277話―世界を巡る旅路・大シャーテル&レンドン編

 六日目……運命の日の前日、リオは世界各地を巡る最後の旅を始める。大シャーテル公国を訪れ、モーゼルに会いにいく。高原特有の涼しい気候に、心地よさを覚える。


 リオは初めて訪れた時のように、ミス・エヴィーたちが大道芸をやっていないかあちこち探すも、残念ながら今回彼女たちを見つけることは出来なかった。


「いないかぁ……。たぶん、宮殿の方にいるのかな? 行ってみようっと」


 パフォーマンスをしていないのならば、恐らくもう一つの顔……シャトラの輪として活動しているのだろう。そう考えたリオは、まずモーゼルに会おうと宮殿へ歩を進める。


 宮殿に到着すると、トントン拍子に話が進み、すぐにモーゼルと面会することが出来た。公王の執務室に入ると、そこにはモーゼルとレンザーが待っていた。


「やあ、久しいね、リオくん。元気にしていたかな?」


「はい、変わらず元気にしています、公王さま。レンザーさんもお久しぶりです」


「おう、よく来たな。ゆっくりしていくといい」


 勝手知ったる我が家のように、レンザーはくつろいでいた。よく見ると、机の上にチェスボードが広げられていた。恐らく、茶でも飲みながらチェスを楽しんでいたのだろう。


 レンザーが来ていることは予想外だったが、リオにとっては嬉しい誤算だった。グリアノラン帝国を訪れた時、本来はレンザーの屋敷にも行く予定であった。


 が、レオ・パラディオンの強化パーツの話を聞かされ、有頂天になったリオは綺麗サッパリレンザーの屋敷を訪問することを忘れてしまっていたのだ。


「ふぉふぉ、こうしてリオくんが遊びに来てくれると、まるで孫が来てくれたような気持ちになるのう」


「……そういえば、公王さまにはお孫さんはいないんですか?」


「おるよ。ここ数年、息子家族は別荘の方を拠点にしておるんだよ。わしももういい歳だからね、そろそろ代替わりせにゃならんから。そのための準備さ」


 リオに問われ、モーゼルはそう答える。確かに、彼はもう八十歳を越えている。第一線で辣腕を振るうのは、そろそろキツくなってくる頃だろう。


「ちなみに、俺はまだまだ現役でい続けるつもりだぞ」


「分かっとるわ、そんなことは。しかし、ここ最近は目まぐるしく情勢が動くのう。メーレナ家は滅び、レザイン家も当主の首がすげ変わった。時代が変わるのは、あっという間じゃな……」


 横からしゃしゃり出てきたレンザーをいなしつつ、モーゼルは感慨深げにそう呟く。ファルファレーに与したメーレナ家は、レヴェッカを残して死に絶えた。


 リオを陥れようと目論んだレザイン家当主ドゼリーも、因果応報とばかりに裁きを受け、ラークスが新たな当主となった。世界は、少しずつ……確実に、変わっているのだ。


「おお、そうだ。リオよ、なにか用事があってここに来たんじゃないのか?」


「あ、そうだった……。レンザーさん、公王さま、実は……」


 レンザーにそう指摘され、リオは宮殿に来た理由である挨拶回りについて話す。最後の戦いへ向けて、親しい人たちに会って回っていると知り、二人は驚く。


「そうか……いよいよなんだな。今日はなんだか胸騒ぎがする日だと思ってたが……なるほど、こういうことだったか」


 リオから話を聞いたレンザーは、そう呟きどこか納得したような表情を浮かべる。モーゼルも似たような表情をし、真っ直ぐリオを見つめながら声をかけた。


「リオくんよ。ちょうど一ヶ月後に、隣のニールス侯国でリンゴの収穫祭があってな。どうじゃ、参加する気はないかね?」


「え? えっと……」


 突然の提案に、リオはどう答えていいか分からなくなってしまう。その直後、気付いた。これはモーゼルなりの励ましなのだ、と。


「わしはの、そもそもリオくんが負けるなどとは微塵も思っとらんよ。じゃがの、君が帰ってくるきた後はあちこちの国でお祭り騒ぎになるじゃろう? 今のうちに、予定を確保しとかんとな」


「公王さま……。分かりました、必ず収穫祭に参加しますね」


 モーゼルの温かい言葉に、リオは胸がいっぱいになる。そんな彼の頭に、大きな手が乗せられた。レンザーはわしゃわしゃとリオの頭を撫でながら、激励の言葉を送る。


「リオ。お前はもう俺の息子だ。子の旅立ちを最後まで見守るのが、親の務めってモンだ。俺も一緒に行って戦ってやりてえが……ま、足手まといになるのが関の山だろう。でもな、俺はお前が勝つと信じてるぜ!」


 そう言うと、レンザーはリオを引き寄せグッと抱き締める。血が繋がっていなくても、彼らは紛れもなく父と子であった。リオはそっと腕を回し、レンザーを抱き締め返す。


「レンザー、さん……」


「おいおい、どこの世界にそんな他人行儀に親と接するやつがいるよ? 遠慮するな、俺のことをこう呼べ。『お父さん』って、な!」


「……お父、さん!」


 リオはそう叫び、嗚咽を漏らす。知ることの出来なかった親と子の温もりを、彼は今……やっと、手に入れたのだ。モーゼルは、そんな二人を優しくて見守っていた。



◇――――――――――――――――――◇



 大シャーテル公国での用事を終えたリオは、続いてレンドン共和国へと向かう。この国はヤウリナへ行く際に中継地点として通過しただけだったが、ラークスに挨拶をするためやって来た。


「やあ、よく来てくれたね。今お茶を用意するよ。ゆっくりしていっておくれ」


「いえ、あまり長居はしませんからお構い無く……」


 新しく総督となったラークスと再会し、リオは近況を尋ねる。代替わりしてからいろいろとゴタついていたようだが、今ではもうすっかり落ち着いたという。


 ドゼリーによる圧政から解放され、国民はみな喜んでいるらしく、税を軽減したことで活気がよみがえりつつある……ラークスは嬉しそうにそう語った。


「まだまだ、父の残した負の遺産は多くあるけれど……少しずつ、良い方へ進めていけることが嬉しいんだよ」


「よかった。凄く充実した日々を過ごしているんですね」


 特に問題もないようで、リオはホッと安堵の表情を浮かべる。そんな彼に、ラークスはとある話を振った。


「……実は、まだ父は生きているんです。公開処刑として民に姿を晒し、名誉を貶めケジメを着けさせはしたのですが、ね……まだあなたに謝罪していないので、延命させていたんです。こちらへ」


 そう言うと、ラークスはリオを連れて屋敷の地下、隠し通路の奥にある座敷牢へと向かう。牢の中には、下半身が完全に凍り付いたドゼリーがいた。


 狂うことすらも許されず、彼は一人、ここで罰を受け続けていたのだ。自分を陥れようとした愚者とようやく邂逅したリオは、ジッと押し黙っている。


「う、あああ……。誰だ、誰だそこにいるのは……早く、この痛みをなんとかしろぉ……」


「父上、この前話したようにリオさんをお連れしました。これが最後のチャンスです。あなたが心から謝罪すれば、その痛みも終わるかもしれませんよ」


「なにぃ……? あのガキが、いるだとぉ……?」


 ドゼリーはそう呟くと、若干焦点のあっていない目でキョロキョロ周囲を見渡す。そして、リオを見つけた途端、それまでの衰弱っぷりが嘘のように罵詈雑言を並べ立て始めた。


「お前がぁ! お前が大人しくしていればこんなことにはならなかったのだ! お前のせいで、俺はこんな目にあったんだぞ! 絶対に許さ……」


「うるさい!」


 表面上は反省していたらしいが、本心では全くもって懲りていないようだった。そんなドゼリーを、リオは一喝し黙らせる。しばしの間睨み付けた後、ゆっくりと背を向けた。


「何もしないのですか?」


「うん。こういう手合いはね、綺麗さっぱり存在を忘れちゃうのが一番効くんだよ。いつまでも、ここで僕を呪えばいいさ。惨めなものだよ、こんな末路はね」


 そう言い残し、リオはラークスを連れて座敷牢を去っていった。一人残されたドゼリーは、正気に返り絶望する。リオに許しを乞うも、もう遅い。


 彼は未来永劫許されない。『忘却』という、死よりもつらく苦しい罰を、リオに与えられたのだ。しかし、それはただの自業自得である。愚者に救いはないのだ。



◇――――――――――――――――――◇



 リオはラークスと別れ、レンドン共和国を発つ。これまで訪れた国々は、全て巡った。だが、彼にはまだ行かねばならない場所が一つある。


「……さて、行かなきゃ。フォルネシア機構に、ね」


 世界を巡る旅路の、終わりが近付いてきていた。

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