73話―ガルトロスとリオ
「……あれは今から十三年前のことだ。リアボーン王国の第一王子だった私は、弟の誕生を待っていた。我が弟、リオの誕生をな」
牢獄の中にいるアイージャたちに、ガルトロスはそう語る。その瞳は彼女たちを映しておらず、遠い過去に思いを馳せているようだ。
「……だが、とある占い師の予言で私の運命は狂った。王位を継ぐはずだった私は、玉座を奪われたのだ」
「……予言、だと?」
アイージャがそう呟くと、ガルトロスは頷く。その顔は憎しみによだて険しくなり、強く握り締められた拳からは真っ赤な血が滴っていた。
その時、ガルトロスは不意に牢獄を殴りつける。彼の突然の行動に、思わずアイージャとダンスレイルは身体をビクつかせてしまう。
「そうだ! 忘れもしない……。『産まれ落ちし子はやがて神の意思を継ぎ、大地に平穏をもたらすだろう。忌まわしき魔の去りし地に、新たな王は目覚めん』……この予言を、私の両親は真に受けた」
予言の内容と自分が受けた仕打ちを思い出し、ガルトロスは憤怒の表情を浮かべる。しばらくして、心を落ち着けた彼は、話の続きを語り出す。
「本来王位を継ぐはずだった私は、リオが生まれた後両親から言い渡された。予言に従い、私ではなくリオを王にすることに決めた、と。当然、私は納得しなかった。そんな折、私は偶然魔族と接触し取り引きを持ちかけられた」
「魔族と……?」
ガルトロスの言葉に、ダンスレイルは嫌な予感を覚える。果たしてその予感は的中し、ガルトロスは信じられないことを嬉々として話し始めた。
「そうだ。魔族は私に言った。この国を滅ぼすために手伝いをすれば、魔王軍の一員として迎え入れると。その提案に、私はすぐ頷いたよ。私が王になれぬ国など必要ないからな!」
彼は自ら選んだのだ。己が生まれ育った祖国を、家族を、罪なき民を……見殺しにすることを。歪んだ笑みを浮かべるガルトロスに、アイージャたちは嫌悪感を抱く。
少しだけガルトロスに同情していたが、あまりにも身勝手極まりない行いに怒りが沸き上がる。自分が王になれない……そんな理由で国を滅ぼす引き金を引いたことが許せなかったのだ。
「……最低だな。両親に直訴すれば、まだ可能性があったろうに。そんな理由で罪なき者たちを死なせるなど、お主には王族としての……いや、人としての倫理はないのか!」
「捨てたさ。そんなもの、とうの昔にな」
アイージャの叫びに、ガルトロスは後悔も反省も欠片のない声で答える。彼にとって、アイージャから掛けられた言葉は何も響かなかった。
「だが、ご覧の通りだ。よりによってリオの抹殺に失敗し、あいつは生き延びた。運のいい奴だよ。本当に許せ……」
「……その話、本当なの?」
その時だった。島の内部にある林の中から、この場にいるはずのない者の声がガルトロスたちの元へ届く。三人は仰天し、声がした方を一斉に見る。
ガサガサと木々と掻き分け、リオが砂浜に姿を現した。
「リオ……!? どうしてここに!? 私たちがここにいるなんて知らないはずだ!」
「今説明するよ。何で僕がここにいるのかを、ね」
ダンスレイルの言葉にそう返し、リオは伝える。何故セルンケールにいるはずの自分が、この無人島にいるのかを。
◇――――――――――――――――――◇
クレイヴンたちとの戦いを終え、晩餐会を楽しんでいたリオ。エリザベートやクイナに食べるのを手伝ってもらっていた時、三人の魔神の気配を感じ取った。
無人島で戦っているアイージャとダンスレイル、そしてバルバッシュのものである。リオは食事の手を止め、エリザベートの肩をしっぽでつんつんつつく。
「ね、ね、エッちゃん。僕、ちょっとおトイレに行ってくるね」
「かしこまりましたわ。ですが、お一人で大丈夫ですの?」
「うん、大丈夫。すぐに戻るね」
リオはそう伝えた後、晩餐会の会場を出る。キョロキョロと周囲を見渡し、兵士たちに見つからないよう廊下を走る。
中庭に出たリオは、頭の中でアイージャたちの気配をたどる。彼女たちのいる場所へと繋がる界門の盾を作り出した。
(エッちゃんたちには悪いけど、ねえ様たちの気配がするのは気になるし……ちょっとだけ様子を見てこようっと。ごめんねエッちゃん)
心の中でエリザベートに謝罪しつつ、リオは界門の盾を開きアイージャたちのいる無人島へ向かう。島の内部にある林の中に現れたリオは、ガルトロスの話を聞くこととなったのだ。
◇――――――――――――――――――◇
「……なるほど。まあいい。ここに来たのは予想外だったが、セルンケールまで行く手間が省けた。本来ならバルバッシュと共同でお前を仕留める予定だったが、ここで息の根を止めてやろう」
「お前が敵だっていうのは分かった。そっちがその気なら、僕だってやってやる!」
予期せぬリオの登場に面食らったガルトロスだったが、すぐに気を取り直す。兜をかぶり、魔力を練り上げていく。リオは飛刃の盾を作り出し、先制攻撃を放つ。
「これでも食らえ! シールドブーメラン!」
「フン、こんなモノ!」
ガルトロスは腕を振って飛刃の盾を弾き飛ばす。それを見越していたリオは走り出し、渾身の力を込めたドロップキックをみぞおちに叩き込む。
「てやあっ!」
「ぐっ……やるな。だが、私を倒すことは出来ん! 冥土の土産に見せてやろう。『死騎鎧魔』たる私の力を!」
そう叫んだ後、ガルトロスは練り上げた魔力を解放する。その時、リオは一瞬ガルトロスが消えてしまったかのような錯覚を覚えた。
次の瞬間には気を取り直し、ガルトロス目掛けて魔力で操った飛刃の盾をぶつける。流石に背後からの攻撃は防げず、ガルトロスはよろめく。
「ほう、やるな。私をよろめかせるとは」
「余裕だね。言っておくけど、片腕だからって舐めてると痛い目見るよ!」
呼び戻した飛刃の盾を右腕に装着し、リオはガルトロスに飛びかかる。二人の攻防を見ながら、ダンスレイルは小さな声で呟きを漏らす。
「……おかしい。あれだけリオと打ち合って鎧がボロボロになってるのに……中に何も見えない。これは一体……」
ダンスレイルの呟きが聞こえたわけではなかったが、リオも違和感を感じていた。剛力によって砕かれていくガルトロスの鎧の下には、本来あるべき身体がないように見えた。
打ち合いの末、リオの一撃がガルトロスの鎧のみぞおち部分を砕いた瞬間、違和感は驚愕に変わる。鎧の下には、本当に
「こ、これは……!? うあっ!」
「驚いたか? リオ。これこそが我が奥義……己の身を鎧そのものに変換する
驚いているリオに回し蹴りを放ち、ガルトロスは高らかに叫ぶ。その言葉通り、砕かれた鎧の破片が集まり、再び元の形状に戻っていく。
それを見たアイージャとダンスレイルは、何故ガルトロスが終始余裕の態度を崩さなかったのかを理解した。驚異的な能力を前に、二人は小声で話し合う。
「……ガルトロスめ、思っていたよりも強力な隠し球を持っていたようだ。このままではリオが不利になる。どうにかしてあの鎧の攻略法を見出ださないと」
「だね。あの鎧化も、全能の能力じゃないはず。あらゆる力には必ず弱点や欠点がある。それさえ見つけられればリオくんの助けになれる!」
牢獄から出られないなら、せめてガルトロスの持つ力の弱点を暴こう。そう決めた二人は、
「フン、何をするつもりかは知らぬがムダなこと。貴様らが目的を果たす前に、私がリオを殺してくれるわ!」
「わっ! 鎧がバラバラになった!?」
ガルトロスは魔力で鎧の留め具を外し、手足のパーツを遠隔操作してリオを攻撃する。一気に相手の手数が増え、リオは劣勢に追い込まれる。
ただでさえ隻腕故に手数が足りないところに、さらに敵の攻勢が激しさを増してきているのだ。何とか状況を打開しようと、リオは頭をフル回転させる。
(考えなきゃ……! このままじゃなぶり殺しにされちゃう。どうにかしてあの鎧の……ん? 待てよ、そういえば……)
ガルトロスの猛攻を凌いでいたリオは、
(……これだ! 効果があるかは分からないけど……やってみる価値はあるかも!)
希望を見出だしたリオの、反撃の狼煙が上がろうとしていた。
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