276話―世界を巡る旅路・ヤウリナ編

 五日目、リオは一旦屋敷に戻って休憩した後、今度ははるか東へと旅立っていった。東の果てにある島国、ヤウリナへと向かうためだ。


 このヤウリナでリオは、エルヴェリア大陸とはまた違う、独特の文化を築き上げてきた者たちと出会った。ハマヤにタマモ、オウゼンやカラスマ。


 彼らとの出会いは、リオが新しい世界の扉を開くきっかけとなったのだ。


「あれから一度も来てないからなぁ。みんな、元気にしてるといいんだけどなぁ……」


 そう呟きながら、リオはあぜ道を歩いていく。風の噂で、大魔公ワーズに破壊されたテンキョウが復興を終えたとは聞いていたが、実際に目で見るのは今回が初めてだ。


 果たして、どのように復興を果たしたのか……楽しみにしながらあぜ道を歩いていたリオは、大きな道に出る。しばらく他の旅人や飛脚に混ざって進んでいると……。


「! この気配……なんだろう、とても強いぞ……!」


 強大な気配が近付いてくるのを感じ取り、リオは身構える。次の瞬間――気が付くと、リオは空を飛んでいた。何者かに拾い上げられ、連れ去られたのだ。


「ようやく見つけたよ。あちこち探した甲斐があったってもんさね。さ、一緒に来てもらうよ。バカ息子の墓参り、付き合ってもらわないとねぇ」


「わわわわっ!?」


 リオを拐った何者かは、楽しそうにそう言うと猛スピードで飛行し始める。ちょうど相手と反対の方向を向いていたリオは、姿を見ることは出来なかった。


 が、翼のようなものが羽ばたく音が聞こえてきたので、相手は翼を使って飛ぶ何者か、ということは理解出来た。新手の敵かと一瞬思うも、どこか引っ掛かる物を覚える。


(バカ息子? 墓参り? なんだろう、何かもやもやする……)


「ほら、着いたよ。上手く着地してごらん!」


「へ? わわっと!」


 考え事をしていると、突然そう声をかけられリオは放り投げられてしまう。何とかバランスを取り、空中でくるっと一回転して着地することが出来た。


 ようやく相手の姿を拝めると、リオは自分を連れ去った者へと目を向ける。すると……そこには、異形の女がいた。


「なかなかやるね。ま、うちのバカ息子を倒したんだ、それくらいは当然か」


 リオの目の前には、筋骨たくましい女性の上半身と、引き締まった馬の下半身を持つ者がいた。さらに、馬の身体の背中部分には、鷹のような大きな翼が生えている。


 しっぽは蛇になっており、リオを咥えてきたらしく疲れてぐったりしていた。また、よく見てみると、異形の女の左目は潰れており、馬の味のうち右前足は真鍮製の義足になっている。


「あの、えっと……どちら様でしょうか?」


「ん? ああ、悪い悪い。まだ名乗ってなかったね。アタシはプリマシウス。暗域に住まう、大魔公の一人さ」


「大魔公……!」


 女の言葉に、リオは身構える。ワーズの同類とあれば、放置しておくわけにはいかない。やる気を見せるリオを見て、女は大笑いし始めた。


「あっははははは! いいねぇ、若いってのは。坊や、アタシは別にあんたを取って食おうだなんて思ってないよ。それより、ここに見覚えがないかい?」


「え? あ、ここは……」


 そう言われ、リオは周囲を見渡す。そして、気が付いた。この場所は、魔王軍の幹部の一人、ダーネシアと死闘を繰り広げた断崖絶壁であることに。


 それと同時に、これまでの言動からリオは目の前の女の正体にようやく思い至った。目の前にいるのは――十中八九、ダーネシアの母親だろう、と。


「もしかして、ダーネシアのお母さん……?」


「正解だ。やっと気付いたのかい、案外鈍いねぇ」


 そう言いながら、プリマシウスはケラケラ笑う。一方、リオは気が気でなかった。彼女の目的を計りかねていたからだ。息子の仇討ちをしに来たのか、それとも別に目的があるのか?


 そんなことを考えていると、プリマシウスはパカパカとリオに歩み寄る。そして、ゆっくりと座り込み、かつてリオが作ったダーネシアの墓を指差した。


「アレ、作ってくれたの坊やだろう? あそこに眠ってるバカ息子の記憶をね、見せてもらったよ。……あいつは、喜んでたよ。最高の強敵ともと戦って死ねた、ってね」


「ダーネシア……」


 死してなお、自分との戦いを誇りに思っているダーネシアに、リオは涙腺が緩んでしまう。そんなリオを見ながら、プリマシウスは感謝の言葉を口にする。


「ありがとうねぇ、坊や。うちのバカ息子に、手を貸してくれてさ。おかげで、あの子はワーズを討ち取れた。不甲斐ないアタシの、仇を打ってくれたのさ」


 そう言うプリマシウスの頬を、一筋の涙が伝っていった。そんな彼女に、リオは問う。自分を恨んではいないのか、と。


「坊やを恨む? なんでさ。正々堂々、戦いの果てに死んでいったんだ。あの子にとって、それは紛れもない本望だった。なら、アタシが坊やを恨む理由はない」


「プリマシウスさん……」


「それより、悪かったねえ、どこか行く予定だったんだろう? 墓参りに付き合わせた詫びに、そこまで連れてってあげるよ。さあ、乗んな」


 プリマシウスはそう言うと、蛇のしっぽで馬の背中をペシペシ叩く。リオが跨がると、プリマシウスは翼を広げ大空へ飛び立った。テンキョウへ向かう途中、リオから話を聞く。


「へえ、グランザームとり合うつもりなのかい。そりゃまた、剛毅なもんだ」


「やっぱり、プリマシウスさんから見ても、グランザームは相当強いんですよね?」


 リオがそう問うと、プリマシウスはしばし沈黙する。そして、真剣な声色で答えた。グランザームは、とんでもない化け物だ、と。


「暗域にはね、ヒエラルキーがある。そこら辺の闇の眷族が最底辺、その上にアタシら大魔公。そして……そのさらに上にいるんだよ。グランザーム……十三人の『魔戒王』が、ね」


「魔戒、王……」


 ――プリマシウス曰く。魔戒王は暗域の核である混沌たる闇の意思ダークネス・マインドによって選ばれた、最強の眷族たちに与えられる称号であるらしい。


 魔戒王の中でもその強さに応じて階級が分けられ、グランザームは序列第三位……すなわち、三番目に強い魔戒王なのだと言う。


「あの方は強いよ。アタシも強さにゃ自信はあるけど、勝てるなんて思わない。いや……思えないね。でも、坊やは……るんだろ?」


「うん。この大地を、僕を愛してくれる人たちを守るために……僕は戦う。グランザームとだってね」


 力強くそう答えるリオを、しっぽの蛇が優しく撫でる。プリマシウスなりの、応援なのだろう。立場上、おおっぴらにリオを応援出来ないが故のやり方なのだ。


「……そうかい。それを聞いて、何だかよく分からないけど、安心したよ。ふう、アタシが後一万歳ほど若けりゃ、婿にでもしてやったんだけどね」


「あ、あはは……」


 どう答えていいか分からず、とりあえずリオは愛想笑いでお茶を濁した。実際問題、プリマシウスはアイージャたちに負けない端正な顔つきの美人だった。


 もし今の発言を彼女らに――特にダンスレイルやレケレスに聞かれていたら、大バトル勃発待ったなしであっただろう。一人で来てよかった……リオは心からそう安堵した。


「お、都が見えてきたね。悪いけど、アタシはあの街を覆う結界の中に入れない。だから、ここで降ろすよ!」


「へ? わあーっ!?」


「じゃあね、坊や。暗域の奥深くで、見守っているよ!」


 リオをテンキョウ目掛けて振り落とした後、プリマシウスはそう叫び去っていった。リオは素早く双翼の盾を作り出し、なんとか無事テンキョウに降り立つ。


 ちょうど運良く再建された宮の目の前に着陸出来たため、リオはそのまま正門の方へ向かう。すぐにハマヤがいる神威の間へと通され、ひさしの再会と相成った。


「おお、リオではないか! 久しいのう、また顔を見られて朕はとても嬉しいぞ! な、タマモ」


「もちろん。わっちも嬉しいぞよ」


 幼きミカド、ハマヤとその側近、八尾を持つ狐の獣人タマモと再会を果たし、リオは嬉しそうに笑う。その時、ドタドタと走ってくる音が近付き、神威の間にオウゼンが飛び込んできた。


「おお! やはりここにいたか、婿どの!」


「オウゼンさん!? なんで僕がここにいるって分かったんですか?」


「いやなに、空を飛ぶよく分からん獣が出たという話を聞いてなぁ。背中に子供の国が乗ってるように見えた、というのを聞いてな、ピンときたんだ。婿どのが来た! とな」


「それで、宮に来たらビンゴだった、と」


 リオの言葉に、オウゼンは頷く。苦笑しながらも、リオはハマヤたちにも今後のことについて話して聞かせる。魔王との決戦に赴くと聞き、ハマヤは腕を組む。


「ふむ……。そうか。随分遠くへ旅立ってしまうのだのう。なら、いいものをやろうぞ」


「坊、もしやアレを渡すつもりか?」


「うむ。今となっては、朕よりもリオが持っている方が効能を発揮出来よう。リオ、これを渡そう。昔、父様と母様が生きていた頃にくれたお守りじゃ」


「ええっ!? そんな大事なもの、受け取れないよ!」


 両親の形見を差し出すハマヤに、リオはそう答える。ハマヤにとって、唯一両親の温もりを感じられる品なのだ。そう簡単に受け取れるわけもない。


「いいんじゃ。むしろ、朕たちの想いが籠ったお守りを持っておれば、何があっても平気じゃろう? なぁに、全てが終わったらまた返してくれればよい。のう?」


「……分かったよ。必ず、このお守りを返しにまた来るね。ありがとう、ハマヤくん、タマモさん」


 リオはお守りを受け取り、ハマヤたちに礼を言う。やり取りを見ていたオウゼンは、おもむろにリオに近付き、おもいっきり抱き締めた。


「婿どの! お恥ずかしいことにオレは何も餞別の品を用意出来ていない! だから、代わりにこうして勇気を分けよう! 必ず勝って帰ってこれるようになぁ!」


「ありがと、ござます……。でも、くるし……」


 万力のような馬鹿力で抱き締められ、リオは危うく決戦前に昇天してしまいそうになる。どうにか事なきを得たリオは、テンキョウを発ち故郷へ帰っていった。


 門が開くまで、あと一日。リオにはもう二ヶ所、行かねばならない場所がある。屋敷に着いたリオは、次なる旅の準備を始めるのだった。

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