187話―鉄拳、剛健、怒髪天
「キャキャキャ、ちょうどいいや! お前も後で殺す予定だったからなぁ、ここで始末してやるよ!」
もう一人の標的であるオウゼンが姿を現したことを喜びつつ、カクトは棒を構え走り出す。自身の持つ棒の方がリーチがあり、さらには炎という飛び道具がある。
故に負けることはない。そう考えたカクトは、勢いよく先制攻撃を仕掛けるが……。
「舐めるな小童ァ!!!!」
「ケギャアッ!?」
まだ間合いに入っていないのにも関わらず、オウゼンが斧を一振りしただけでカクトが吹き飛ばされたのだ。突然のことに、リオたちは唖然としてしまう。
ただ一人、カレンを除いて。
「ああ……そうだったな、オヤジにゃ
「え? そうなの?」
そう呟くカレンに、クイナが問いかける。情報通のクイナも、オウゼンの能力は知らなかったらしい。カレンは頷き、己の父を見ながら話を続けた。
「オヤジの
「ほえー、そりゃ強い……アレ? でもそれだと、拙者たちも巻き添え食らうんじゃ……」
「問題ねえよ。『無限怒髪天』が発動してる間は、オヤジが敵と見なしたヤツにしか攻撃が当たらねえから」
至極当然の疑問を口にするクイナに、心配無用とばかりにカレンが笑いかける。その間にも、オウゼンは鬼のような表情を浮かべながらカクトに詰め寄っていく。
対するカクトは、素早く体勢を建て直し反撃しようとする。しかし、オウゼンが再び斧を振るうと、またカクトは勢いよく吹き飛ばされてしまう。
「ぐうっ……クソッ、噂にゃ聞いてたがなんつーインチキな……」
「まぁーだホザくか小童! 貴様にはキツい仕置きをしてくれるわ!」
カレンを傷付けられ怒り心頭なオウゼンは、力任せに斧を振るいカクトを叩きのめす。斧は刃が潰されており、斬撃による裂傷を負うことはない。
その代わり、一撃で骨をも砕きかねない破壊力を持った遠隔打撃が延々と叩き込まれるのだ。反撃しようにも、一方的に遠距離から叩かれてはそもそも動けないのだ。
「うわぁ……アレはえげつないね。敵ながら哀れなものだ」
「うん……。ちょっと怖い……」
まさに鬼神と呼ぶべきオウゼンの姿を見て、ダンスレイルとリオはそれぞれの感想を漏らす。つい先ほどまで苦戦させられたカクトが、今は一方的にリンチされているのだ。
リオとしては、オウゼンの表情も相まって軽いトラウマになりかけてしまっていた。ダンスレイルも、若干鳥肌が立ってしまっている。
「ぐっ、ごっ、ゲキャッ……いつまでもぉ、調子に乗ってんじゃねえ!」
叩きのめされていたカクトは、オウゼンが斧を振り上げた一瞬の隙を突き突撃する。炎を棒に纏わせ、相手のみぞおちに向かって素早く突きを見舞う。
「死ねやぁ! オラッ!」
「死ねだと? フン、そんなヤワな攻撃でくたばるオウゼン様ではないわ!」
勢い勇んで反撃してきたカクトにそう叫ぶと、なんとオウゼンは腹筋の力だけで棒を弾き返し、さらには先端部分を粉々に粉砕してしまった。
これには流石のカクトも唖然としてしまい、口をあんぐり開けることしか出来なかった。
「……うっそぉ」
「嘘じゃあない。その証拠にな……てめえは今から、死ぬほど酷い目に合うんだからな!」
そう叫ぶと、オウゼンは左手を伸ばしカクトの後頭部を鷲掴みにする。すかさず斧を投げ捨て、超高速のジャブの連打を相手の全身にブチ込む。
属性の相性もクソもない、純然たる剛力から繰り出される鉄拳の嵐に、カクトは抵抗出来ない。いや、一応炎を全身に纏い防御しようとはしているが、全く意味を為していないのだ。
「うわ……カレンの親父さん、熱くないのかな、アレ。拳とか火が燃え移ってるよ?」
「あー、ヘイキヘイキ。ああなったオヤジはなーんも感じてねえからな。プッツンしてるって言やいいのか……ま、こうなったらもう止めらんねえのさ」
カクトの纏う炎が燃え移ってもなお攻撃を止めないオウゼンを見ながら、カレンとクイナはそんなことを話す。すでに虫の息になったカクトは、なすがままにされていた。
「フン、どうした、もうヘバったか? まあいい、これで終わりにしてやる。歯ァ食いしばれ! ハァッ!」
「ギ……ゲキャァッ!!」
オウゼンは左手を離すと同時に、トドメの鉄拳をカクトの顔面に叩き込む。くぐもった悲鳴を上げながら、カクトは半分炭になった家屋に激突し、崩落に巻き込まれた。
少し待って、カクトが出てこないことを確かめたオウゼンは、ようやく腹の虫が収まった。大きく息を吐き、斧を拾い上げ鞘に戻し火を払う。
「やれやれ、拳が熱いわい。ま、火ネズミの皮で出来た着物を着ているから、この程度で火傷はせんがな!」
「いや、拳と顔は剥き出しだろ、アホオヤジ」
どこか誇らしげに笑うオウゼンに、カレンがやれやれといった風にツッコミを入れる。とは言え、オウゼンのおかげでカクトを退けられたことに変わりはなく、リオたちは礼を言う。
……オウゼンへの恐怖心が復活したため、リオはずっとダンスレイルの後ろに隠れていたが。
「いやいや、間に合ったようでよかったよかった。結界塔も無事なようだしな」
「結界塔? なんだい、それは」
エンリャンの里の中心部にある五重の塔を見ながらそう口にするオウゼンに、ダンスレイルが尋ねる。すると、ポンと手を叩きながら解説を始める。
「ああ、まだ話してなかったか。あの塔はな、ヤウリナの首都テンキョウを守る結界を維持するためのものだ。この国の東西南北と中央に一つずつあるモンなんだよ」
「へえ……そんなものがあるんだね」
「おうよ。魔王軍の連中がここ最近、塔を壊そうと躍起になっててな、その対策でいろいろ忙しいのよ」
オウゼンがそう話していると、里の中心部からコウマが走ってきた。オウゼンを見ると、安堵の表情を浮かべ走り寄ってくる。
「ああっ、やっと見つかった! 困りますよオウゼン様、勝手に抜け出されては……」
「仕方ないだろう、愛しの娘が襲われていたんでな。ま、不埒者は成敗したからもう安心だ。なあ、婿殿?」
「ピッ!? そ、そうですね……」
声をかけられたリオは、変な声を出しつつサッとダンスレイルの後ろに隠れる。よほど怖かったらしく、背中によじ登りぎゅっと翼にしがみついていた。
ダンスレイルは嬉しさ半分苦笑半分といった感じでリオを背負い直し、カレンたちに声をかける。
「さあ、もう敵は倒した。そろそろ行こう。後のことは、そこにいる人らに任せるとしよう」
「ん……そうだな。そろそろテンキョウに戻らねえと、オヤジがこっぴどく叱られるだろうしな」
カレンは頷き、一行は後の処理を里の武士たちに任せ牛車の方へ戻っていく。一行が去り、武士たちが一部始終の報告をするため里の権力者の元へ向かった後、崩れ落ちた瓦礫が動いた。
「ゲ、キャ……クソッ、死ぬかと思ったぞ……」
ギリギリで一命を取り留めたカクトが、ほうほうのていで瓦礫の中から這い出してきたのだ。懐から
「あのクソオーガ……覚えてろよ。次に会った時は返り討ちにしてやる……!」
オウゼンへの復讐を誓い、カクトは姿を消した。瞳の奥で、憎悪の炎を燃やしながら。
◇――――――――――――――――――◇
「さあ婿殿、牛車に乗り……」
「あ、ぼ、僕ダンねえのとこにいるので!」
テンキョウへの旅を再開したリオたちは、街道を進んでいた。オウゼンはリオを牛車に招くも、即座に拒否されて落ち込んでしまう。
「ぐぅ……何故だ、婿殿が懐いてくれん……」
「たりめーだよ、あんだけリオの前で大暴れすりゃ怖がられるっつーの」
カレンからの的確なツッコミを受け、オウゼンはさらに気落ちしてしまう。生まれて初めて、自分の苛烈な戦いっぷりを悔いることになるとは思っていなかったようだ。
しょんぼりしたまま牛車の隅っこに座り、へのへのもへじを書く父親を呆れた顔で見た後、カレンはごろんと寝転がる。一方、牛車の外ではリオとコウマが話をしていた。
「そうなんですか、子どもの頃からオウゼンさんに仕えてるんですね」
「ええ。とても名誉なことです。タチカワ家はヤウリナでも長い歴史を持つ大貴族。皆の憧れですよ」
「そっかぁ。そんなに凄い人なんだ……」
リオはチラッと牛車の方を見た後、先ほどのことを思い出し目を背ける。そんな様子を見て苦笑しつつ、コウマは声をかける。
「次第に慣れますよ。オウゼン様はああ見えて、身内には優しいお方ですから」
「……だといいなぁ」
そう呟きながら、リオたちはテンキョウへ向けて進んで行くのだった。
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