116話―神の鍵を発見せよ

「グッ、ガハッ……」


「お前が殺した人たちに、あの世で謝罪しろ!」


 必殺の一撃を受け、ジェルナは口から血を吐く。槍は彼女の身体を貫いており、もはやどう足掻いても助からないことは誰の目から見ても明白だった。


 ジェルナ自身もそれも理解しており、己の死を受け入れる。しかし、彼女とてこのまま大人しく死ぬつもりはない。仲間のためにリオを道連れにしようとする。


「お前、だけは……私と一緒に……死ね! 水流剣!」


「わっ!?」


 最後の力を振り絞り、ジェルナは残る一つ、最後の属性剣を発動させる。双剣の刃が鮮やかな青へ染まり、水の球がリオとジェルナを包み込む。


 リオは球から脱出しようとするも、ジェルナが水の球を操り上手く泳ぐことが出来ない。ジェルナはニヤリと笑い、奥歯を強く噛み締める。


「ふふ……我らが父の手を煩わせることもない……。私はこのまま自爆する……我らが父に仕込まれた爆弾を使い、お前を道連れにしてな……!」


「そんなの、ごめんだね……!」


 ジェルナの体内に仕掛けられた爆弾が作動し、彼女の身体が赤く変色し始める。頭から爪先まで全て赤く染まり切った時、爆発するのだろう。


 リオは必死に泳いで水球のフチまでたどり着くも、弾性が強く内側からでは水の幕を突き破ることが出来ない。それを見たジェルナは、道連れ成功を確信するが……。


「少年よ、手を伸ばせ! 今助けるぞ!」


「レンザーさん!」


 ジェルナは忘れていた。致命傷を負い、リオを道連れにしようと必死になった結果、レンザーの存在を綺麗さっぱり忘れ去ってしまっていたのだ。


 金剛剣による拘束からようやく脱出したレンザーは、リオを水球から助けるべくハルバードを振るう。ハルバードの斧が水を切り裂き、内部に入り込む。


 リオはハルバードを掴み、水が元に戻る前に共に脱出する。


「バカな……! こんな、ことが……! こうなれば、もう一度閉じ込めてやる!」


「悪いけど、もうタイムオーバーだよ。お前は……一人で死ぬんだ、ジェルナ!」


 最後まで諦めず、ジェルナは仲間のため、何より戦士としてのプライドのためリオを道連れにしようと足掻く。が、それよりも早くリオは右の拳を握る。


 ジャスティス・ガントレットに嵌め込まれた大きな青色の宝玉が輝き、冷気が吹き荒ぶ。水球は冷気に包まれ、中のジェルナごと完全に凍結してしまった。


 が、それでもなおジェルナの赤変は止まらない。


「これで……終わりだ! それっ!」


「一族の仇……今こそ討つ! ふんっ!」


 リオはジェルナの自爆を止められないことに気付き、凍り付いた水球を上空へ向かって蹴りあげた。そこへすかさずレンザーがハルバードを投げつけ、衝撃を与える。


 次の瞬間、ジェルナが水球ごと大爆発し、爆音がシベレット・キャニオンにとどろく。氷の欠片がパラパラと降り注ぐなか、レンザーは空を見上げ呟いた。


「……我が一族の者たちよお前たちの無念……晴らしたぞ」


 リオはうつむき、黙祷を捧げる。その後、二人は少しだけ休憩しメーレナ邸へと足を踏み入れた。屋敷の中は激しい戦闘によって荒らされており、あちこちが壊されている。


 二人は注意深く先へ進み、先行したヘラクレスたちを追う。しばらく廊下を進むと、扉が現れた。その扉を開けると広い空間に繋がっており、巨大な迷路が姿を現す。


「わあ、凄い……」


「ふむ、迷路か。大方、ザルーダが侵入者を撃退するために作ったのだろうが……意味はなかったようだな」


 レンザーの言葉通り、二人の目の前にある迷路の壁には大きな穴が空いていた。ヘラクレスたちは迷路を強硬突破するべく、真っ直ぐ壁をブチ抜いていったようだ。


 あまりにもワイルドかつド直球な攻略方法に、流石のリオも苦笑いを浮かべる他なかった。ヘラクレスたちが壁をブチ破る姿が容易に想像出来た、というのもあるが。


「さあ、早く抜けてしまおう。行くぞリオくん!」


「はい!」


 二人は壁に空いた穴を抜け、先へ進む。迷路を抜け扉を開けると、再び屋敷の中へ戻っていた。ただし、これまでとは違い、廊下には大量の扉があった。


「扉がいっぱい……。これ、ほとんど中は罠ですね。ここからでも分かります」


 リオはカラーロの魔眼を使い、扉の向こう側を透視する。その結果、ほとんどの部屋に大がかりな罠が仕掛けられていることが分かった。


 よく見ると扉にはバツ印が刻まれており、ヘラクレスたちが総当たりで扉を明けながら進んでいたことが見て取れた。レンザーは小さな声で呟く。


「さて、あやつらはどこまで進んだか……。これだけの数の罠を受けたのだ、何人無傷でいられるやら」


「そうですね……早く追い付かないと。レンザーさん、こっちです」


 バツ印が刻まれている扉を無視し、二人は奥に進んでいく。途中、ヘラクレスたちに倒されたと思わしき傭兵たちの死体が廊下に転がっていた。


 リオは心の中で傭兵に黙祷を捧げつつ、先へ進む。廊下の終わりにある、何の印も刻まれていない扉を開け二人は部屋の中に入っていった。


「ここは……?」


「書斎のようだな。とはいえ、ただの書斎ではあるまい。何か仕掛けがあるはずだ」


 レンザーはそう口にすると、書斎を調べ始める。リオも彼に習って本棚を調べていると、違和感を感じ首を傾げた。几帳面に揃えられた本の内、一冊だけはみ出ているのだ。


「この本だけはみ出てる……。もしかして、これ……」


 何かに気が付いたリオは、本を掴み押し込む。が、何も反応はなかった。それでもめげず、今度は本を引っ張ってみると、書斎に置いてある大きな金属製の机が動き出す。


「おお、やはりな。隠し扉か階段があると睨んでいたが……リオくん、よく見つけてくれたな、ありがとう」


「いえ、それほどでも……」


 レンザーに誉められ、リオは嬉しそうに笑う。二人は机の下にあった隠し階段を降り、屋敷の地下深くへと進んでいく。


 外観の時点で半分ほど屋敷は崖に埋まっていたが、これほどまでに広いとはリオは思っていなかったため、少しげんなりしてしまう。


「この階段、長いなぁ……。どこまで降りるんだろう?」


「む、疲れたか? なら私がおぶってやろう。ほら、遠慮するでない」


 リオは別に疲れていたわけではなかったが、レンザーの好意を無下にするのも気が引けたため、大人しく彼におぶられることにした。


 歳のせいで多少曲がっているものの、大きく広い背中におぶさり、リオはどこか安心感を覚える。今はもう遠い過去の存在でしかない、父を思い出したのだ。


「……どうした? 身体が震えているぞ?」


「大丈夫です、レンザーさん。気にしないでください……」


 レンザーは何も言わず、黙って階段を降りる。リオの異変を察してはいたが、何も問わない方がいいと判断したのだ。


「よし、着いたぞ。さて、この先にヘラクレスたちがいればいあのだが……」


 ついに終着点へたどり着き、レンザーは扉を開ける。扉の向こう側は避難用の大部屋になっているらしく、中央にロープで縛られたザルーダたちメーレナ家の一族がいた。


 部屋の中にいたヘラクレスがレンザーとリオに気付き、彼らの側に歩いてくる。幸いにも、生き残ったバンコ一族から新たに犠牲者は出ていないようだ。


「よかった、親父もリオも無事だったか! 見ての通り、ザルーダたちは捕らえた。……一人、逃げられちまったけどな」


「逃げた? 一体誰が?」


「レヴェッカって女だ。逃げ足が早くて追い付けなかった……済まない、親父」


「気にするな。お前たちが無事ならそれでいい」


 レンザーとヘラクレスが話している間、リオはザルーダの元へ向かう。忌々しそうに顔を歪めているメーレナ家の当主に、リオは問いかける。


「おじさん。直球で聞かせてもらうね。ゴッドランド・キーはどこ?」


「フン、教えるとでも思うか? この私が――!」


「教えて、ほしいなぁ?」


 リオは目を細め、敵意に満ちた笑顔を浮かべザルーダを見つめる。ザルーダはリオから放たれる殺気に恐怖を抱き、あっさりと鍵の在り処を口にした。


「い、言う! 鍵は上の書斎の金庫の中だ! 金庫を開けるための番号は本棚に隠してある!」


「ありがとう。じゃ、回収してくるね」


 今度は穏やかな笑みを浮かべ、リオは一人階段を引き返していった。

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