275話―世界を巡る旅路・グリアノラン&ケリオン編

 翌日。リオはロモロノス王国を離れ、今度は遥か北……雪原に覆われた国、グリアノラン帝国を訪れていた。かつてエルディモス率いる人造魔神たちと戦い、レケレスと出会った地。


 ここもまた、リオにとって多くの思い出が残る土地であった。スチームパイプと歯車の街、マギアレーナを散策しながら、女帝メルンがいる宮殿へと進んでいく。


「この街も、あんまり変わらないなぁ。まあ、悪いことじゃあないけどね」


 粉雪が降るなか、厚着をして通りを歩いているドワーフや魔傀儡たちを見ながら、リオはそう呟く。マギアレーナは、全く何も問題なく平和そのものだった。


 宮殿に到着すると、兵士たちが温かく出迎えてくれた。すぐに謁見の間へ通され、メルンとセレーナ皇女、宰相オゾクと久しぶりに再会する。


「おお、久しいのうリオよ。元気にしておったかの?」


「はい、元気いっぱいです。陛下はあれからお変わりないですか?」


「ほっほ、問題ないわい。そなたが持ってきてくれた仙薬のおかげで、すっかり回復したわ。今では、バレエも踊れるようになったぞ」


 リオの問いかけに、メルンは満面の笑顔を浮かべ答える。かつて、己が肉体を動かす機巧が錆び付き、死の淵に立ったメルンはリオがもたらした仙薬により奇跡の快復を遂げた。


 そのおかけで、唯一の肉親であるセレーナを置いて亡くなってしまうという事態が避けられたのだ。故に、メルンたちはリオに深く感謝していた。今では、民のほとんどが知っている。


「して、今日は何用かの? もしや、セレーナと挙式するための打ち合わせにでも来たのかえ?」


「も、もう! お母様ったら、冗談が過ぎますよ」


 メルンのジョークを聞き、セレーナは顔を真っ赤にする。その横で、オゾクは微笑ましそうに笑っていた。リオは苦笑しつつ、宮殿を訪れた理由を伝える。


「……なるほど。近々魔王との最後の戦いがある故、わらわたちに挨拶をしよう、と。そういうことか」


「はい。万が一、ということもありますから」


「リオ様……」


 リオの決意を聞いたメルンとセレーナは、一瞬不安そうな表情をする。が、すぐに柔らかな笑みを浮かべ、リオに激励の言葉を送った。


「何、大丈夫じゃ。リオは強い。それはわらわもセレーナもようく知っておる。そなたが負けるなどとは、微塵も思っておらぬ。のう? セレーナ」


「はい。リオ様、私はここでずっとお祈りしています。全てを終えて、あなたがまた来てくださるように。必ず……勝って、くださいね」


 二人の言葉に、リオは力強く頷く。再会を約束し、誓いのペンダントを授かった。青く美しいサファイアが嵌め込まれた、世界に一つだけの特注品だ。


「そのペンダントは、この国の職人たちが腕を奮って作ったものじゃ。わらわたちの想いが、そこに宿っておる。つらい時、思い出しておくれ。そなたは一人ではないと」


「ありがとうございます、陛下」


「では、次は我々からの贈り物を授けましょう。リオさん、私と一緒に工房の方へ来てください」


 ペンダントを受け取ったリオがメルンにお礼を言うと、今度はオゾクが話しかけてくる。リオは彼に連れられ、宮殿を離れ軍の工房へと向かう。


 その途中、霊園に立ち寄らせてもらい、リオはモローの墓前にて黙祷を捧げる。街を守るため、自らを犠牲にした老傀儡に、リオは見守っていてくれますようにと願う。


「……お待たせしました。行きましょう、オゾクさん」


「ええ。モローさんも、きっと天国からあなたを見守ってくれているでしょう」


 二人はそんなやり取りをした後、工房へ向かう。ティタンドールの製造と管理を行う工房では、ガルキート将軍が二人を待っていた。


「こんにちは、リオさん。ついさっきオゾクさんから連絡を受けてすっ飛んできましたよ」


「こんにちは、ガルキートさん。お忙しいところすみません」


「いえいえ。気にしないでください。……実は、あなたに渡したいものがありまして、ここ最近工房に通い詰めだったんです。これをどうぞ」


 そう言うと、ガルキートはリオにカギを渡す。かつて、ゴルトンから渡されたティタンドールの格納庫へアクセスするためのソレと、よく似ていた。


「これは……」


「あれから、あなたのティタンドール……レオ・パラディオンを改良しましてね。このカギがあれば、強化改良したレオ・パラディオンを呼び出すことが出来ます」


「凄い……!」


 レオ・パラディオンがあれば、グランザームとの戦いを優位に進めることが出来るだろう。ガルキート曰く、追加の強化パーツを開発してあるのだと言う。


 それらを任意で呼び出し、レオ・パラディオンに装着して強化することが可能だと聞かされたリオは目を輝かせる。最後の決戦を前に、心強い贈り物と言えた。


「ありがとうございます、ガルキートさん!」


「いえいえ、お礼はいりませんよ。これが、私たちの仕事ですからね。必ず勝って戻ってきてくださいね。データも取りたいですから」


 半ば冗談めかしてそう言うと、ガルキートはビシッと敬礼をする。カギを懐にしまい、リオもまた敬礼を返す。その様子を、オゾクはずっと見ていた。



◇――――――――――――――――――◇



 グリアノラン帝国での用事を終えたリオは、今度はアーティメル帝国の西へと界門の盾で向かう。以前、ファルファレーとその配下、神の子どもたちカル・チルドレンによって滅ぼされたケリオン王国の跡地にやって来た。


 王国再興のために奮闘しているエリルに会うため、リオは道なき草原を歩いていく。しばらくすると、リオの眼前に、以前はなかった大きな街が見えた。


「わあ……! 凄いや、もうこんな大きな街が出来てる!」


 リオは驚きながらも、街の中に入っていく。街は人々で賑わっており、活気に満ちていた。街の人々に尋ね、リオはエリルの居場所を聞き出す。


 街の中央にある大きな屋敷に住んでいるという情報を掴み、リオは早速そこへ向かう。屋敷の守衛にエリルがいないかを尋ねると、すぐに案内された。


「まあ! よく来てくださいましたね、リオさん。ちょうど、近況を知らせる手紙を書いていたところでしたよ」


「お久しぶりです、エリルさん。もうこんな大きな街が出来ちゃったんですね、驚いちゃいました」


 再会を祝した後、エリルはこれまでのことをリオに話して聞かせる。移民を募集して街を再興し、少しずつかつての賑わいを取り戻してきたのだと言う。


 近隣にある鉱山を開発し、経済の主軸に据えて復興資金を稼いだらしい。その裏では、並々ならぬ苦労があっただろうことを思い、リオは労いの言葉をかける。


「頑張ったんですね、エリルさん。本当に、凄いことですよ」


「ありがとうございます。まだまだ、かつての王都からは程遠いですが……いつか、本当の意味でケリオン王国をよみがえらせたいと思っています。それまでは、王女ではなく、ただのエリルでいるつもりです」


 リオに誉められ、エリルは顔を朱に染め照れる。そして、力強くそう口にする。失われた故郷を、自らの手でよみがえらせようとする彼女に、リオは敬意を抱く。


 長い長いいばらの道を往くエリルに幸あれと、リオは祈る。そして、彼女の元へ訪れた理由を話す。それを聞いたエリルは、目を丸くして驚いた。


「ええっ!? 魔王と戦うのですか!?」


「はい。もうすぐ、魔界へ続く門が開かれます。僕は、グランザームを倒さなくちゃいけません。この大地に暮らす、みんなのために」


「……そう、ですか。なら、引き留めるわけにはいきませんね。こういう時は、笑顔で見送らないと! でも……」


 そこまで言うと、エリルは不安そうにしょんぼりしてしまう。リオの手を取り、真っ直ぐ彼を見つめながら、エリルはすがるように声をかける。


「リオさん、私ずっと待ってます。あなたが帰ってくるのを。この街で、ずっと……。だから、約束ですよ。必ず、何があっても……生きて、帰ってきてくださいね」


「約束します。エリルさん以外にも、僕の帰りを待ってる人がいっぱいいますから……。死んでも、死にきれませんね」


 リオがそう言うと、エリルは微笑む。そして、そっと顔を近付け……リオに口付けをした。


「渡せるものを、何も用意してなくて……代わりに、あの時みたいに……ま、また……その、キス、しちゃいました……キャー!」


 あまりにも恥ずかしかったのか、エリルは顔を真っ赤にして部屋を飛び出してしまった。一人残されたリオも、顔を赤くしてボーッと放心していた。


 相変わらず、うぶなところは変わっていないようであった。

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