。愛想笑いをするラークスだが、内心では怒りに燃えていた。


(このクズめ……お前のせいでどれだけ多くの人たちが苦しんでいるかまだ理解していないようだな。そうやって笑っていられるのも今のうちだ、私はお前のようなクズとは違う。必ず、悪行の報いを受けさせてやるぞ、父よ)


 幼い頃から父の暴君っぷりを見てきたラークスは、それを反面教師にし正義感に溢れた青年に成長していた。彼はモーゼルを暗殺するふりをし、そのまま寝返るつもりなのだ。


 無事寝返りに成功した暁には、モーゼルやリオに父の企てた計画の全てを伝え、悪行に終止符を打つつもりだ。これ以上、犠牲者が生まれてしまわないように。


「では、旅支度を整えなければならないのでこれにて失礼しますよ、父上。今日の夜には出立します」


「うむ。計画の成功を祈るぞ」


 すでに息子が謀反を起こすつもりでいることなど露知らず、ドゼリーはのんきにラークスを見送る。……この時、彼が息子の内心を見抜いていれば歴史は変わっていた。


 が、歴史が変わることはない。リオが全てを知り、立ち上がるのは……そう遠くない未来の出来事なのだから。

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