229話―暗き月、出陣

 デストルファイブを撃破し、魔導飛行要塞ジャスティスデストロイヤーを撃墜したリオたちは、救援にやってきた猟兵団の面々と合流し屋敷へ帰還する。


 ディシャが裏切り者であったこと、ジールが秘密裏に調査をしていたこと、そして彼の死……一連の出来事を聞かされ、エドワードはしばし沈黙する。


「そうか……ジールの奴、最後の最後で……。ありがとう、リオくん。君のおかげで、最小限の犠牲で被害を抑えられた。……ジールは俺の方で丁寧に弔わせてもらうよ」


「そうしてあげてください。ジールさんのおかげで、僕は助かったので」


 礼を言うエドワードに、リオはそう答える。続いて、エドワードはダンテの方に顔を向け、久しぶりの親子の再会を喜び笑顔を浮かべた。


「久しぶりだな、ダンテ。その顔じゃ、元気にやってそうだな」


「まあな。こっちはこっちでいろいろあったけどよ、オレは相変わらずだ」


「……そういえば、なんでエドワードさんはドラゴンゾンビ退治にダンテさんじゃなくて僕を呼んだんですか?」


 肩を小突きあいながらそう言葉を交わす二人を見て、リオはこれまで頭の片隅にあった疑問を投げかけた。すると、ダンテは居心地が悪そうにうつむき、理由を話し出す。


「いや……な、オレさ、ニガテなんだよ。ガキの頃からゾンビとかリビングデッドみてえな奴らがさ。見ただけで冷や汗が止まらなくなるんだよ……」


「というわけだ。ダンテにゃドラゴンゾンビの討伐なんぞ無理だからな、君を呼んだんだよ」


「な、なるほど……」


 リオの想像よりもかなりしょうもない理由ではあったが、誰だって苦手なものの一つや二つはある。あまり追及するのも可哀想なので、リオは何も言わなかった。


 その時、三人がいる部屋の扉がノックされる。エドワードが入室を許可すると、デネスが入ってきた。猟兵団の今後について、話があるのだろう。


 リオとダンテは話し合いの邪魔にならないよう退室し、レケレスとエリザベートがいる客室へ向かう。部屋に入ると、レケレスは眠っていた。


「あら、お話はもう終わりましたの? 師匠」


「うん。そんなにかからなかったよ。……おねーちゃんは寝ちゃったんだね」


「ええ、お疲れだったようですわ」


 エルカリオスたちと共に、ジャスティスデストロイヤーを相手に大立ち回りをしたレケレスは、疲れ果てて眠ってしまったようだ。部屋にはまだ空いているベッドが二つあり、そのうちの一つにリオは座る。


 緊張の糸が切れ、戦いの疲れが一気に押し寄せてきたリオはふらふらと頭を揺らした後ベッドに倒れ込む。エリザベートが声をかける前に、深い眠りに着いてしまった。


「師匠もお疲れですわね。ぐっすりお眠りくださいまし」


「なんだ、嬢ちゃんは眠くないのか?」


「わたくしは先ほどまで眠りましたから。今はもうスッキリですわ」


 ダンテの問いにそう答えた後、エリザベートはいそいそと毛布を取り出しそっとリオにかける。すやすやと眠る愛しい少年の頭を撫でていると、首飾りの中からエルカリオスの声が響く。


『……休んでいるところ申し訳ないが、何やら帝都の方角から不穏な気配が漂ってきているな。まだ気配は小さいが、恐らくは敵だろう』


「おいおい、そりゃまずいんじゃねえのか? 早く戻った方が……」


『その必要はない。帝都の守りはアイージャたちに任せてある。あ奴らも我が妹だ、そう簡単には敗れることはないだろう。それに、今回は……何やら、神が動きそうな気配もあるからな』


 新たなる敵の気配を捉えたエルカリオスだが、慎重派の彼には珍しく楽観的な態度を見せる。どうやら、何か確信があるらしい。


『帝都に向かっている敵は、確かに強大な存在だろう。だが、魔力に違和感がある。まるで、死者が甦ったかのようないびつな魔力だ』


「つまり、どういうことですの?」


 どこかつかみどころのないエルカリオスの言葉に、エリザベートが問いかける。そんな彼女に、剣の魔神は自身の考えを語って聞かせた。


『もし仮に、だ。帝都に向かっている敵が、死者の眠る地……鎮魂の園から逃げ出してきた者だとすれば、創世六神が放置することはない。必ず、何かしら手を打つだろう』


「つまりアレか、ほっといても神さんがなんとかするから問題ない、ってことか?」


『端的に言えばそうだ。とはいえ、激突は避けられないだろう。ま、アイージャたちにはちょうどいい試練だ。今回の敵と渡り合えないようであれば、この先の戦いにはついてこられぬだろうからな』


 妹たちの危機だというのに、エルカリオスはそんな呑気なことを言う。しかし、彼は妹たちを見捨てたのではない。むしろ、妹たちが今回の戦いを乗り越えられるだろうと信じているのだ。


 たとえ自分やリオがいなくとも、力を合わせれば打ち勝てる。エルカリオスの確信は――現実となる。そのことを、まだ誰も知らないが。



◇―――――――――――――――――――――◇



「いやぁねえ、私が先鋒だなんて。まったく、人使いが荒いわね」


 帝都ガランザから数キロ離れた草原地帯に、オリアがいた。グレイガの命令により、帝都ガランザ攻略の下準備をするため派兵されたのだ。


 本人としては、せっかく実力を計ったリオと対決するつもりであったが、命令とあればそうはいかない。後のお楽しみだと自分を納得させ、帝都に向かう。


「さて。早く終わらせて帰りましょう。早くあの方の元に戻りたいもの」


 そう呟きながら、オリアは右手に火の玉を作り出す。遠目に見える帝都の防御壁に狙いを定め、軽く手を振った。すると、凄まじい勢いで火の玉が射出され、壁に叩き込まれる。


 壁に当たる直前、火の玉が巨大化し通路の上にいた見張りの兵を一瞬で焼き尽くす。防御壁も崩れ、大騒ぎになる。その隙を突いて侵入しようとするオリアだったが、そう簡単にはいかないようだ。


「おっと、壁を壊すなんて嫌ないたずらをするね。これはお仕置きしないといけないな」


「あらあら。もう気付かれちゃった。……いえ、最初から見られてた、かしらね」


 上空を飛び回り、帝都周辺の哨戒をしていたダンスレイルが降り立ち、オリアの前に立ち塞がったのだ。ダンスレイルは腰に手を当て、堂々と立ちながら相手を観察する。


「ふふ、エル兄さんの言った通りに見回りをしていて正解だったよ。リオくんがいない隙を突いて敵が来るかもとは思ってたけど……本当に来るとはね」


「あらあら、全部お見通しってことね。まあいいわ。誰が相手でも関係ない。私の呪われた炎で消し炭にしてあげる」


「やってごらん。私を全員倒せるならね!」


 次の瞬間、ダンスレイルは巨斬の斧を呼び出しつつ上空へ飛び上がる。その直後、地面が泥化し、ぬかるみへ変化した。足首まで泥の中に埋まり、オリアは身動きが取れなくなってしまう。


 彼女が目を丸くしていると、泥の中からクイナが姿を現す。全身を水のスーツで覆い、泥の中を泳いで移動出来るようにしていた。


「じゃじゃーん! これぞゴブリン忍法『泥湖沼の術』! どう? 驚いた?」


「あらあら、いきなりのご挨拶ねえ。私、驚いちゃった……なぁ!」


「うわっと! 危ない危ない! 泥の中に潜れば当たんないもんね!」


 オリアの手から放たれた炎の槍を避け、クイナは泥の中に潜る。その間にダンスレイルが急降下し、勢いよく斧を叩き付けた。火の壁に阻まれるも、次の一手の布石には十分だった。


「クイナ、今だ!」


「はいはーい! ゴブリン忍法『泥大蛇オロチの術』!」


 水面から顔を出したクイナが叫ぶと、泥の一部が盛り上がり、大きな蛇となってオリアに襲いかかる。八匹の蛇が同時に襲いかかるも、暗月の女神が操る炎によって消し炭にされてしまった。


「その程度かしら? 肩透かしね、全然面白くないわ」


「これから面白くなるさ。私たち四人がいる限り……誰一人、帝都には土足で踏み込ませないよ」


 右手に炎の塊を乗せたオリアに、ダンスレイルはそう宣戦布告する。魔王軍最古参の幹部との戦いが、幕を開けた。

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