264話―燃えよ、エリザベート!

 エリザベートとノーグ、互いに本気を出した二人の戦士がぶつかり合う。岩塊のような姿へと変わったノーグは、上空にいるエリザベートへ手を伸ばし握り潰そうとする。


 対するエリザベートは、これまで以上にスピードを上げて縦横無尽に飛び回り、一撃離脱戦法ヒットアンドアウェイを繰り返す。少しずつ、体力を削っていくつもりなのだ。


「ちょこまかちょこまかと逃げ回りおって!! 叩き落としてくれるわ!! ストーンキャノン!!」


「そんな岩など、真っ二つにして差し上げますわ! はあっ!」


 そう叫ぶと、エリザベートは身体ごと剣を横に回し、飛んでくる岩を回転斬りで真っ二つにしてしまった。すぐさま急降下し、ノーグの股下に潜り込んで斬撃を見舞う。


 が、分厚い岩の塊のようなノーグの皮膚を僅かに切り裂いただけで有効打とはならなかった。鋭い爪を振りかざし、ノーグはエリザベートを捕まえようとする。


「そーら、握り潰してやるぞ!!」


「そうはいきませんわよ、フレアストライク!」


 エリザベートはタイミングを見計らい、伸びてきた手に向かってレイピアでパリィを行う。弾かれたノーグに手に向かって、すかさず炎を纏った突きを放つ。


 狙うのは硬いウロコに覆われた手のひらではなく、爪の方だ。幸い、爪はウロコほどの強度はなかったようで、力を込めることで貫くことが出来た。


「このまま引っ張って、爪を引っこ抜いてやりますわ! せりゃあっ!」


「フン、たかが爪の一つや二つ、抜かれたところで痛くもかゆくもないわ!! ビッグロック・ナックル!!」


 普通の人間にとっては、生爪を剥がされるというのは耐え難い痛みを伴うものだ。古くから拷問や尋問の手口としても使われるほど、その傷みますは強い。


 が、竜の再生能力を持つノーグにとっては全くのノーダメージらしく、逆に反撃を誘発することとなった。しかし、エリザベートの考案した作戦のためには、爪を抜く必要があった。


「くっ……きゃあっ!」


「ガーッハハハハハ!! 地に落ちたな!! そーら、踏み潰してやるぞ!!」


 拳そのものは避けられたものの、腕を振ったことで発生した風にあおられエリザベートは墜落してしまう。ノーグは爪の再生を後回しにし、攻撃を優先する。


 左足を振り上げ、エリザベートを踏み潰すために勢いよく地面へ叩き付ける。咄嗟に地面を転がって避け、エリザベートは辛うじて難を逃れた。


 が、一度地上という相手のホームグラウンドに降り立ってしまえば、苦戦は必至と言えた。事実、エリザベートは空へ逃げるタイミングをことごとく潰されてしまう。


「どれだけ逃げ回ってもムダだぜ!! おとなしく踏まれちまいな!!」


「そうは……はっ、いきませんことよ!」


「フン、強がっていられるのも今のうちだけだ!! ガイアスパイク!!」


 ノーグは全力を込めて地面を踏み抜く。すると、石畳の下の土が隆起し、無数の槍となってエリザベートを貫こうとする。それを見たエリザベートは、逆に攻撃を利用した。


「あら、親切ですわね。わざわざわたくしが空に戻る手助けをしてくれたのですから!」


「なっ!? こいつ、ガイアスパイクの側面を!!」


 絶体絶命の危機に陥ったかに見えたエリザベートだったが、鋭く尖っているのはスパイクの頂点のみであることを逆手に取り、上へ伸びる土の側面を蹴って空へ舞った。


 師匠であるリオのように機転を利かせ、自らの知恵で窮地を脱してみせたのだ。驚いているノーグへ、エリザベートはお返しとばかりに攻撃を叩き込む。


「さあ、今度はわたくしの番ですわよ! これでも食らいなさいっ!」


「なにを……ぎゃああああああ!!」


 先ほど剥がした爪の生えていた場所に、勢いよくレイピアを投げ付けた。再生を後回しにしたことが裏目に出てたようだ。レイピアは深々と肉に突き刺さる。


 耐久力の鬼のようなノーグも流石にこれは堪えたらしく、悲鳴をあげながらレイピアを引き抜こうとする。が、爪が大きすぎてうまくレイピアを摘まめないようだ。


「ぐああああ!! いてぇじゃねえか!! ああクソッ、全然掴めねえ!!」


「あらあら、いい歳した大人がみっともない声ですわね。では、そろそろ終わりにして差し上げますわ。奥義……火迅流!」


 そう叫びながら、エリザベートは右腕を前方に伸ばし指を鳴らす。すると、レイピアに宿っていた炎が濁流となり、ノーグの身体の中へ流し込まれていく。


 カレンがシルティにおこなったのと同様に、全身が竜のウロコに覆われ外へ攻撃を逃がせない弱点を突いて撃破する作戦を立てていたのだ。が……。


「ぐぬううう!! くだらぬ、そんな攻撃、これまで何千と受けてきたわ!! 俺にはちゃーんと対処法があるんだよ!!」


 そう叫ぶと、ノーグは己のしっぽの先端を噛み切ってしまう。血がしたたるしっぽを地面に突き刺し、体内を焼く炎の濁流を地中に逃がした。


 この行動は、エリザベートにとって予想外であった。が、彼女は驚くよりも前に勝利を確信した笑みを見せる。


 エリザベートの作戦は、二段構えだったのだ。


「やはり、炎を体外へ逃がしましたわね? まあ、自分のしっぽを噛みちぎって地中へ逃がす、というのは予想外でしたが……むしろ、都合がいいですわ」


「ん? 何を言って……!? な、なんだ!? 足が沈んで……」


 怪訝そうな顔をしていたノーグは、すぐに異変に気付いた。石畳が溶け、少しずつ自分の身体が埋没し始めていたのだ。抜け出そうにも、溶けた石畳が足にくっついてしまう。


 しっぽを通して地中へ炎を逃がしたことで、逆に自分の首を絞めてしまったのだ。


「残念でしたわね。そもそも、わたくしの扱う炎は大きな瓦礫すら蒸発させてしまう超高温ですのよ? そんなものを地中に逃がしたらどうなるか、想像出来ませんでしたの?」


「ぐううう、おのれぇ~!!」


 上空から自分を見下ろし、偉そうな態度で挑発してくるエリザベートを見上げながら、ノーグは歯ぎしりをする。彼が取るべきだった最善の行動は、さっさと爪を再生させることだった。


 相手の実力を甘く見て、セルフケアを怠ったが故の、手痛いミス。誇り高き四竜騎の一角として、到底許される失態ではない。


「ぐぬううう!! 身体が抜けぬうう!! ウロコが溶けて土と融合してやがるのか!!」


 足を引き抜こうともがくノーグだが、身体を覆うウロコが炎の熱で融溶し、溶けた土と混ざってしまっているせいで抜くことが出来ない。


 逆にもがけばもがくほど、炎が活発化して土が溶ける速度が早まりどんどん埋まっていく。事ここに至って、まだレイピアをどうにかしようという発想が出ないようだ。


「何をやっている、ノーグ! さっさとそのレイピアが刺さっている指を切断したらどうだ!」


「はっ、そうか!! その手があったぜ!!」


 ダンスレイルと交戦していたディーナは、ノーグのあまりにも酷い醜態を見て怒鳴り声をあげる。仲間のアドバイスを聞き、ようやくノーグは指を切り落とす。


 ノーグの体内を駆け巡っていた炎の噴出が止まり、地面とウロコの融溶も止まった。後は足を引き抜き、反撃に転じるだけ……そう思われたが、そうはいかなかった。


「残念でしたわね、判断が遅すぎですわ。あれだけの炎で体内を焼かれて、無事でいられると思いまして?」


「な、に……ぐふっ!!」


 次の瞬間、ノーグは口からマグマのように煮え立った血を大量に吐いた。いかに頑強な竜騎士と言えど、十分以上体内を炎に焼かれれば致命傷は免れられない。


「が、ふっ……クソッ、かくなる上はあああああ!!」


「ムダですわ! 今度こそ絶命しなさい! 駿炎双裂波!」


 最早、まともに戦うことは出来ない。そう悟ったノーグは、一撃でエリザベートを葬ろうとする。相手が動くより早く、エリザベートは新たにクレイモアを作り出す。


 そして、一瞬でノーグに接近し燃える刃でX字状に相手の身体を切り裂いた。どろどろに溶けたウロコは最早鎧の役割を果たさず、剣閃によって切り裂かれる。


「バカ、な……」


「これで、おしまいですわ」


 ノーグが崩れ落ちるのと同時に、エリザベートは地に降り立ちクレイモアを地面に突き立てる。すると、地中でくすぶっていた熱が消え、大地が冷えていく。


 これで終わったかに見えたが……。


「バカめがあああ!! 背中ががら空き……ぐはあっ!! ディーナ……な、ぜ」


 辛うじて息があったノーグは、エリザベートを背後から襲おうとする。が、上空から飛んできたトライデントに心臓を貫かれ、今度こそ絶命した。


「いいのかい? 彼、仲間なんだろう?」


「先ほどまではな。だが、奴は失態を重ね過ぎた。四竜騎の面汚しと言っても過言ではない。だから、制裁を加えたまで」


 ダンスレイルの攻撃を避けながら、ディーナは淡々とそう答える。戦いが終わったエリザベートは加勢しようとするも、それを見たダンスレイルは叫ぶ。


「ダンスレイルさん、わたくしも加勢しますわ!」


「いや、こっちは大丈夫さ! それより、まだしぶとく生き残ってる竜がいる。そいつらがリオくんのところに行かないように、殲滅してきておくれ!」


「分かりましたわ。ご武運を!」


 そう言い残し、エリザベートは宮殿へと向かう。彼女の戦いは終わり、今度は……深き森の王たる、フクロウの出番だ。

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