175話―モローの戦い

 ――それは、突然の出来事だった。買い物を済ませたリオとレケレスが屋敷に戻り昼食の前の一休みをしていたちょうどその時、けたたましい警報が鳴り響いたのだ。


 部屋でのんびりとくつろいでいたリオは、凄まじい音量に仰天してベッドから転げ落ちてしまう。一体何が起きたのか確かめるべく、アイージャたちと合流しゴルトンの元へ行く。


「ゴルトンさん! この警報は一体……」


「……全員、来てくれたか。緊急事態が起きてね、つい先程衛兵から連絡があった。街の四方から、自動人形オートマトンの大軍が押し寄せてきている、と。目測で千は越えるそうだ」


 その言葉に、リオたちは言葉を失う。つい先日、エルディモスが引き連れてきた軍勢でも五十だったのだ。いきなりの敵襲に、アイージャは呟きを漏らす。


「……そうか。人造魔神はまだ一人残っておったな。そやつが今回の襲撃の首謀者に間違いあるまい」


「だと思う。それにしても、昨日の今日で襲ってくるなんて……いや、こんなこと言ってる場合じゃない。敵を迎撃しなきゃ!」


 リオの言葉に、アイージャたちは頷く。が、敵の数は尋常ではないほどの物量であり、メルミレンに駐屯する兵士とリオたちだけでは数が足りない。


 援軍を呼ぼうにも、先に敵が街に到着するだろう。そこで、リオは切り札を使うことにした。ゴルトンから託されたカギを使いレオ・パラディオンを起動させることにしたのだ。


「ゴルトンさん、僕がレオ・パラディオンを起動させて敵を倒します!」


「うむ、分かった。とはいえ、ティタンドールは起動するまでに時間がかかる。その間、街の守りは……」


「南の守りはわしに任せい。誰一人、街には足を踏み入れさせんワイ」


 ゴルトンの言葉に、モローがそう答える。が、顔色は悪く、どう見ても戦えそうではない。リオはモローの体調がよくないことに気付き、止めようとするが……。


「止めるでない、リオ。わしはハッキリ言ってもう長くない。陛下のために、最期のご奉仕をしたいのじゃ。それに……若い者にだけ負担をかけるわけにも、いかんだろう?」


「モローさん……」


 モローの瞳の奥に宿る使命の炎を見たリオは、これ以上彼を説得することは出来なかった。モローは胸のパーツを開き、中に入っているものをリオに渡す。


 渡されたのは、モローの記憶を司るメモリーチップだった。リオはモローの意図を察し、メモリーチップを懐にしまう。形見となるであろうソレを。


「……リオよ。お主の奮闘っぷりを見て……わしは久々に心が躍ったよ。守るべき者のために力を振るう勇姿……わしは忘れん。永遠にな」


「モロー、さん……」


 そう言った後、モローは笑い……部屋を後にした。リオはモローが無事に帰ってくることを祈りながら、迎撃の準備をするため部屋を去る。


 残るアイージャたちは、レオ・パラディオン起動までの時間を稼ぐため残る北、東、西の防衛に向かう。北にはエリザベート、東にはアイージャとレケレス、西にはファティマ。


 それぞれ持ち場を決め、すでに防御壁に向かっている兵士たちに合流するため屋敷を出立していった。



◇――――――――――――――――――◇



「コロセ! コロセ! テキヲミナゴロシニシロ!」


 その頃、バラルザー率いる五千体の自動人形オートマトンたちがメルミレンを目指して雪原を爆走していた。四つの軍団に別れ、東西南北から包囲攻撃を仕掛ける算段なのだ。


「モロー様、敵が迫ってきています。指揮官らしき者の姿は見当たりません」


「そうかい。ま、要するに、こっちはハズレだったってわけだ」


 兵士からの報告を受け、モローはそう呟く。彼らは大砲やバリスタが並ぶ防御壁の上にある通路に陣取り、敵が到達するのを待っていた。


 しばらくして、千体を越える自動人形オートマトンの群れが見えてくる。大砲とバリスタの射程圏内に入った瞬間、モローは砲撃の合図を兵士たちに出す。


「今じゃ! 撃て!」


 モローの合図を受け、兵士たちは一斉に大砲とバリスタを発射し敵の自動人形オートマトンを破壊していく。拡散砲弾が着弾と同時に弾け、人形たちを粉砕する。


 が、倒しても倒しても次から次へと湧いてくる敵の数を前に、次第に攻撃が追い付かなくなる。これ以上は迎撃しきれない……そう判断したモローは、通路から飛び降りた。


「わしが奴らの相手をする。お前たちは引き続き砲撃を続けてくれ」


「そんな、無茶ですよ! たった一人であんな大軍を相手にするなんて……」


「だろうな。じゃがな、あの少年なら……こんな状況でも、臆することなく突き進んでいくだろうさ」


 そう呟き、モローは着地すると同時に衝撃波を発生させ敵の人形たちを吹き飛ばす。目にも止まらぬ速度で走り出し、拳を振るい人形たちを粉砕していく。


「見せてやろう。三"かい"のモロー、第二の『かい』を。全てを無へ帰す……『破壊』をな!」


 両の肘と膝に格納されたブースターを解放し、モローは戦場を飛び回り自動人形オートマトンたちを破壊する。その姿を見た兵士たちは砲撃を再開し、援護を行う。


「モロー様を援護しろ! 死角から襲う奴らを砲撃するんだ!」


「おお!」


 モローたちの奮闘により、自動人形オートマトンたちは数を減らしていく。三時間をかけ、人形たちを全滅させたと思ったその時――牛の頭部を持つ、二メートルはありそうな巨漢の人形が進み出てきた。


「ブルルルル……。ヤハリ出テキタカ。バラルザー様ノ言ッテイタ通リダナ。年老イタ人形ヨ、コノ俺……ブルモーダル様ガ相手ヲシテヤル」


「おやおや、こいつは強そうだ。ま、とはいえ……負けるつもりなど微塵もないがね!」


 巨大な斧を構えるブルモーダルと対峙し、モローは分解用の工具を取り出す。姿勢を低くして斧の一撃を避けながら敵に肉薄し、脚を分解しようとするが……。


「ムダダゼ! 既ニリーロン戦デノデータヲ収集シテアルンダ、ソノ手ハ食ワネエ!」


「ぐっ……がはっ!」


 ブルモーダルは素早くバックステップしつつ、斧を反転させモローの胴体に叩き付ける。巧みな受け身でダメージを最小限に抑えたモローは、再び分解しようと試みる。


 が、ブルモーダルの体表はヌルヌルするオイルに覆われており工具を滑らせてしまう。徹底的な分解対策が施されていることを知り、モローは苦笑する。


「なるほど、そうきたか。とはいえ、諦めるわけにはいかぬ!」


「ブルルルル、止メトキナ、老イボレ! 俺トオ前ジャ、馬力ガ違ウンダヨ!」


 ブルモーダルの言う通り、一人と一体の間には経験の差では埋められないパワーの壁があった。元からコンディションがよくないモローは、少しずつ追い詰められ破損していく。


「ブルルルル! 無様ダナ、老イボレ。オ前ハ最強ノ魔傀儡ダト聞イテイタガ……期待外レダッタナ!」


「最強? フン、わしは最強でも何でもない。かつて、守るべき者を守れなかった……役立たずの人形よ」


 斧による斬撃でボロボロになりながらも、モローはブルモーダルの左足に集中攻撃を叩き込む。オイルで打撃が滑るも、少しずつ、着実に……ダメージを蓄積させていく。


「だがな、わしにはまだ守るべき者たちがいる。陛下を、皇女様を……命を賭けて守り抜かねばならぬのだ! リオがそうしたように!」


「ソレハ出来ナイ。オ前ハココデ死ヌノダカラ! コレデ終ワリニシテヤル! ガイアスラッシャー!」


「モロー様、危ない!」


 兵士たちはモローを救うべくブルモーダルを砲撃するが、全く効果がない。斧が振り下ろされ、モローの左肩に食い込み致命傷を負わせる。


「ブルルルル! コレデ終ワリダナ! 心臓ニ相当スルモーターハコレデ壊レル! ツマリ、オ前ハ死ヌノダ!」


「く、ふふ……。まだ死ねんよ。わしには……最後の、切り札があるんだからな」


「何ヲ言ッテ……」


「ぬおおおおお!!」


 次の瞬間、モローは左半身を引きちぎりブルモーダル目掛けて走り出す。渾身の力を込めて、ブルモーダルの左足に正拳突きを叩き込んだ。


 すると、これまで蓄積されたダメージが耐久力を上回り、ブルモーダルの左足を粉々に粉砕した。バランスを崩し倒れ込む相手の顔に追撃の膝蹴りを打ち込み、モローは笑う。


「どうした? 老いぼれにいいようにやられているじゃないか」


「黙レエエェェェ!!」


 怒り狂ったブルモーダルは、モローの顔面に拳を叩き込み、顔の右半分を吹き飛ばす。さらに、兵士たちの援護射撃を封じるべく、彼の身体を掴み盾代わりにする。


「ヨクモ俺ノ足ヲ吹キ飛バシテクレタナ! オ前ダケハ楽ニハ……」


「死なせない、と言うんだろ? 安心するがいい、わしゃ元から楽に死ぬつもりなどない」


 痛々しい姿になりながらも、モローは微笑みを浮かべる。次の瞬間、彼の身体から無数のコードが飛び出し、ブルモーダルに突き刺さる。


「オ前、何ヲ……マサカ!?」


「もうわしは助からん。だから、こうやってエネルギーを逆流させて……お主もろとろ吹き飛んでくれるわ!」


「ブルルル、サセルカ!」


 ブルモーダルはモローを引き剥がそうとするも、コードは数を増やし次々に突き刺さる。防御壁にいる兵士たちは、どうすることも出来ずただ見守ることしか出来ない。


 エネルギーを逆流させ、自爆する直前……モローは小さな声で呟いた。


「……リオ。短い間だったが……お主と共に戦えて……楽しかったぞ。陛下……どうか、ご無事で……」


「グウゥ……! コンナコトナラ、南ノ部隊ニ加ワルンジャナカッタ……」


 次の瞬間、モローはブルモーダル共々エネルギーの暴走によって発生した爆発に呑まれた。轟音と共に炎と煙が上がり、砕け散ったモローの頭部が地面を転がる。


「この、三"かい"のモローの……最後の、『かい』は……戦った相手を、必ず……『後悔』させる、こと、さ……」


 ブルモーダルを道連れにしたモローは、最期にそう呟き――四百年に渡る生涯の幕を閉じた。メルンとセレーナを、リオに託して。

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