45話―新たな戦いへ

 魔界、キルデガルドの研究所。リオとの邂逅を果たした彼女は、ローズマリーの身体に憑依させていた魂を己の肉体に戻し意識を覚醒させる。


 ふう、と息を吐いた後近くにある机の上に乗っていた呼び鈴を鳴らし部下を呼ぶ。部屋の扉がひとりでに開き、薄暗い廊下の奥から二人の人物が現れた。


「……お呼び、ですか? お母様」


「ワタシたちにご用で?」


 現れたのは、瓜二つの外見をした二人の少女だった。オレンジと紫のドレスアーマーを纏い、腰まで伸びた赤い髪を三つ編みにした少女たちに、キルデガルドが声をかける。


「ホッホッホッ、用がなければ呼びはすまい。のう? タツナミソウにトリカブトよ」


 そう言いながら笑みをこぼすキルデガルドの前にひざまずき、タツナミソウとトリカブトの二人は深くこうべを垂れる。二人の前に立ち、キルデガルドは命令を下す。


「お前たちを読んだのは他でもない。ローズマリーがしくじった。これ以上女王の暗殺にこだわれば、そこからわしの計画が露見しかねん。故に、お前たちに新たな指令を与える」


 末妹の敗北を聞かされたタツナミソウとトリカブトの二人は、何も言うことなくキルデガルドの言葉に耳を傾ける。目尻にほんの少し、涙を浮かべながら。


「ユグラシャードの東端と西端に別れ災いを起こせ。盾の魔神たちの戦力を分断させ各個撃破するのじゃ。万が一、勝ちの目がなければ時計周りに王国を移動し荒らし回れ。とにかく、わしの計画を感付かせるな」


「承知しました、お母様。トリカブト、行きますよ」


「ハイ、姉上」


 キルデガルドからの指令を承諾したタツナミソウとトリカブトは、頷いた後部屋を後にしようとする。そんな二人を呼び止め、キルデガルドは人一人入りそうな大きな袋を渡した。


「待て待て、忘れるところであったわ。中に入ってる奴を王城へ返してしてから作戦に入れ。よいな?」


「はい、分かりました」


 ほとんど感情を感じさせない声で返事をした後、タツナミソウは袋を担ぎ上げ今度こそ部屋を出ていった。少しして、キルデガルドは無造作に両手を掲げ呪文を呟く。


 すると、部屋の中央に魔力が集まり、肉の塊へと変化する。肉の塊がうごめき、少しずつ人の形へと変わっていく。しばらくして、部屋の中によみがえったローズマリーが現れた。


「ハッ、はあ、はあ……。お、おかーさま……」


「この役立たずめが。結局、お前はわしの娘に相応しくなかったのう。もうよい。貴様から死に彩られた娘たちデス・ドーターズの資格を剥奪させてもらう」


 冷たくそう言い放ち、キルデガルドはローズマリーに手を伸ばす。ローズマリーは素早く土下座し、どうにか許してもらおうと必死に懇願する。


「お願い! もう一回、もう一回だけチャンスをちょうだい! また……また、黄泉の国に還るのは嫌……!」


 すがり付き懇願するローズマリーを見下ろしながら、キルデガルドは暗い愉悦に浸っていた。死者を操り、生殺与奪の権を握る快楽に酔いしれつつ、最後のチャンスを与える。


「よかろう。ならば、どんな手を使ってでも盾の魔神を仕留めてみせよ。もし魔神を仕留められれば、資格の剥奪を取り消してやる」


「……! ありがとう、おかーさま! じゃあ、早速……」


「なぁんて、う・そ」


 願いを聞き届けてもらったローズマリーは、安堵の表情を浮かべ、早速ユグラシャードへ向かおうとする。立ち上がって背を向けた彼女に向かって、キルデガルドは魔法を放つ。


 死者に仮初めの命を与えていた魔法の効果が打ち消され、ローズマリーはその場に崩れ落ちる。キルデガルドは呆然としてるローズマリーの前に回り込み、顔を覗き込む。


「おかー、さま……ど……して……」


「チャンスなど与えるわけなかろ? わしに役立たずなどいらぬのじゃ。……ホッホッ、それにしても、いつ見ても愉快じゃわ。希望を奪われ、絶望の底に沈む者の顔を見るのはな!」


 死へと還っていくローズマリーを見ながら、キルデガルドは高笑いをする。かつて娘だったモノが再び眠りに着いたのを見届けた後、懐から懐中時計を取り出しちらりと見やる。


「おっと、こんなことをしておる余裕はないな。さて、さっさと完成させねばなるまい。究極の武装……屍肉の魔装リビングアーマーをな」


 そう呟き、キルデガルドもまた部屋を去っていった。



◇――――――――――――――――――◇



 一方、城へ戻ったリオは無事ローズマリーを退けたこと、そして黒幕の正体を掴んだことをセルキアたちに報告していた。報告を受けたセルキアはリオに感謝の言葉を述べる。


「リオさん。ありがとうございます。おかげで暗殺されずに済みました。ふふ、この恩はそう簡単には返せそうにないですね」


「いえ、女王さまが無事でよかったです」


 リオはセルキアを守り抜けたことを喜び、ふにゃりとやわらかな笑みを浮かべる。そんな彼に心がときめいたセルキアは、玉座から立ち上がりリオの腕に飛び込む。


「ああ、本当に可愛らしいお方! どうでしょう、リオさん。今回のお礼は、私がお嫁さんになるということで……」


「はいはい、調子に乗るのはそこまでにしようなー」


 どさくさに紛れてとんでもないことを言い出すセルキアを引き剥がしつつ、カレンはリオを守るように立ち塞がる。その時、謁見の間の扉が開き、バゾルが現れた。


「フン、まだ城にいたのか。穢らわしい異種族どもめ」


「バゾル!? あなた、どこに行っていたのです? みな探していたのですよ?」


 数日ぶりに姿を見せたバゾルにぎょっとしつつ、セルキアはそう問いかける。バゾルはフンッと鼻を鳴らし、リオたちを睨み付けながらぶっきらぼうに答えた。


「私がどこで何をしていようがどうでもいいでしょう。それより、そこのケモノ。お前は魔王軍を征伐しに来たのだろう? ならちょうどいい仕事がある」


 どこまでもリオを見下す態度を崩さず、バゾルは懐からユグラシャード王国全土が記された地図を取り出す。地図の東端にある町を指差し、魔王軍が現れたことを告げる。


 バゾルの言い種に神経を逆撫でされたリオだったが、当初の目的通り魔王軍の討伐に向かうことを決める。が、そんな彼に、バゾルは追加のオーダーをした。


「そうそう、西端にあるトラルバという町にも魔王軍が現れましてな。そちらには、仲間の三人で向かってほしい」


「待て。つまり、東端の町……スレッガと言ったか。そこにはリオ一人で向かえと?」


 露骨にリオを孤立させようとするバゾルに、不信感を抱いたアイージャがそう問いかける。バゾルは頷き、尊大な態度で返答をする。


「そうだとも。アーティメルを救った英雄なら、それくらい一人で出来るだろう? だから、スレッガに出没した魔王軍は一人で討伐してこい」


「……気に入らないね。二人ずつに分けてもいいのに、どうしてそこまでリオくんを一人にしようとする? お前の目的はなんだ?」


「うるさい! お前たちは黙って私に従え! 不法入国扱いにして投獄してもいいんだぞ!」


 アイージャと同様に不信感を抱いたダンスレイルが詰問するも、バゾルは喚き散らし質問を無視する。バゾルの態度に違和感を抱いたリオがどうするべきか悩んでいると、勢いよく扉が開かれた。


「話は聞かせていただきましたわ! ならば、わたくしにいい考えがありますの!」


「なんだよ、ドリル頭。どんな考えか言ってみな」


 バゾルの言葉に従うのを嫌ったカレンが質問すると、エリザベートはリオに近付き腕に抱き着く。その状態で、自分の考えを提案する。


「簡単ですわ。師匠にはわたくしが同行しますの。わたくしの目的も魔王軍討伐ですし、問題はないでしょう?」


「僕はそれでもいいけど……みんなはどう?」


 エリザベートからの提案を受け、カレンたちは二択を迫られる。リオを一人で旅立たせるか、お邪魔虫を同行させるか。最終的に、リオの安全とバゾルへの不信感からエリザベートに同行してもらうことに決めた。


「しゃあねえな。リオを一人にしたくねえし、お前に任せたぞドリル頭。もし変なことしたら……なあ?」


「し、しませんわ! わたくしはバンコ家の一員。家名に泥を塗るようなことなどしません!」


 カレンの言葉にエリザベートはナニを想像したのか、顔を真っ赤にして反論する。これ異常には収拾がつかなくなると判断したバゾルが咳払いをし、全員の注目を集める。


「まあよい。その三人でなければ誰が同行しようが構わん。では早速行ってこい」


「え? 今からなの?」


「当たり前だ。事態は急を要する。すでに荷物は用意してあるから、それを持ってさっさと行ってこい」


「……分かりました。じゃあ、行ってきます」


 強引ではあったものの、身支度を整えたリオとエリザベートは東に、カレンたちは西へ旅立つ。ユグラシャード王国に迫る魔王軍を倒すために。

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