79話―闇と猫とギロチンと

 魔族の仕掛けたワイヤートラップを突破したリオたち。トリトン城を目指し、上り坂を進む。先頭を進んでいたアイージャは、微かな物音を捉え手でリオたちを制する。


「……二人とも、待て。何か音が聞こえる……。ふむ、これは……何かが揺れているのか?」


 その言葉に、リオとダンスレイルも耳を澄ませて音の正体を探る。しばらくそうしていると、坂の上のほうから何かが風を切る音がリオたちにも聞こえてきた。


 慎重に歩を進めた彼らは、やがて音を発している物のある場所にたどり着いた。空中に浮かんだギロチンの刃が、ひとりでに振り子のように揺れていたのだ。


「やれやれ、ワイヤーの次はギロチンときたか。魔族たちもなかなかやるねぇ」


「そうだね、ダンねえ。ギロチンは……全部で六つかぁ。動きも全部違うし、無事通り抜けられるかな……」


 そんな会話をしながら、リオはギロチンの刃を見つめる。六つの刃はそれぞれが全く違う揺れ方をして道を塞いでいた。坂道は両脇とも魔力の壁によって閉ざされており、迂回することは出来ない。


「よーし、ここは僕が……」


「いや、ここは妾に任せておくれ、リオ。この先何があるか分からぬからな、リオは魔力と体力を温存しておくのだ」


 ギロチンを攻略しようと意気込むリオを、アイージャが制止する。懐から取り出したアムドラムの杖を掲げ、白銀の胸当てと籠手、具足を纏う。


「おや? 今回はえらく軽装だね、アイージャ」


「うむ。あのギロチンを破壊するのには身軽な動きが必要と見たからな。リオ、姉上、行ってくる」


 ダンスレイルとそんなやり取りをした後、アイージャは闇夜に浮かぶギロチンを見据え一気に走り出す。後続のリオたちのことを考え、ギロチンを全て破壊するつもりでいた。


 最初に待ち受ける一つ目のギロチンに接近し、勢いよく迫ってくる刃を避ける。ギロチンが戻ってくるよりも早く飛び上がり、ローリングソバットを叩き込み粉々に砕いてみせる。


「うむ、まずは一つ目!」


「すごーい! ねえ様、頑張れー!」


 洗練された鮮やかな動作に、リオは感嘆し声援を送る。愛する者のエールを受けて俄然やる気を出したアイージャは、瞳を金色に輝かせ次なる目標へ向かう。


「フッ、ここまで応援されているのだ……下手を打つわけにはいかぬな! ハッ!」


 二つ目の円形のギロチンは、不規則にジグザグ動きながらアイージャへと接近してくる。捉えどころのないギロチンの動きを目で追いながら、アイージャは呼吸を整える。


「……今だ!」


 ギロチンの動きを見切ったアイージャは、薄皮一枚の距離で刃を避ける。すぐさま裏拳を叩き付けて粉微塵にし、二つ目のギロチンも難なく突破し先へと進んでいく。


「わあー、やっぱりねえ様は凄いや。僕じゃあんな動き、出来そうにないもん」


「アイージャは私たち兄妹の中で、一番動体視力が優れているからね。あんなギロチン程度じゃ、アイージャはすぐ見切れるよ」


 またもや感嘆するリオに、ダンスレイルが誇らしげにそう答える。妹の活躍を、ダンスレイル自身も喜んでいるのだ。


「あと四つか……案外、楽やもしれ……むっ!」


 難なく二つのギロチンを突破したことに気を緩めていたアイージャは、何かを察知し後ろへ飛び退く。次の瞬間、彼女が立っていた場所をハサミのような形をしたギロチンが攻撃していた。


「フン、小賢しい。そんなもので妾を仕留めようなど、百年は早いわ!」


 再び自分目掛けて飛んできたハサミ型ギロチンの刃を掴み、閉じようとするギロチンを、アイージャは握り砕いた。ついでに地面に叩き付け、真っ二つにへし折る。


 その様子を見たリオは、こっそりと心の中で誓う。アイージャを怒らせないようにしよう、と。なんだかんだで三つのギロチンを攻略し、アイージャは先へ進む。


 続いて現れた四つ目と五つ目のギロチンは、二つで一組の何の変哲もなものだった。これまでのものとは違い、空中に浮かんだまま微動だにしていない。


「ふむ……? 何かおかしい。このギロチン、どこかに仕掛けがあるはず。なら……」


 ここまできてただのギロチンなわけがないと踏んだアイージャは、カラクリを暴くべく一計を案じる。籠手の一部を切り離し、ギロチンの方へ投げつけた。


 すると、向かい合ったまま制止していたギロチンが突如動き出し、赤熱しながら籠手のパーツを挟み潰してしまう。それを見て、アイージャはため息をつく。


「……果たして、アレをギロチンと呼んでいいのやら。まあよい。カラクリさえ分かれば対処法などいくらでもある!」


 そう叫び、アイージャは再びアムドラムの杖を掲げる。彼女のしなやかな身体を重厚な鎧が覆っておき、全身を密封した重装備へと変わった。


 その状態のまま四つ目と五つ目のギロチンに飛び込んでいくアイージャを見て、リオは思わず危ない、と叫ぶ。が、彼の心配は杞憂に終わる。


 アイージャは迫りくるギロチンを両手で受け止めたのだ。熱を籠手で遮断しつつ、魔力を流し込んでギロチンを破壊しようとする。が……。


「よし、このまま……なに!?」


「ねえ様、危ない! シールドブーメラン!」


 その直後、六つ目のギロチンが身動きの取れないアイージャの首を切り落とすべく飛来してきたのだ。リオは咄嗟に飛刃の盾を作り出して投げ、ギロチンを撃ち落とす。


「済まない、助かったぞリオ。フン、妾のような方法を取っている者を潰すための策か……。巧妙なものだ。だが……妾は一人ではない! そんな策、ムダだ!」


 アイージャは四つ目と五つ目のギロチンを粉微塵にした後、地に落ちた最後のギロチンを踏み砕いた。計六つ、全てのギロチンを攻略したアイージャに、ダンスレイルが拍手を送る。


「いやぁ、お見事お見事。流石は我が妹だ」


「……姉上よ。せめて最後のアレくらい手助けしてくれてもよかったのではないか?」


「んー? いやいや、自分に任せろって大見得切ってたし? それにリオくんのおかげで助かったんだしいいじゃん、ねえ?」


 ジト目でダンスレイルを睨んでいたアイージャだったが、やれやれとかぶりを振って話を打ち切る。さっさとトリトン城へ向かおうとした三人の元に、声が届いた。


「クックックッ、見事だったぜェ。流石アイージャだ。あんなチンケな罠ごときじゃ死なねえか」


「その声は……バルバッシュ!」


 リオが叫ぶと、彼らが目指す道の先から薄笑いを浮かべたバルバッシュが現れた。が、その身体は半透明になっており、向こう側の闇が見えている。


「クヒャヒャヒャヒャ! その通り! と言っても、俺は分身だがな。本体はとっくにキウェーナ島にいるぜェ? お前のオトモダチをぶっ殺しになァ」


「エッちゃんたちのことか! お前なんかの好きにはさせないぞ!」


 からかうような口調で挑発してくるバルバッシュに怒りを燃やしつつ、リオは飛刃の盾を両腕に装着する。そのまま殴りかかろうとするも、ダンスレイルに止められてしまう。


「待ってリオくん。多分、バルバッシュの狙いはここに私たちを留めておくことだと思う。その間に、クリスタルの守りを固められたら面倒だ。ここは私たちに任せて、先に行って!」


「でも……。分かった。二人が勝つって、僕信じてるから!」


 リオはバルバッシュの相手をダンスレイルたちに任せ、一人トリトン城へ向かう。当然、それを許すバルバッシュではない。リオ目掛けて、手牙を開き襲いかかる。


「ハッ! 先に行かせるわけねェだろうが! まずはてめえから……うおっ!?」


「姉上の言葉を聞いていなかったか? 貴様の相手は妾たちだ、兄上!」


 アイージャはしっぽを伸ばし、リオに襲いかかろうとするバルバッシュの足首を掴んで転ばせる。バルバッシュが起き上がる前にと、リオはトリトン城を目指す。


「チィッ、邪魔しやがって! いいぜ、そんなに死にてえンならまずはてめえらから始末してやる!」


「フン、分身風情が調子に乗るんじゃないよ。私たちが本気でかかれば……お前に負ける道理はない」


 闘争心と殺意を剥き出しにするバルバッシュに、ダンスレイルはそう啖呵を切る。巨斬の斧を作り出し、石突きを地面に叩き付けながら目を細める。


「……アイージャ。早くリオくんに追い付くためにも、フルスロットルでいくよ。ちゃんとついてきておくれよ?」


「問題ない。ビーストソウルの解放は出来ぬが……アムドラムの杖と姉上の力があれば千人力だ」


 アイージャとダンスレイルは互いに言葉を交わした後、バルバッシュを見据える。魔神の兄妹の、第二ラウンドが幕を開けようとしていた。

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