300話―想いを束ねて、魔王を討つ時

「なんだ……? あの光は。まあよい。もしかすれば、あの者はまた立ち上がれるやもしれぬ。期待しておこう」


 玉座の間を白い光が塗り潰していくなか、グランザームはそう呟き静観する。またリオが立ち上がり、戦うことが出来るならばこれ以上にない喜びだからだ。


 一方、光に包まれたリオの元に、導かれるかのように九人の霊が集まってくる。守護霊の指輪に名を連ねた、魔神たちの意志がリオに力を与えに現れたのだ。


『リオ、しっかりしな。アタイたちがいるんだ、負けるこたぁねえ。約束したろ? 必ず勝つってな』


「カレン、お姉ちゃん……」


 守護霊――カレンの言葉に、リオは身体の底から力が沸き上がってくるのを感じていた。そうだ、まだ自分は終われない。約束をしたのだ。必ず勝つと。


『さあ、手を伸ばして、リオくん。君が倒れたなら、私たちが助け起こすよ。それが、私たちの為すべきことだから』


 霊体となったダンスレイルが手を差し伸べると、他の者たちもリオを助け起こす。全員が、願っている。リオが再び立ち上がることを。


 グランザームを倒し、生きて帰ってきてくれることを。


『ここからが踏ん張りどころですわよ、師匠! わたくしたちも応援していますわ!』


『そうだよ、リオくんは一人じゃない。守護霊として、拙者たちが君を守る! だから、怖いことなんて何もないんだ!』


 エリザベートとクイナが、リオを助け起こしながらそう声をかける。暖かい言葉に、リオの頬を安堵の涙が伝って落ちていく。――自分は、一人じゃない。


 心から、そう思えたから。


『おいおい、泣くのはまだだぜ、リオ。男が泣く時はな、全てを終わらせて、仲間のところに戻ってからなのさ』


『そーだよ! 私たち、待ってるんだからね? おとーとくんが笑顔で帰ってくるのを!』


 ダンテとレケレスが、微笑みを浮かべながら語りかける。リオは静かに頷き、全身に力を込めゆっくりと立ち上がっていく。


『我が君、もう少しです。もう少しの頑張りで、貴方のこれまでの行いの全てが報われます。だから……そのための力を、差し上げましょう』


『そうだ。妾たちがいて、力を……勇気を……希望を、与えよう。手を握り、隣に寄り添ってな』


「みんな……」


 リオは立ち上がり、仲間たち一人ひとりを見つめる。全員が、信じているのだ。リオが勝つことを。一点の疑いもなく、晴れやかな心で。


『ゆけ! 盾の魔神リオよ! 我らとその始祖、ベルドール……そしてその盟友、ラグランジュの加護と共に!』


「うん! 僕、行ってくるよ!」


 激励するエルカリオスにそう答え、リオは光の向こう側へ向かって駆け出していく。身体を蝕む傷は、もう一つもない。あるのは、無限の勇気と闘志。


 紡いだ絆が奇跡を起こし、盾の魔神は再び戦場へ舞い戻る。最後の戦いを制し、因縁に終止符を打つために。


「……! 来たか……再び来たか! リオよ!」


「お待たせ、グランザーム。ここからが本当の戦いだよ」


 光が消え、万全の状態になったリオが現れるとグランザームは歓喜の表情を浮かべる。再び戦いが始まるかと思われたその時、リオはおもむろに左腕を天に掲げた。


 まるで、何かが来るのを待つかのように。


「……この戦いになくちゃならない、最高のゲストがもうすぐ来るよ。悪いけど、それまで待ってね」


「構わぬ。貴公が強くなればなるほど、我が血も滾るというものよ。さあ、呼ぶがよ……まさか、この気配は!?」


 強大な力の接近を感じ、グランザームは空を見上げる。次元を越え、現れたのは……ジャスティス・ガントレットの対となる、錆び付いた籠手――パラトルフィ・ガントレットだった。


 かつて、ラグランジュが与えられた神器であり、ファルファレーに奪われていたソレが、リオの危機を察知し現れた。籠手がリオの左腕に収まると、錆が剥がれていく。


「なるほど……クハハハハハ!! すっかり忘れておったわ! ラグランジュの神器の存在を!」


 かつてのような白銀の輝きを取り戻し、手の甲に空いた大きな穴に九色の輝きを放つ宝玉が嵌め込まれる。赤、灰、緑、黄、水色、青、紫、金、銀。


 これで……欠けていたものは、全て揃った。


「お待たせ。さあ、始めようか。最後の……戦いを!」


「望むところよ! 今一度、我が力の全てをもって終止符を打ってやろう!」


 リオとグランザームは、互いに向き合い走り出す。両手を握り締め、リオは仲間たちとの絆の結晶たる盾を作り出した。


「出でよ……血束の盾!」


 身体の中に流れる魔神の血の絆が、新たなる盾を作り出す。表面に九つの宝玉が埋め込まれた、黄金の輝きを持つカイトシールドを右腕に装着したリオへグランザームは左腕を叩き付ける。


「今一度受けてみよ! ボルテックス・ドライブ!」


「その技は……もう、効かない!」


 再び稲妻の杭が放たれるも、リオは血束の盾で真正面から受け止めてみせた。今度は後退することなく、大地に根を張る大樹のように微動だにせず耐えきった。


「おお……! 素晴らしい、素晴らしいぞ! ならば……さらに技を重ねさせてもらおう! カイザー・クロウ!」


「ムダだ! ブラッドユニット・シールドアッパー!」


 雷のパイルバンカーを消失させ、グランザームはそのまま爪を振り下ろす。が、今のリオにその程度の技は通用しない。盾を振り上げ、魔戒王の爪を打ち砕いた。


「これは……!? オリハルコンをも切り裂く、余の爪を一撃で砕くとは!」


「まだ……終わらないよ! 僕の攻撃は、ここからだ! みんなの力を……見せてやる!」


 リオがそう叫ぶと、血束の盾が巨大な両刃の斧へ変化する。全ての魔神の力が、今のリオには宿っているのだ。


「これはダンねえのパワーだ! アクティオン・スラッシャー!」


「ぐっ……があっ!」


 斧による切り上げを食らい、グランザームは上空へ吹き飛ばされる。そこへ、リオは怒涛の連続攻撃で畳み掛ける。


「これはくーちゃんのパワー! シャントラント・ソーサー!」


「くっ、まだだ!」


 続いて、リオは斧を巨大な手裏剣へ変化させ高速で回転させながら突撃する。魔戒王は闇の盾を作り出し防御しようとするも、盾ごと身体を切り刻まれた。


 それでもなお魔斧を振り、グランザームは反撃を行う。リオは軽やかに上に飛んで避け、第三の奥義を放つ。


「ぐうあっ……」


「今度ははカレンお姉ちゃんの力を見せてやる! サンダルグライト・インパクト!」


「そうそう何度もやられるものか! イービルホーン・ドリラー!」


 手裏剣が雷を纏う鉄槌へ変わり振り下ろされると、負けじとばかりにグランザームの頭部に生えた角が伸び攻撃してくる。しかし、鉄槌に砕かれ反撃は失敗し、脳天に一撃を受けた。


「ぬ、ぐう……」


「まだ終わらないよ、グランザーム! ダンテ兄さんの力……食らえ! フォロウインド・スピアー!」


「がはあっ!」


 難なく反撃をいなしたリオは、鉄槌を槍へ変化させ相手の身体を点し貫く。槍が引き抜かれる途中、穂先から突風が吹き出し敵を地面へ叩き落とす。


 よろよろと立ち上がるグランザームに、リオは攻撃の手を緩めることなくさらに奥義を叩き込む。


「フフ、やるな……。さあ、次の技を見せてみるがいい!」


「お安いご用さ! トキソニアン・アームハンマー!」


 まだまだ闘志の尽きないグランザームへ、リオは槍を変化させた鎧の腕部装甲を叩き込む。直撃する寸前で避けられてしまったが、着弾と同時に猛毒が飛び散る。


 毒液が身体にかかり、魔戒王は痛みで顔をしかめる。


「ぐっ……!」


「次だ! 今度はエッちゃんとエルカリオス兄さんの力の併せ技だ! ソルドレイド・セイバー!」


「ここで負けるわけにはいかぬ! デッドリー・エクスバースト!」


 真っ赤に燃える大剣と、闇の力を纏う魔斧がぶつかり合う。互角の押し合いが続き、両者共に一歩たりとも退かない。


「うおりゃああああ!! まだまだ、終わらない! マキナ・ドライブ!」


「ぬうううううう!! 余が敗北することなど……ないのだァァァァ!!」


 一進一退、激しいつばぜり合いを制したのは……ファティマの魔力を得たリオだった。魔斧の刃に亀裂が走り、一瞬の静寂の後に大きな音を立てながら砕け散った。


 灼熱の大剣によって身体を切り裂かれ、魔戒王の証たる黄金の鎧が粉々になる。上半身の守りを失ってなお、グランザームは歓喜の笑みを浮かべる。


 命を賭けたリオとの戦いが、心底楽しかったのだ。


「バカ、な……がはっ! ……フフフ、まさかここまで余が追い込まれるとは。ならば、最後の切り札を使うしかあるまい。さあ、受けてみるがいい、リオ! 冥門解放……終の獄『四天鋭刃』!」


「その技……受けて立つ!」


 大剣を元の盾に戻し、リオは何の策もなく螺旋を描きながら迫り来る四つの刃へ飛び込む。刃を潜り抜ける瞬間、火炎、冷気、電撃、風刃がリオに襲いかかる。


 前後の道を四つの攻撃に遮られ、内側を向いた刃に全身を切り刻まれる。しかし、リオは倒れない。傷付くそばから、肉体が再生していっているのだ。


 何者も、リオを阻むことは出来ない。


「こんなもの、破壊してやる! アイギストス・タイフーン!」


「! 我が切り札が……破られた、か」


 リオは右腕に飛刃の盾、左腕に月輪の盾を装着し身体ごと回転させる。横に、縦に、斜めに……縦横無尽な盾の嵐が、グランザームの最後の切り札を打ち破った。


 絶体絶命の危機にあるはずの魔戒王の顔に、絶望はなかった。怒りも、憎しみも、哀しみもない。あるのは……リオの強さを、彼らの絆を讃える笑みだけだ。


「グランザーム。これで終わりだよ。覚悟はいい?」


「ああ。覚悟は出来た。リオよ、遠慮なく討つがよい。余の首という最大級の褒美をくれてやろう!」


 グランザームは晴れやかな笑顔でそう言いながら、両腕を広げリオの放つトドメの一撃を受け入れる体勢を取る。リオは両腕をピッタリと合わせ、盾を大砲へ変化させていく。


 九つの色に彩られた、最後の切り札たる大砲をグランザームに向け、リオは小さな声で呟いた。――さようなら、と。


「……グランザーム、これで終わりだ! 最終奥義……ナインデモンズ・ブラスター!!」


「ぐっ……があああああああああああああ!!」


 極太の光線に呑まれていきながら、魔戒王は最後の断末魔を響かせる。全てが終わった時……黒焦げになったグランザームは、ゆっくりと床へ倒れた。


「……ふふ、見事であったぞリオよ。貴公に敗北し、死ぬのなら……余は、もう思い残すことなど何もない。素晴らしい戦いを……ありがとう。我が友よ」


「おやすみ、グランザーム。ゆっくり……休んでね」


「そうすると、しよう。この魔界も……余が死ねば、貴公らの大地に取り込まれ一つになるだろう。さあ、往くがいい。貴公を愛する者たちの……もと……へ……」


 宿敵の元に歩み寄り、リオはそっと手を握り最期を看取った。満足そうな笑みを浮かべたまま、魔戒王グランザームは息を引き取った。


 リオは黙祷を捧げた後、彼の亡骸を担ぎ上げる。一人ぼっちで残していくのは、可哀想だと思ったのだ。


「……グレイガのお墓の隣に、埋葬してあげる。親子仲良く……一緒に、いられるように」


 そう呟いた後、リオは一歩ずつ歩いていく。仲間たちのところへ。光ある、素晴らしき大地へと。

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