109話―暗躍する旋風

 結界に起きた異変により、キウェーナ島全域に避難警報が発令された。島民が王国兵の案内で避難している間、カレンとクイナは王宮の外に出る。


 異変の原因を突き止め、結界の変異を止めようと試みるも、その試みは失敗に終わった。凄まじい風が吹き荒れており、王宮と街を隔絶してしまっているのだ。


「すげえ風だな……。これじゃ外に出られやしねえ。一体どうなってやがるんだ?」


「なんだろねえ。不思議と嫌な感じはしないんだけど……」


 クイナには、結界が島民を脅かそうとしている風には見えていなかった。どちらかと言うと、外にいるに攻撃され、苦しんでいるように見えていた。


「まあ、とにかくだ。この風が収まるまでは王宮から出られん。幸い、街の方は問題ないと水晶で連絡があった。しばらくここで待っててくれ」


「だな。ま、いっか。鍵は手に入ったし。な、クイナ」


「まあ、そうだね……」


 少々アクシデントはあったものの、無事ゴッドランド・キーを確保し、カレンは余裕綽々な態度を見せる。そんなカレンとは対照的に、クイナは窓から空を見上げていた。



◇――――――――――――――――――◇



「アア……アアア……!」


「これは驚いた。結界そのものが魔獣に変化するとは。だが……フッ、このダンテ様の敵じゃあねえな!」


 結界の外側で、空飛ぶ戦車に乗った男――ダンテが戦っていた。結界が変化し、巨大な髑髏となってダンテに襲いかかるも、ヒラリヒラリとかわされてしまう。


 ダンテは右手で戦車に取り付けられた手綱を操りつつ、左手に風の槍を作り出して投げつける。槍が結界を貫き、島の中に暴風を発生させてしまっていた。


「ちっ。どうもまだ上手くをコントロール出来てねえな。グリオニール、こんな感じでいいんだよな?」


『……フッ。ギリギリで及第点といったところか。だが、まだまだこんなものではないぞ? 漆黒なる破壊の旋風かぜを作り出すための……』


「はいはい、今はそれはいいから。さっさとアレを片付けるぞ!」


 首から下げている灰色の首飾りに向かってダンテが問うと、やたら物々しい口調で答えが返ってきた。どこか格好つけている声の主に聞こえないよう、ダンテはため息をつく。


「……やれやれ。こんなことになるなら、あんな神殿探索するんじゃなかったぜ。ま、リオの助けになれんならいいけど……よ!」


「アアアアアアア……!!」


 風の槍に貫かれ、髑髏は悲鳴を上げる。自らが受けたダメージをダンテに跳ね返そうと光線を発射するも、首飾りに吸収され不発に終わってしまった。


『おっと、そうはいかないな。この私と旧き盟約を交わせし者を死なせるわけにはいかんのだよ。さあ、反逆者が生み出せし禁忌の落とし子よ! ここで我が風に討たれるがいい!』


「さっきからうるせえ! 少し黙ってろ! 槍の魔神だかなんだか知らねえが、次変なこと言ったら投げ捨てるからな!」


『……ごめんなさい』


 漫才染みたやりとりをしつつも、ダンテは着実に髑髏を弱らせていく。何度目かの槍の攻撃ののち、首飾りの中に封じられているグリオニールが叫んだ。


『主よ! 次の一撃で奴を殺せるぞ! さあ、我が力を存分に振るうがいい! 約束された勝利を我らが手に!』


「……もうツッコむ気も失せた。さっさと……終わらせてやる!」


 グリオニールにいちいちツッコミを入れるのに嫌気が差してきたダンテは、巨大な風の槍を撃ち込み、髑髏を消滅させた。結界が消え、破壊の旋風かぜもまた止んだ。


 結界の消滅を見届けたダンテは、戦車を駈りロモロノス王国を去っていく。彼は、まだリオたちと合流するべきではないと考えていた。


「さて、必要なことは終わったし帰るか。ユグラシャード王国の結界も破壊したしな」


『よいのか? 彼らに会わなくて。ま、私もまだ新しい弟や妹に会うつもりはないがね』


 ダンテが王宮にいるカレンたちとの合流を止めたのには、二つの理由があった。力のコントロールが不完全な状態で合流しても戦力にならないということ。


 そして、もう一つは……ここぞという場面で、特大のサプライズとして合流するつもりでいたからだ。


「まだ俺たちが手を貸さなきゃならねえほど事態も切迫してねえみたいだし、少しくらい修行してきてもバチは当たらねえよな。なあ、リオ」


 そう呟いた後、ダンテは東の空へと消えていった。



◇――――――――――――――――――◇



「見て! 風が止んだよ!」


 暴風が止んだことにいち早く気が付いたクイナが叫ぶ。ランダイユは兵士たちに命じ、偵察へ向かわせる。兵士たちの帰りを待っていると、カレンとクイナは何かを感じたらしく互いの顔を見合わせる。


「……なあ、クイナ。気のせいかもしれねえけどよ、なんか懐かしい気配を感じなかったか?」


「奇遇だね。拙者もだよ。さっきの風といい、なにが起きているのやら」


 二人が首を傾げていると、しばらくして偵察に出ていた兵士たちが戻ってきた。街に異変はなく、結界が跡形もなく消えていくことを確認したという。


 報告を聞き終えたランダイユは兵士たちに労いの言葉をかけ、休むよう伝えて玉座の間から退出させる。落ち着いたところで、ようやく金庫がクイナに手渡された。


「ドタバタしちまって悪かったな。持って行きな。この世界のこと……よろしく頼むぜ!」


「にんにん。任せておいて。この王国みたいに、ちゃっちゃと救っちゃうからさ!」


「ああ! アタイらに任せておきな!」


 クイナとカレンは頷き合い、ニッと笑った。



◇――――――――――――――――――◇



 一方、聖礎エルトナシュアでは、バウロスが一人瞑想をしていた。そこへ、よろめきながら一人の女が近付いてくる。ファルファレーの力で蘇生したジェルナだ。


「バウロス……結界が消えた。四つのうち、魔界を封じているもの以外の三つが」


「なに? アーティメル帝国の結界だけでなく、残りの二つもだと?」


 ジェルナの言葉に、バウロスは瞑想を止め片目を開ける。ジェルナは頷き、懐から小さな水晶玉を取り出し映像を映し出す。


「この男だ。ユグラシャードとロモロノスの結界を、風の槍で破壊していった」


「何者だ? ジェルナ、お前の先天性技能コンジェニタルスキルなら正体を探れるはずだ。やってみろ」


 バウロスの言葉に頷き、ジェルナはそっと映し出されたダンテに触れる。彼女の持つ先天性技能コンジェニタルスキルである、接触解析セットスキャンが発動しダンテのデータが解析されていく。


「ほう、なるほど……。この男は人間の冒険者だ。だが、ただの大地の民風情が結界を……!? 待て、こいつが持っている首飾りは……!」


「どうした? 首飾りがなんだというのだ?」


 ダンテに続いて首飾りの情報を解析したジェルナは、動揺を隠せず狼狽えてしまう。バウロスに問われ、ジェルナは深呼吸をした後答えた。


「……あの首飾りの中に、魔神の魂が入っている。中にいるのは……槍の魔神グリオニールだ」


「なんだと!? バカな、奴を封印している神殿はメーレナ家の者たちに命じて監視させていたはず! 何故奴が……」


 バウロスもまた狼狽えるも、すぐに冷静さを取り戻す。ジェルナの方へ顔を向け、彼女に指令を下した。


「……緊急事態だ。ジェルナ、お前はすぐにメーレナ家の本拠地へ行け。奴らと合流しダンテの行方を追うんだ。なんとしても、盾の魔神との接触を阻止しろ!」


「任せて。行ってくる」


 ジェルナは虚空から二振りの剣を取り出し、腰に装着する。早足で聖礎を去り、メーレナ家の本拠地がある場所へと向かって行った。



◇――――――――――――――――――◇



「着いた! ……うー、相変わらず凄い吹雪だなぁ……。早くいかないと凍死しちゃうよ」


 その頃、何も知らないリオは界門の盾を使い、大陸の北の果てへ来ていた。彼の目的地はただ一つ。自身とも深い関わりがある世界四大貴族の一角……バンコ家の邸宅だ。


 餅は餅屋の理論に則り、リオはバンコ家の力を借りてメーレナ家と接触しようと考えたのだ。吹雪の中、リオは道なき道を進みバンコ家の邸宅へたどり着いた。


「ごめんくださーい! 誰かいますかー!?」


「はい、ただいま。こんな吹雪の中どちらさ……あら、師匠! お久しぶりですわ!」


 玄関の扉をノックすると、バンコ家時期当主候補の一人――エリザベート・バンコが姿を現した。

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