177話―拳魔神バラルザー・タルガート

「今さら一人増えたとて、私たちを倒すことは出来ん! お前たち、引き続き女たちを……」


「そうはさせない! アシッドテンペスト!」


 部下の自動人形オートマトンによる攻撃を続行しようとするバラルザーに先んじ、リオはジャスティス・ガントレットの力を解き放つ。灰と紫色の宝玉が輝き、風が吹き始める。


 あらゆるキカイを腐食させる紫色の風がバラルザーたちに襲いかかり、配下の人形たちを機能停止に追い込んでいく。身体が錆び付き溶けてゆく部下たちを見ながら、バラルザーは舌打ちをする。


「チッ! 使えないゴミどもが! 俺の盾にもなりゃ……。くっ、何だこの言葉は? 私はこんな言葉遣いなどしないというのに」


「ブツブツ言ってる暇はないよ! そりゃ!」


 自分の口調の変化に戸惑うバラルザーに、リオは飛刃の盾を投げつける。舌打ちをしつつも、バラルザーは盾を弾き飛ばし拳の連打を叩き込む。


 対するリオは不壊の盾を作り出し、獣の力で強化されたバラルザーの拳の連打を防ぐ。盾と拳がぶつかり合う甲高い金属音が、雪原に響き渡る。


「なかなか頑丈な盾だ。だが、この技には耐えられまい! 虎神烈風拳!」


「そんな技……受け切ってやる!」


 肘のブースターを稼働させ、ファティマとレケレスを戦闘不能に追い込んだ大技を発動するバラルザーに、リオはそう叫ぶ。不壊の盾を構え、全身に力を込め衝撃に備える。


 次の瞬間、固く握り締められた拳が盾に直撃し、凄まじい激突音が鳴り響く。リオは僅かに後ずさったものの、バラルザーの放った必殺の一撃を耐えきることに成功した。


「バカな!? 我が奥義が……」


「そう簡単に僕の盾は破壊出来ないよ。なんたって、不壊の名を冠してるんだからね!」


「くっ、舐めるなよ。まだ私には多くの技があるのだ!」


 奥義を完全に防がれ、バラルザーは動揺するも、即座に攻撃を再開する。拳のみならず、蹴りによる攻撃も加え、激しい連続攻撃をリオに叩き込む。


 リオは冷静に攻撃を見切りつつ、空いている左腕にも不壊の盾を装着してバラルザーの攻撃を捌いていく。相手が隙を晒す時を待ち、一気に攻めるつもりなのだ。


「おのれ……小賢しい真似を! いつまでも守りを固めていないで攻撃してきたらどうだ!」


「攻撃はちゃんとするよ。でもね……こんな言葉もあるんだ、バラルザー。防御は最大の攻撃、ってね!」


 いつまでも攻撃を防いでばかりのリオに苛立ちを募らせたバラルザーが叫ぶと、リオは余裕たっぷりにそう答える。そして、バラルザーの動きが一瞬止まった隙を突き、反撃を行う。


「今だ! シールドチェンジ……破槍の盾! 食らえ! バンカーナックル!」


「ぐっ……そう簡単に食らうか!」


 バラルザーはなんとか両腕をクロスさせ、ギリギリのところでリオの攻撃を受け止める。僅かに右腕にヒビが入るも、この時点でバラルザーは気付いていなかった。


 リオを弾き飛ばしたバラルザーは、一度後退し体勢を整える。リミッターを解除し、獣の力をオーバーロードさせてもなお強敵として立ちはだかるリオを前に顔をしかめる。


「……認めよう。お前は強い。だが、最強を自負する身として……敗北するわけにはいかぬ! ここでお前を倒す! 虎牙七連華!」


 バラルザーは腕のブースターの出力を強め、リオに向かって嵐のように拳を乱打する。リオは盾を素早く動かし、急所を狙って放たれる攻撃を防御した。


 その最中、バラルザーの右腕にある小さなヒビを目敏く見つけたリオはある作戦を思い付く。その作戦を実行に移すべく、縦横無尽に動き周り始める。


「それじゃあ、今度はこっちの番だよ、バラルザー!」


「おとーとくん、何をするつもりなんだろ……? んにゃ、そんなことより、早くコレを抜かなきゃ!」


 バラルザーの攻撃を避けつつ、相手の右腕に集中攻撃を加えるリオを見ながら、レケレスは呟いた。一刻も早く戦闘に復帰するために、腹に刺さった金属片を引き抜く。


 痛みに耐えながら金属片を引き抜いている間、ファティマも砕かれた右足の修復を行う。幸い、リオかバラルザーの注意を引き付けてくれているおかげで、邪魔をされることはない。


「急がなければ……。早く我が君に加勢を……」


 二人の行動に気付かず、バラルザーはリオへ攻撃を叩き込もうと腕を振り回す。執拗に右腕への攻撃を繰り返すリオに苛立ちを募らせたバラルザーは、おもいっきり地面を踏み抜く。


「ええい、鬱陶しい奴め! 動きを封じてくれるわ! ストーンスパイク!」


「うわっ……とと!」


 地面が隆起し、鋭い土のトゲが現れリオの動きを制限してしまう。どうしたものかとリオが思案していると、背後から目を覚ましたエリザベートの声が響いた。


「師匠! ここはわたくしにお任せくださいませ! フレアウェーブ!」


「エッちゃん、ありがとう!」


 エリザベートはレイピアを抜き放ち、勢いよく横薙ぎに振るった。すると、炎の波が放たれ、隆起した土のトゲを溶断し消滅させてみせる。


 足場を確保出来たリオはエリザベートに礼を述べつつ、溶けて平らになったトゲの断面の上を軽やかに進む。バラルザーは舌打ちしつつ、リオを迎え撃つ。


「チィッ! まあいい、このまま返り討ちにしてくれるわ!」


「そうはいかないよ! バンカーナックル!」


 バラルザーが放った二連続の裏拳を宙返りで避けながら、リオは破槍の盾による一撃を放つ。攻撃はバラルザーの右腕にクリーンヒットし、ヒビを広げる。


「このっ……! 仕方ない。禁じ手ではあるが……勝利のためならば使わざるを得まい! 奥義……メタルクラスター・ボム!」


「えっ……うわあっ!」


 一旦バックステップで距離を取った後、バラルザーは腹部の装甲を展開し、内部の機構を露出する。次の瞬間、鋭く尖った金属片が大量にばら撒かれ、リオの身体に突き刺さった。


「師匠!」


「我が君!」


「おとーとくん!」


 ファティマたちはリオの身を案じ、大声を上げる。辛うじて急所への直撃は避けたリオだったが、不意を突いての一撃により思いもよらないダメージを受けてしまう。


「ハハハハ! これまでは拳での戦いのみをするべきと己を律してきたが……もうその必要はないな! この技なら、手っ取り早くお前を始末出来る! さあ、もう一度食らえ!」


「まずい、足が……」


 再びメタルクラスター・ボムを発射しようとするバラルザーから逃げようとするリオだったが、足に大量の金属片が突き刺さっているせいで上手く動けない。


 バラルザーの腹部が再び展開し、金属片が放たれようとした次の瞬間――。


「ダメぇぇぇ!!」


「おねーちゃん!?」


 レケレスが飛び出し、両手を広げバラルザーの前に立ち塞がった。直後、メタルクラスター・ボムが炸裂しレケレスの全身に金属片が突き刺さる。


 強度が落ちていた鎧を貫通し、レケレスの身体に無数の金属片が突き刺さっていく。その様子を見ていることしか出来なかったリオは、呟きを発する。


「おねーちゃん、どうしてこんなことを!」


「だって……おねーちゃんは、おとーとを守るものだもん……。命を賭けても、守るんだ……だって、私は……リオくんのおねーちゃんなんだから!」


 全身から血を噴き出しながらも、レケレスはその場に踏みとどまる。流れ落ちる血がリオにかかり、足に刺さった金属片を蒸発させていく。


「チッ、余計な真似を! なら、二人纏めてあの世に送って……」


「もういい。ここで死ね、バラルザー。おねーちゃんを傷付けたお前は……絶対に許さない!」


 バラルザーの言葉を遮り、怒りに燃えるリオは突撃する。レケレスの股の下をスライディングですり抜け、渾身の力を込めたアッパーを放つ。


 対するバラルザーは、慌ててメタルクラスター・ボムの準備を中断し咄嗟に右腕を振り下ろす。――もしこの時、バラルザーがメタルクラスター・ボムを使わなければ、判断を誤ることはなかっただろう。


 ヒビが広がり、破損寸前の右腕ではなく、左腕による迎撃を選択出来ただろうが――もう遅かった。破槍の盾とバラルザーの右の拳がぶつかり合い、衝撃で腕が粉々に砕ける。


「なっ!? バカな、私の腕が――」


「うおりゃああああああ!!」


 驚愕するバラルザーの顎にリオはアッパーを打ち込む。バラルザーの身体が浮き上がり、上空へ吹き飛ばされる。さらに悪いことに、衝撃によって金属片を発射する装置の向きが上にズレた。


 強引に中断されていたメタルクラスター・ボムの発射が、バラルザーにとって最悪なタイミングで起こる。己の誇りを捨てた魔神の頭を、内側から金属片が破壊していく。


「ぐ、が、ごはっ……バカな、この私がこんな死に方……」


「おねーちゃんを傷付けた罰だ! これでも食らえ! シールドブーメラン!」


「があっ……!」


 そこへ怒れるリオの追撃が放たれ、バラルザーの胴体を両断した。長い死闘の果てに、最後の人造魔神はリオに討ち取られたのだった。

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