280話―魔界への試練! ボグリスとの最後の戦い!

「舐めるなよ、このガキが! 今のてめえに何が出来るってんだよ!」


「いろいろ出来るよ。例えば、こんなことや……」


 そう言いながら、リオはボグリスの滅多斬りを紙一重でするする避けていく。これまでの戦いの中で鍛え上げられた動体視力を用いているのだ。


 無論ボグリスの攻撃速度も、以前戦った時とは比べ物にならないほど上昇している。しかし、幾多の強敵たちとの戦いに打ち勝ってきたリオには、遅く見えた。


「ほら、こんなことも……」


「なっ!?」


 反撃を開始したリオは、タワーシールドで殴り付ける……と見せ掛けて、足払いを行いボグリスのバランスを崩す。巧みなフェイントも、培われたリオの技術だ。


「……出来るんだよ!」


「ぐはあっ!」


 仰向けに転倒したボグリス目掛け、リオはボディプレスを敢行する。素早く飛び上がりつつ、タワーシールドを下敷きにしてボグリスを押し潰した。


 魔神の膂力には劣るものの、肉体強化の魔法により軽やかな機動力を得たリオは即座に飛び退き距離を取る。相手の実力、その底が見えるまでは深追いはしない。


 魔神の再生能力を持たない今のリオは、慎重に勝機を掴み取る作戦に出たのだ。


「ぐっ……クソが……。調子に、乗るなよ……。てめぇなんざ、コレで仕留めてくれらぁ!」


「その短剣……毒が塗ってあるね?」


「ヒャハハハハ! その通りだぁ! こいつにはな、強力な猛毒が塗り込んであるんだ。ちょっとかすっただけで、てめぇはあの世行きだ!」


 怒りを剥き出しにし、ボグリスはそれまでマントの中にしまっていた左腕を出す。その手には、ぬらぬらと紫色に光る不気味な刃を持つ短剣が握られていた。


 短剣をバックラーのように全面に押し出し、リオを牽制しながらボグリスはジリジリと距離を詰める。対するリオは、少しずつ後ろへ下がっていく。


「どうした、さっきまでの勢いはよぉ。降参するってんなら、一撃で死なせてやるぜ」


「降参? しないよ、そんなこと。その必要もないし……ね!」


「なっ、てめぇ!?」


 リオはタワーシールドの裏側に隠れた状態で、ボグリス目掛けて勢いよく突進をし始めた。位置を変えてリオの背後や横に回り込もうとするボグリスだが、上手くいかない。


 相手の気配を肌で察知し、リオが的確に方向転換しつつ迫ってきているからだ。多くの戦いを通して成長を遂げたリオからすれば、今さら猛毒の短剣など恐れる必要などない。


「今度は壁とタワーシールドでサンドイッチにしてあげるよ、ボグリス!」


「クソッ! こっちに来るんじゃねえ!」


 かすれば即死ということは、言い換えれば当たらなければどうということはない、ということだ。リーチも短く、リオの身動きを封じるような手段もないとあれば、楽に処理出来る。


 強力な猛毒があるという事実に慢心し、ボグリスは短剣を攻略された時の対処法を全く考えていなかった。己の唯一の武器を奪われた時のことを考えているリオとは、対照的だ。


「このガキィ、来るなっつってんだろうが!」


「やだよ、このまま潰れちゃえ!」


 必殺の猛毒短剣が全く通じず、ボグリスは無様にコロシアムの中を逃げ回る。イチかバチか、短剣を投げつけるという考えすら浮かばないようだ。


 一応、リオのスタミナが切れるまでの時間を稼ぐ、という作戦を実行している風を装ってはいる。が、元から重い鎧と盾で武装し戦ってきたリオの体力は無尽蔵だ。


 そう簡単に尽きてしまうほど、リオの体力は低くない。


「ぜぇ、ぜぇ……。この野郎、いつになったら、バテやがるんだっての……」


「あれ、もう息があがったの? じゃあ、休ませてあげるよ! チャージタックル!」


 早くもバテてきたボグリスを捉え、リオはさらに加速して体当たりを叩き込む。タワーシールドの重量を加えた一撃が、クリーンヒットする。


 ボグリスはコロシアムの壁の方へ吹き飛ばされ、勢いよく叩き付けられた。踏まれたカエルのような間抜けな呻き声を漏らし、ずるずると崩れ落ちていく。


「クソ、が……! これ以上コケにされてたまるか! オレの真の切り札を見せてやる! 出でよ、アーマーパーツ!」


「!? これは……ガルトロスの!」


 よろよろと立ち上がった後、ボグリスは両手を広げ大声で叫びをあげる。すると、どこからともなく銀色のプレートアーマーのパーツが現れ、宙を漂う。


 それを見たリオは、即座に理解した。なんらかの方法で、ボグリスがかつての敵、ガルトロスの力を手に入れたということを。


「ギャーハハハハ! この鎧がありゃあ、もう短剣なんざいらねえ! 覚悟しな、リオ。てめぇをいたぶり殺してやるからよ!」


 そう言うと、ボグリスは短剣を投げ捨て、マントを脱ぎ去り全身に鎧を纏う。左腕を突き出し、籠手を形成するパーツをリオ目掛けて射出して牽制する。


「今度はオレの番だ! アーマーアロー!」


「おっと、当たらないよ!」


「バカめが! こっちが本命だ!」


 飛来してきたアーマーパーツをタワーシールドで防御したリオの隙を突き、ボグリスは大剣をふりかざし突撃する。それを見たリオは横っ飛びで攻撃を避けた。


 そして、飛び道具として地面に落ちたパーツをこっそりと拾いあげる。タワーシールドの裏側に隠し、切り札として使えるようストックしておく。


「オラオラ! 避けるだけじゃあ、オレには勝てねえぜ!」


「くっ、このっ!」


 ある目的のため、リオは防戦一方の状況に追い込まれているかのように振る舞う。苦戦している演技を見たボグリスはまんまと罠にハマり、攻撃を繰り返す。


 アーマーパーツを次々と射出し、身軽になりつつ遠距離攻撃を繰り返す。相手の攻撃を全て弾きながら、リオはチラチラと周囲の状況を確認する。


(もう少し、あとちょっとでに届くぞ。あとは、角度と距離を計算して……)


「ブツブツ言ってんじゃねえぞ、オラあっ!」


「! 今だ! てやっ!」


 アーマーパーツのほとんどを攻撃に費やし、首などの急所が剥き出しになったボグリスがリオへ襲いかかる。それを見たリオは逆襲の作戦を決行した。


 これまで回収したいくつかのアーマーパーツのうち、一つをおもいっきり投げつける。ボグリスではなく、


「あ? 何やって……」


「そりゃあっ!」


「!? こいつ、短剣を手元に!?」


 すかさずリオはさらにパーツを投げ、宙に浮かせた短剣をさらに弾く。角度と距離、速度を計算して投げられたパーツに当たった短剣は、リオの元へと飛んでいく。


 ボグリスが猛毒の短剣を取り出した時点で、リオの狙いは一つに絞られた。すなわち、短剣を奪い、盾しか持たぬ自身の武器を増やすことだ。


「これで短剣はこっちの手に渡ったね。ありがとうボグリス。自分から強力な武器を手放してくれて」


「てめぇ……! 舐めるなよ、そんなもん当たらなけりゃなんてこたぁねえんだからな!」


「当たらずに済むと思ってるなら、僕のことをみくびり過ぎているよ、ボグリス。僕は、ずっと戦ってきた。いろんな強敵と」


 そう言いながら、リオはボグリスに襲いかかる。ボグリスを手玉に取り、短剣とタワーシールドを巧みに操り相手を壁の方へと追い詰めていく。


「いろんな敵がいたよ。純粋に強いのもいたし、搦め手が得意なのもいた。数の力で押してくることもあれば、戦士としての質の高さで圧倒してくる時もあった」


「うるせえ! 何が言いたい!? 簡潔に言え!」


「つまりね、ボグリス。そんな強敵たちと戦ってきた僕は、君よりずっとずっと強いってことさ!」


 リオは叫びながら、渾身の力を込めてタワーシールドをおもいっきりブン投げた。ボグリスは大剣を振るい、盾を真っ二つにしてしまう。


 そのままリオも切り刻もうとするも、すでにリオの姿はない。タワーシールドの下を潜り抜けるように、己の懐へと飛び込んできていたのだ。


「やべっ……」


「さよなら、ボグリス。今度こそ……地獄に落ちろ!」


 そう叫ぶと、リオは短剣をボグリスの心臓に突き立てる。猛毒の塗られた刃が、愚者の心臓を貫いた。


「が、はっ……。嘘だ……オレが、このオレが……なんで、勝てねえんだよ……こんな、ガキに……」


 最後にそう言い残し、ボグリスは崩れ落ちて動かなくなった。その顔に、空虚な疑問の色を残して。リオは冷たくなったボグリスの亡骸を見下ろし、そっと呟く。


「……勝てるわけないさ。あなたは……自分以外の全てを、見下しているから。相手をリスペクトしない者は、勝てないんだよ。ボグリス」


 そう言ったリオの声には、憐れみの色が混ざっていた。

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