189話―ミカドとリオの出会い
ミカドの顔を見て、リオのみならずダンスレイルやカレン、クイナも驚愕の表情を浮かべる。猫耳がないことと肌の色が違うことを除けば、二人の顔は瓜二つだったのだ。
顔だけでなく、年齢もリオと近いようで、身体が小柄なところまでそっくりだった。目をぱちくりしているリオに、ミカドは不思議そうに首を傾げながら声をかける。
「ん? 朕の顔に何か着いておるのか?」
「あ、い、いえ……その、何て言うか……驚いちゃっただけで……すみません」
挙動不審なリオの顔をまじまじと見つめた後、ミカドは合点がいったようでポンと手を叩く。自分とリオの顔立ちがそっくりなことに気が付いたようだ。
「おお、よう見れば……そち、朕と顔が似ておるな。他人のそら似と言うやつかの。これはまた面白い」
「は、はあ……」
朗らかに笑うミカドに、リオは生返事をしつつ後ろへ下がる。一通り笑った後、ミカドはオウゼンに視線を向け、不機嫌そうに声をかけた。
「さて、オウゼンよ。そなた、
「はい、この度は身勝手な理由でテンキョウを離れたこと、このオウゼン心から反省し……」
「ちが~う! どうしてこっそり朕も連れて行ってくれなかったのだ! 一人だけ都の外に行くなどズルいではないか!」
オウゼンが頭を下げると、ミカドは頬を膨らませそんなことをのたまう。その場にいた全員が『え?そっち?』という表情を浮かべるなか、ミカドはさらに言葉を続ける。
「いつもいつも、この宮の中に閉じ籠る毎日……退屈なのじゃ! 朕も外に出て物見遊山したい~!」
「い、いえ、そう申されましても……ミカドはこの国の宝。万一のことがあっては困りまする!」
必死に説得しようと試みるオウゼンだったが、ミカドは聞く耳を持たない。よほど不満が溜まっていたのだろう、手足をブンブン振りながらダダをこねる。
どうしたものかとリオたちが困り果てていると、神威の間の奥から、朱色の十二単を着たキツネの耳としっぽを持つ女性がゆっくりと歩いてきた。
「騒がしいのう。せっかく昼寝をしていたのに起きてしもうたではないか。坊、何事ぞ?」
「おお、タマモ! ちょうどいいところに来た、ミカドを静めるのを手伝ってくれ!」
「ふむ……ではこうするかの」
「あ、何をするタマモ、くすぐ……すやぁ」
オウゼンが叫ぶと、タマモと呼ばれた女性は八本あるしっぽをしゅるしゅると伸ばし、すだれの中に突っ込む。こちょこちょとミカドの身体をくすぐり、眠らせてしまった。
「やれやれ、これで問題はなくなったな。じゃ、俺はこれで……」
「これ、待つのじゃオウゼン。坊の代わりにわっちがたっぷりと説教してやるゆえ、ここに残れ」
ミカドが寝てしまったのをいいことに、オウゼンはちゃっかり神威の間を去ろうとする。が、タマモは見逃さす、彼を正座させた。
説教を始めようとしたその時、タマモはリオたちの存在に気が付いた。目を丸くした後、ピコピコと耳を動かしながらリオの元に歩いてくる。
「おお、これはこれは。
「僕たち、実は……」
リオは自分たちの名前を名乗った後、ヤウリナに来た目的とオウゼンと出会った経緯を説明する。ふむふむと頷きながら話を聞き終え、タマモは腕を組む。
「なるほど。キカイの身体を修復するために仙薬が要る、と。ふむ……あい分かった。坊が目を覚ましたらまたここに呼ぶ。その時にまた詳しく話をしようぞ。わっちの一存では決められぬでの」
「つーことだ。ミナカ、お前は先に屋敷に戻っててくれ。地図渡しとくから迷うなよ?」
「さんきゅー、オヤジ」
カレンはオウゼンから地図を貰い、リオたちを連れて神威の間を後にする。タマモがオウゼンを叱る声を背中に、一行は宮の出口へ向かう。
その途中、ふとリオは宮の中庭に目を向ける。広い中庭では、貴族たちが蹴鞠をしたり詩を読んで遊んでいた。それを見て、リオはポツリと呟く。
「あの人たち、お仕事しなくていいのかな?」
「よくはねえさ。ま、大方サボってんだろ。アタイがガキだった頃からなんも変わってねえみてえだな、ったく」
中庭で遊びに耽る貴族たちを見ながら、カレンは軽蔑の言葉を口にする。そんなカレンに同調し、クイナもやれやれと首をすくめながら話し出す。
「いやぁ、実際に見ると酷いもんだね。ちょいちょいヤウリナにいる部下から情報を貰ってはいたけど……やっぱり、数年じゃ腐敗はどうにもなんないか」
「腐敗?」
「ん、まあいろいろね……。ここじゃちょっとまずいから、そとで話すよ」
貴族たちに聞かれてしまうのを防ぐため、クイナは小声でリオに言う。宮を出た一行は、オウゼンの屋敷に向かう間、クイナからヤウリナの情勢を聞かされる。
「ここ数年、貴族たちの腐敗が酷いって報告をちょくちょく受けててね。ムダに重税を課して農民を苦しめたり、仕事をほっぽり出して遊んでばっかりだったり……まあ、タチカワさんやカラスマさんみたいなまともなのもいるけど、腐敗してる貴族がほとんどなんだよ」
「……酷い状況だね。さっきの子ども……ミカドだっけ? あの子がなんとか出来ないのかい?」
ダンスレイルがそう尋ねると、クイナは首を横に振る。
「ミカドも頑張って改革しようとしてるみたいなんだけどねぇ、まだリオくんと変わらないくらいの子どもじゃん? 貴族たちから舐められてるみたいで……」
「酷いなぁ。いくらなんでもあんまりだよ」
リオはミカドの様子を思い出し、憤りを込めて呟く。自分をないがしろにする堕落しきった貴族たちに囲まれていれば、宮での生活に嫌気が差すのも無理はない。
ミカドへ同情していたその時、リオはテンキョウの外に不穏な気配が現れたのを察知する。ダンスレイルも気配に気付いたようで、ハッとした表情を浮かべる。
「この気配……! 間違いない、この前戦ったカクトとかいう奴のものだ。あいつ、まだ生きていたとは」
「はあ!? 嘘だろ、あれだけオヤジにボコボコにされてまだ生きてられンのかよ!? タフ過ぎだろあの猿!」
そんな会話をしている間に、気配はどんどんテンキョウへ近付いてくる。結界があるとはいえ、油断は出来ない。リオたちは騒ぎになる前に、カクトを倒すことを決める。
とはいえ、前回のような失態をするわけにはいかない。火を操り、金属と木の力では立ち向かえないため、迎撃に向かうメンバーを選別する必要があった。
話し合いの末、水の力を自在に扱えるクイナと、僅かながらも力添えが出来るリオが迎撃に向かうことに決まった。残りの二人は、万一の時に備え先に屋敷へ向かう。
「頼んだぜ、リオ、クイナ。もしもの時は合図を出してくれ。コウマたちを釣れて加勢するからよ」
「うん、分かった。クイナさん、行こう!」
「御意!」
カレンたちと別れ、リオとクイナはテンキョウの外へ向かって走る。カクトとの再戦の時が、すぐそこまで迫ってきていた。
◇――――――――――――――――――◇
「キャキャキャ、ようやくテンキョウが見えてきたぜぇ。傷が癒えるまで丸二日……この借り、必ず返してやらぁ」
リオたちが迎撃のために動いている頃、カクトは二十人の部下を連れテンキョウを目指していた。長い療養の末に傷が回復し、オウゼンへの復讐のため動き出したのだ。
とはいえ、結界のせいでテンキョウ自体に入ることは出来ないため、カクトは近隣の農村に狙いを定めていた。農村を襲撃し、オウゼンを含めた都の戦力を引きずり出すつもりなのである。
「キャキャキャ、お前らぁ! 準備はいいな? 二度目の失敗は許されねえ! 死ぬ気でかかれぇ!」
「おおー!」
撤退した後、ダーネシアに叱られたカクトはやる気に満ちていた。二度と敗北などしない……そう己に言い聞かせ、挽回のチャンスを逃すまいと進んでいく。
その先に待つのが、オウゼンではなくリオとクイナであることなど知ることもなく。
「止まれ。よし、あの村にしよう。村を焼いて、テンキョウの奴らを誘き寄せろぉ」
「カクト様、村人たちはどうしますか?」
「キャキャキャ、全員手か足を片方もぎ取れ。殺すよりも効率よくヤウリナの力を削げるからなぁ」
部下の言葉に、カクトはそう答える。単に殺すより、身体欠損状態にして生かす方が相手の負担を著しく増やすことが出来ると踏んだのだ。
「悪いけど、そうはさせないよ!」
「そうそう。君たちはここで拙者たちに倒される定めなのさぁ」
「むっ、貴様らは!」
そこに、カクトの気配をたどってきたリオとクイナが姿を現した。二対二十一の戦いが、今始まる。
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