188話―テンキョウ到着
二日後、リオたちは長い旅を終え、ヤウリナの首都テンキョウへたどり着いた。都全体が巨大なドーム状の結界に覆われているため、外から中の様子を見ることは出来ない。
オウゼンが牛車から降り、コウマを伴って結界へ近付く。懐から印籠を取り出し、結界に押し付けると変化が起きた。結界の一部が開き、中に入るための扉が現れたのだ。
「へえ、こんな仕組みが……それにしても、ずいぶん強固な結界だね」
「テンキョウは今、魔王軍に狙われていますから。厳重な守りを敷いておくに越したことはありません」
結界を一目見て、その強度を見抜いたダンスレイルはポツリと呟く。そんなダンスレイルに、コウマはそう話しつつ一行を結界の内部へと案内する。
リオたちが全員入り終わると、ひとりでに結界が閉じ再び外界と隔絶された。オウゼンは先頭に立ち、テンキョウの大通りを歩いていく。
「そういえば、僕たち今からどこに行くんだろ」
「ああ、あそこにでっかい宮が見えるだろ? あそこに行くんだよ。ミカドにこれまでのことを報告しねえといけねえしな」
ふと疑問を感じリオが呟くと、カレンが答えつつ指を指す。その方向を見ると、都の中央にアーティメルやグリアノランとはまた違った宮殿が見えた。
「おー、おっきいねえ。ここからでもよく見えるよ」
「おう、凄いだろう? 何せ、ヤウリナ二千年の歴史が、あの宮には詰まってるんだからな!」
「そ、そうなんですか……」
オウゼンが会話に割り込んでくると、リオは萎縮しカレンの背中に隠れてしまう。それを見たオウゼンはしょんぼりと肩を落とし、先頭に戻る。
カレンはやれやれとかぶりを振りつつ、リオの頭を優しく撫でる。まだまだ、リオがオウゼンと完全に打ち解けられるまで時間がかかりそうだ。
「ま、気にしてても仕方ねえか。おおーい、戻ったぞー! 宮に入れてくれー!」
宮の前に到着するとオウゼンは気を取り直し叫び声をあげた。すると、門が開き警備をしている四人の武士たちが姿を現す。両の拳を合わせ、膝を突きオウゼンを出迎える。
「お帰りなさいませオウゼン様。……戻り次第ただちに神威の間へ来るよう、ミカドから仰せつかっております。こちらへ」
「う……そうか、まあ当然だな」
朱塗りの武者鎧を着た男に声をかけられ、オウゼンは僅かに身体を硬直させる。なにしろ、ヤウリナを束ねる存在たるミカドに無断でテンキョウを離れたのだ。
キツいお叱りの言葉を受ける覚悟は、すでにオウゼンの中にあった。オウゼンはコウマたちに先に屋敷へ帰っているよう伝えた後、今度はカレンたちに声をかける。
「あー、悪いが一緒に来てくれ。今後のことを考えたら、ミカドと顔を合わせておくのが得だろうからな」
「オウゼン様、それはなりません。どこの馬の骨とも知れぬ者たちを、神聖なる宮の中に招き入れることは……」
「あ゛?」
リオたちを一瞥した後、武士はそう言い放とうとしてオウゼンに遮られた。実の娘を馬の骨呼ばわりされ、静かに怒りを爆発させたようだ。
「……おう、よーく見ろ。こっちはな、九年ぶりに帰ってきた俺の娘だ、な? で、こっちはその婿だ。で、この二人も……嫁だ。どこが馬の骨だ、言ってみろ」
「も、申し訳ありません……。どうぞ、お通りください……」
オウゼンの圧力に屈し、武士はリオたちが宮に入ることを許可した。強引な手ではあったが、オウゼンはリオやカレンたちを連れて宮の中に入っていく。
入り口にある手水舎にて手と口を清めた後、リオたちにも自分の真似をさせる。ミカドの暮らす御所でもあるため、穢れを持ち込むことを防ぐための儀式なのだと言う。
「へえ、ヤウリナの文化はいろいろと興味深いね。用事が無事済んだら、少し逗留するのもいいかもしれないねぇ」
「うん、そうだね。でも、まずは仙薬を見つけないと」
靴を脱いだ後、回廊を歩きながらダンスレイルとリオはそんな会話を交わす。魔王軍の動向も気にかけねばならないが、それ以上に彼らは仙薬を探さなければならないのだ。
刻一刻と命のタイムリミットが近付いてきている、メルンを救うために。二人の会話が聞こえたらしく、オウゼンはピクッと眉を動かした。
「んん? 今仙薬がどうとか聞こえたが……」
「あ……実は、あの、その……」
少々怯えつつ、リオは自分たちがヤウリナを訪れた理由をオウゼンに語って聞かせる。話を聞いたオウゼンは、ガリガリと頭を掻きながら考え込む。
「そうかぁ。それは確かに仙薬が必要だ。一応、今も仙薬自体はあるっちゃああるんだが……」
「本当ですか!?」
仙薬が今も存在する。その情報に、リオはにわかに色めきたった。ヤウリナの貴族であるオウゼンならば、仙薬がどこにあるか知っているかもしれない。
そう考えるも、さらなるオウゼンの言葉に肩を落とすことになる。
「ただなぁ、今宮にある分は全部使いきっちまってるんだ。おまけに、仙薬を作ってる隠れ里の連中と、ここ数週間連絡が取れないんだよ」
「そんなぁ……」
目に見えて落ち込むリオに、オウゼンは謝罪する。その時、リオたちの進行方向から、白い着物を着て白粉をした男が扇子をひらひらさせながら歩いてきた。
「おや、タチカワではないか。かようなところで何をしておるのだ」
「む、カラスマか……なに、これからお叱りを受けにミカドの神威の間へ行くところだ」
知り合いなのだろう、オウゼンは白粉をした男に親しげに話しかけた。男は扇子を開き、口元を隠しながら上品な仕草をして笑う。
「ほほほ、まろのところにも話が届いておるぞよ。無断でテンキョウを抜け出すとは、お主もなかなか……ん?」
「あ、こ、こんにちは……」
カラスマと呼ばれた男はリオたちに気付き、チラリと視線を投げ掛ける。柔和な瞳の奥に、鋭い戦士の気迫を感じ取ったリオは無意識にしっぽを逆立ててしまう。
それを見たカラスマは、自分が警戒されていると考え袖の中に腕を入れる。少しの間ゴソゴソと何かを探した後、リオに小さな包みを差し出した。
「ほっほ、そう緊張せずともよい、異国からのお客人。ほら、菓子をやろう。都で一番旨い饅頭ぞ?」
「あ、ありがとうございます……」
ヤウリナで使われる通貨である小判を模した紙に包まれた平べったい饅頭を受け取り、リオは頭を下げる。それを見たカラスマは、満足そうに笑う。
「うむうむ。では、まろは屋敷に帰るでおじゃる。タチカワ、また蹴鞠でもしようぞ」
「……暇があったらな」
蹴鞠という言葉に嫌そうな顔をしつつ、オウゼンはカラスマを見送る。彼の姿が消えると、それまで黙っていたカレンが口を開いた。
「……九年ぶりだってのに、一言も挨拶がなかったな。ま、最後にあったのはアタイが四歳の時だし、忘れててもしゃあねえか」
「なんだ、カレンはさっきの男と知り合いなのかい?」
ダンスレイルが尋ねると、カレンは回廊を歩きながら頷く。昔を思い出しながら、カラスマについて話す。
「知り合い……っつっちゃあ、まあそうだな。カラスマのおっさんはこの国でも有数の名門貴族の当主だからな、家同士結構親しいんだよ」
「あー、そうだよねぇ。タチカワ家とカラスマ家って、この国の貴族の双璧だもんねー」
カレンの言葉に、クイナが相槌を打つ。カレンたちがわいわい話をしているのを横目に、リオはカラスマから貰った饅頭の包み紙を剥がし一口かじる。
柔らかな生地の食感とアンコの甘味が口の中に広がり、ほっこりした表情を浮かべる。饅頭を食べ終えたちょうどその時、一行はとある回廊の終点に到着した。
「着いたぞ。ここがミカドのおわす神威の間だ。失礼のないようにな、下手すると首が飛ぶぞ」
「は、はい」
オウゼンの言葉に、リオは身長三メートルはあるいかつい巨漢を思い浮かべる。自分の真似をして振る舞えとリオたちに告げた後、オウゼンはふすまを開けた。
「ミカドよ、オウゼン・タチカワ、ただいま戻りました」
「うむ。苦しゅうない、ちこう寄れ」
「ハッ」
部屋の奥には、すだれで小さく仕切られた正方形の座椅子があり、その中から若干甲高い声が響く。オウゼンは一礼した後、真っ直ぐ伸びた敷物を避けて部屋の中に入っていく。
リオたちも彼の真似をしてお辞儀をし、敷物を踏まないよう注意しながら部屋の中を進む。ヤウリナを束ねるミカドとの面会がついに始まるのだ。
「む? オウゼンよ、この異国の者らは何者ぞ?」
「はい、こちらが我が娘、ミナカで御座います。その隣にいるのが、娘の婿殿です」
「……ほう。これは面白い。そこな少年よ、ちこう寄れ。その顔を朕に見せておくれ」
「は、はい!」
ミカドにそう指示されたリオは、仕切りの前に向かい片膝を突く。すると、すだれがするすると上がっていき、ミカドの顔があらわになるが……。
「えっ!?」
「ふふ、驚いておるな。ま、それも仕方あるまいて」
あまりのことに、リオは驚きの声を上げる。ミカドは、リオそっくりの顔をしていたのだ。
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