162話―序曲の終わり

 モローとファティマの戦いが終わった頃、リオとバラルザーは激しい戦いを繰り広げていた。バラルザーはリーロンとフレーラの撤退をセンサーで感知し、ため息をつく。


「やれやれ。事前に己の裁量で撤退していい、とは言われていたが……堪え性のない奴らめ。私ならもっと粘るというものを」


「へえ、案外たいしたことないんだ……ね!」


 リオはそう言いながら、飛刃の盾を投げつける。バラルザーは盾を避けながら、リオの懐に飛び込んで掌底を叩き込む。すんでのところでガードが間に合い、リオは数歩後退る。


「たいしたことない? それは違う。我ら四人はまだリミッターがかけられた状態。そんな我らを相手に、お前の仲間の二人は切り札を使わねばならなかったようだぞ?」


 その言葉をバラルザーが口にした直後、床に空いた大穴からアイージャが戻ってきた。全身に傷を負い、苦しそうに表情を歪めている。


「あの象モドキめ、珍妙な技を使いおって……! 隠し球を使わねばならぬとは。まあよい、リオ、ここからは妾も力を……」


「おっと、邪魔はさせねえよ。おねんねしてな!」


「ぐあっ!」


 グレイシャを退け、リオに加勢しようとしたアイージャだったがエルディモスの放った魔法弾を受け気を失ってしまう。それを見たリオは、怒りの叫びを上げる。


「お前……よくもねえ様を!」


「おっ、怒ったな。俺を殴りたきゃバラルザーを倒してからにするんだな。ま、リミッターかかった状態のこいつに勝てねえようじゃ、俺を殴るなんて無理だがなぁ!」


 憤激するリオに対し、エルディモスは挑発する。よほど自分の造り出した人造魔神に自信があるのだろう、顔にはいやらしい笑みが浮かんでいた。


 バラルザーもエルディモスの期待に応えるべく、リオに猛攻撃を叩き込んでくる。拳の連打が襲いかかるなか、リオは右腕に装着した飛刃の盾を不壊の盾にチェンジする。


(……ほう、武装を切り替えたか。まあいい、小細工をしようが私の連撃からは逃れられん!)


 リオが守りを固めたのを見て、心の中でバラルザーはそう呟いた。ジャブを連打して盾を弾き、懐に拳を叩き込もうとするも、強固な守りを打ち崩すことが中々出来ない。


「チッ、硬い盾だ。そう簡単には壊せんということか!」


「そうだよ。なんてったって、この不壊の盾を壊せたのはファルファレーしかいないからね! そりゃっ!」


 バラルザーの拳を不壊の盾で弾き、リオは反撃に出る。盾による殴打を浴びせつつ、時折しっぽによる足払いによる牽制やフェイントを織り交ぜ攻撃を行う。


 盾による打撃のみならず、足元にも注意を払わねばならなくなりバラルザーは劣勢に追い込まれた。その様子を見ていたエルディモスは、苛立たしげに眉を吊り上げる。


「チッ、何を苦戦してやがる。少しリミッターを強くかけすぎたな。このままいいようにやられて負けたんじゃ腹の虫が収まらねえ……よし」


 自慢の人造魔神が劣勢に立たされていることが気に入らないエルディモスは、何かを閃き悪意に満ちた笑みを浮かべる。右手に魔力を集め、魔法弾をメルンめがけて放った。


「こうすりゃあ、女帝を守るしかねえよなぁ!?」


「卑怯だぞ、エルディモス! 陛下、今……」


 バラルザーへの攻撃を中断させるため、エルディモスはメルンを狙ったのだ。リオは卑劣な行いに怒り、メルンを守るためバラルザーから背を向けようとするが……。


「わらわに構うな、リオよ! この程度、防ぐのは容易じゃ!」


 そう叫ぶと、メルンは魔法壁を作り出しエルディモスの攻撃を防いだ。しかし、リオの注意が逸れた一瞬の隙を突き、バラルザーは後方へ飛び逃げてしまう。


「くっ、ボディにヒビが……。生身であるにも関わらず、なんという威力だ」


「バラルザー、もういいだろう。今回はこれで退こう俺の攻撃も防がれちまったしな」


 バラルザーが負傷したため、エルディモスは撤退することを告げた。リオは撤退を許すまいと飛びかかるも、エルディモスとバラルザーが転移石テレポストーンを使う方が早かった。


「じゃあな、坊主。今回はこれで退いてやる。だが、次はこうはいかねえぜ。リミッターを解除した人造魔神たちの恐ろしさを見せてやるからよ! ギャハハハハハハ!」


「待て! ……ダメだ、逃げられちゃった」


 すんでのところでエルディモスたちを取り逃がしたリオは、悔しそうに顔をしかめる。その後、戻ってきたファティマやモローと合流したリオはそれぞれ情報交換を行う。


 それぞれが戦った人造魔神についての情報をある程度話し終えたところで、アイージャが目を覚ました。アイージャはファティマと共にセレーナを迎えに行き、リオとモローは人形の残骸を片付ける。


「リオといったね、助かったよ。わし一人ではこやつらを片付けきれなかったろうからな」


「いえ、気にしないでください。陛下を守ることが出来てよかったです。それにしても、陛下は対応が迅速で凄いですね」


 エルディモスたちが撤退した後、メルンは即座に護衛の騎士を引き連れて街へ出ていった。市民たちに被害が出ていないかを確かめるためだ。


「まあ、な。だからこそ民からも慕われておる。特に、八年前に起きた魔王軍のマギアレーナ襲撃を生き残った者たちからは特にな」


「八年前の襲撃、かぁ……」


 破壊された自動人形オートマトンたちの残骸を集め、騎士たちに引き取ってもらいながら、リオはモローと話をする。八年前に起きた、帝国の悲劇を聞く。


「あの時、わしは北方にいてな。陛下をお守りすることが叶わんかった。オロン様を守れなかったことが悔しくて悔しくて……三日は立ち直れんかったワイ」


「それは……とっても、悔しかったでしょうね」


 モローの言葉を聞き、リオは考える。もし自分が、アイージャやカレンたちが危機に陥った時に側に居らず、守ることが出来なかったら……そんなことを考えただけで、背筋が凍り付く。


「リオよ。お主はわしのようになってはいけないよ。悲しい思いをするのは……わしらだけで十分だからな」


「うん……」


 なんともいえない雰囲気の中、秘密の地下道からセレーナたちが、マギアレーナ市街からメルンが戻ってきた。親子は生きて再会出来たことを喜び、互いを抱き締める。


「お母様! ああ、よかった……。本当に、無事でよかった……」


「済まぬな、セレーナ。心配をかけた。じゃが問題はない。何せモローやリオたちがおったからな」


 母の無事を喜び涙を流すセレーナに、メルンはそう答えながら頭を撫でる。しかし、喜んでばかりもいられない。エルディモスたちの襲撃で、マギアレーナの防衛力は大きく低下した。


 再び攻めて来られれば、持ちこたえることは出来ないだろう。そこで、メルンは北の城塞都市メルミレンへ移動することをリオたちに提案する。


「メルミレンは、八年前の戦いでも陥落しなかった鉄壁の要塞じゃ。わらわがメルミレンへ移れば、エルディモスとやらもこの街を攻撃することはあるまい。あ奴の狙いは、わらわの首じゃからの」


「分かりました。では、早速地下道へ……」


 オゾクがそう言うと、メルンは首を横に振る。どうやら、彼女には何か作戦があるようだ。


「いや、一ついい案がある。わらわ自らを囮とし、奴らを誘き寄せようではないか」


「な、なんですと!? いけません、そんな危険な真似など!」


「そうですよ! また今回みたいに大勢で来られたら、守り抜けるか分かりません!」


 メルンの言葉に、オゾクとリオはそう反論する。しかし、メルンは二人の言葉を聞き入れず、そればかりかさらに反論をしてみせた。


「問題はない。今回攻めてきた自動人形オートマトンの大半はリオとモローが破壊してくれた。例の人造魔神とやらも、対抗策が一つある。ガルキートよ、例の雪船があろう? 今回はそれを使う」


「ゆ、雪船ですか? 確かに、アレを使えば対抗出来るかもしれませんが……」


「ガルキートとやら、その雪船とはなんだ?」


 アイージャが問うと、ガルキートは雪船についての説明を始める。


「雪船というのは、我々帝国軍が雪原を素早く移動するために製造した軍艦のことです。特殊な魔法が施してあって、雪の上でも滑るように高速で動けるんです」


「なるほど。つまり、その雪船に乗り込みド派手にやり合おう、ということか」


 ガルキートの説明を聞き、アイージャはそう呟きながら何度も頷く。確かに軍艦があれば、人造魔神たちに対抗することも可能だろう。


 しかし、リオは不安だった。今回の人造魔神たちは、全員がリミッターをかけられ大幅に弱体化していた。だからこそ、一対一の戦いで撤退まで追い込めたのだ。


「……やっぱり、危険ですよ。確かに陛下が囮になれば、あいつらを誘き寄せるのは簡単です。でも、命は一つしかありません。陛下が死んだら、セレーナさまが悲しみますよ」


「わがまま君、それならこういう作戦はどうでしょう」


 その時、ファティマが何かを閃いたらしく、改良案を全員に告げる。それを聞いたリオたちは、これなら上手くいくと確信し頷いた。


「なるほど。その案ならば、陛下を危険に晒すことなく奴らを誘き寄せられる。よし、早速準備をしよう、ガルキート」


「ハッ、かしこまりました。オゾク様」


 エルディモスたちを倒すべく、リオたちの反撃が始まろうとしていた。

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