163話―護送作戦前夜
エルディモスたちが魔界に撤退した頃、魔王城ではグランザームが優雅に音楽鑑賞を楽しんでいた。楽団が音楽を奏でるなか、側に控える魔王軍幹部――虎の獣人、ダーネシアが口を開く。
「グランザーム様。あのエルディモスという男……放置していていいのですか? 奴は今、例の少年との約束を破り大地へ侵攻しています。本人は上手く隠せていると思っているようですが……」
「知っている。奴が余をたばかり、何らかの方法で玉座を奪おうとしていることもな」
テーブルの上に置かれたグラスにワインを注ぎ、一口飲んだ後グランザームはそう答える。魔族を束ねる存在であるグランザームにとって、配下の動きはおおむね把握済みなのだ。
流石に、エルディモスが鎧の魔神レケレスを密かに捕らえていることまでは分からなかったが。
「……では、何故あやつを幹部に?」
「……出会ったからだ。余にとって終生の好敵手とも呼ぶべき者とな。その者に対する試練として……あえて奴を幹部に取り立てた。より強くなり、余に匹敵する力を養わせるために」
ダーネシアの問い掛けに、グランザームはそう答えた。リオをより強くするための捨て駒。それがエルディモスに与えられた、本当の役目なのだ。
リオがエルディモスに負けるなどとは微塵も思っていないことを察し、ダーネシアは口をつぐむ。彼自身も、リオが敗北するとは全く思っていなかった。
(……なるほど。エルディモスのキナ臭い動きをあえて見過ごしていたのにはそういう理由があったとは。グランザーム様がそこまで言うのならば、
心の中でそう呟きながら、ダーネシアは楽団が奏でる音楽に耳を傾けるのだった。
◇――――――――――――――――――◇
「……よし、これで準備は整った。明日、メルミレンへ向けて出発するとしよう」
「ハッ、かしこまりました。メルミレンにいる陛下の名代にバードメールを送り伝えておきます」
夜の闇が空を包む頃、メルンたちはメルミレンへ移動するための準備を終えていた。人造魔神たちとの戦いで破壊された宮殿の修復が瞬く間に終わったことに、リオは目を丸くする。
「凄いなぁ、ひとりでに破損箇所が直っちゃうなんて」
「驚きましたか? この国の建造物に使われているキカイには、自己修復の魔法がかけられているんです」
宮殿の見回りをしていたリオの背後から声がかけられる。振り向くと、そこにはセレーナ皇女がいた。セレーナに誘われ、リオは中庭に出る。
冷たい夜風が吹く中庭を散策しつつ、二人は言葉を交わす。セレーナは初めてリオと二人っきりになったということもあり、少し緊張しているようだ。
「えっと、その……リオ様、お母様を助けていただき、ありがとうございます。わたしにとって、頼れる人はもう、お母様しかいませんから……」
「セレーナさま……」
寂しげな表情を浮かべるセレーナに、リオは憐れみに満ちた視線を送る。セレーナは八年前の事件で、父親と姉弟を失っているのだ。
心に深い傷を負っているのだろう。今もかつての辛い記憶を思い出しているのか、手が震えていた。リオはそっと手を伸ばし、セレーナの右手を握る。
「え!? り、りりりリオ様! そ、そんな大胆な……」
「……辛かったよね、この八年。僕も……少しだけ、セレーナさまの気持ちが分かるよ。僕も、家族を亡くしてるから」
突然手を握られ嬉し恥ずかしビックリ仰天するセレーナに、リオは優しくそう告げる。リオもまた、赤子の頃に家族を失っているのだ。
しっぽを伸ばしてセレーナの身体を包み込み、リオはぎゅっと抱き締める。セレーナはリオが自分を慰めてくれようとしていることに気付き、そっと抱き締め返す。
「……セレーナさま。辛いこと、苦しいこと、全部吐き出してください。痛みを抱えたままじゃ、人は前には進めません。僕が全部、あなたの苦しみを、悲しみを……受け止めますから」
「リオ、様……わたし、わたし……!」
優しいリオの言葉に、セレーナはずっと心の中に溜め込んできたモノを抑え切れなくなってしまう。大粒の涙をこぼし、家族を失った苦しみを打ち明ける。
「ずっと、苦しかったんです。お父様も、お兄様も、お姉様も……みんな、みんな殺されて……わたしだけが、生き残って……。お母様も、あんな身体になって……」
「……」
リオは押し黙り、セレーナの言葉に耳を傾ける。ただただ、彼女の中から吐き出される悲しみを、全身で受け止め続けた。それが、自分がセレーナにしてあげられる、唯一の方法だと思っていたから。
しばらくして、心の中に溜め込んできたモノを全て吐き出し終えたセレーナは泣き疲れて眠ってしまった。リオは彼女をお姫様抱っこし、ふらふらと歩き出す。
「えっと、セレーナさまのお部屋はどこだろ……」
セレーナの寝室を探し、宮殿の中をうろうろと歩き回るリオ。しかし、彼にセレーナの部屋がどこにあるかなど分かるわけもなく、ひたすら放浪が続く。
あてもなく廊下を歩いていたその時、リオの背後から声がかけられた。
「なんじゃ、リオ。そこで何をしておる?」
「あ、陛下。実は……」
たまたま出会ったメルンに、リオはこれまでの経緯を説明する。メルンはどこか複雑な表情を浮かべた後、いたずらっ子のような悪い笑顔になる。
リオの耳元に顔を寄せ、とんでもないことを言い出したのだ。
「ふむ。ならリオよ、今日はそなたの部屋でセレーナを寝かせてやってたもれ」
「えええ!? い、いくらなんでもそれはまずいですよ!」
「ホホホ、問題などない。そなたらはいずれ夫婦となるのじゃ、今のうちに新婚気分を味わうのもよかろう?」
反対するリオだったが、メルンに押し切られしぶしぶセレーナを寝室に連れて帰る。とはいえ、流石に同じベッドで寝るわけにもいかず、リオはセレーナをベッドで寝かせ、自分は床で寝ることにした。
「はあ、陛下があんなこと言うなんて……。でも、それだけセレーナさまのことを想ってるのかな」
床にシーツを引きながら、リオはそう呟く。メルンにとって、セレーナはただ一人生き残った大切な娘。彼女を少しでも幸せな気分にしたい、という親心なのだろう。
「……おやすみなさい、セレーナさま」
リオはしっぽでセレーナの頭を優しく撫でた後、眠りに着いた。明日行われる、メルンの護送作戦の成功を祈りながら。
◇――――――――――――――――――◇
『ここは……見覚えがあるなぁ。また夢の中に来たみたい』
眠りに落ちてから数分後。リオはかつてベルドールと相対した夢の中の世界にいた。周囲をキョロキョロ見渡していると、どこからともなくすすり泣く声が響く。
耳を澄ますと、泣き声は少しずつリオに近付いてきていた。しかし、声の主は一向に姿を見せず、声だけが真っ白な空間の中にこだまする。
『しくしく……しくしく……』
『この声……君は一体誰なの?』
リオが問いかけても、答えは返ってこない。ただずっと、すすり泣く声だけがリオの耳に聞こえてくるだけだ。どうしたらいいのか分からず戸惑っていると、僅かに声が聞こえてくる。
『……けて。誰か、私を助けて』
『誰を? 僕は誰を助ければいいの?』
『私はレケレス。エルディモスという男に捕まっているの。私から力を奪って、魔神を作っているわ』
リオが再び問いかけた次の瞬間、彼目の前に突如一人の少女が現れた。カエルの頭を模した紫色のフードを被り、アメジストのうなきらびやかな服を来た少女はリオに懇願する。
苦しい、痛い、助けて、と。
『レケレス……そうか、君が最後の魔神なんだね。待ってて、必ず僕たちが君を助けるから!』
『造られた魔神たちを……倒して……。そうすれば、私の力が戻る……あいつのところから、脱出出来る……。だから……』
最後まで言葉を口にすることなく、レケレスは消えてしまう。それと同時に、リオの意識が現実へと引き戻されていく。
(待っててね。人造魔神なんて、僕たちがやっつけちゃうから!)
薄れゆく意識のなか、リオは心の中でそう誓うのだった。
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