278話―世界を巡る旅路・フォルネシア機構編

 ラークスと別れたリオは、世界を巡る旅路の最後にフォルネシア機構へと向かう。聖礎エルトナシュアへ至るためのカギを探す旅の中で訪れた、世界の狭間にある地。


 数多の大地の歴史を記録し、保管するための塔の中へとリオは入っていく。今日も今日とて、観察記録官ライブラリアンたちが大書庫内を行き来している。


「ここも変わらないなぁ。みんなとっても忙しそうだね」


 大量の本を抱え、忙しそうに本棚の間を往復しているフードの職員たちを見ながら、リオは先に進む。奥にあるエレベーターに乗り込み、メルナーデのいる場所を目指す。


 塔の最上階、総書長の執務室に行くと、そこにはリオが思っていた通りフォルネシア機構の長、メルナーデがいた。書き物をしているらしく、机に向かっている。


「こんにちは、メルナーデさん」


「あら、来ていたの。久しぶりね、リオくん。その顔……どうやらワケありのようね」


 メルナーデはリオに気付き、羽根ペンをしまう。リオの話を聞き、明日最後の戦いをするため魔界へ旅立つことを知った。


「……そう。グランザームはとても強いわ。何しろ、暗域の一部を自身の領地……魔界として拝領するほど、数えきれない大地を滅ぼして功績を積み上げてきた者だから」


「それでも、僕は行きます。守りたい人たちが、たくさんいますから」


「決意は揺らがないのね。なら、私は止めないわ。……そうね、あなたの決意に敬意を表してこれをあげる」


 そう言うと、メルナーデは机の引き出しを開け、虹色に光る小さなオーブを取り出す。それを机の上に置き、リオを手招きし近くへ呼ぶ。


 メルナーデの元へリオが行くと、オーブがひとりでに浮き上がり始める。しばらくふわふわと空中を漂ったあと、リオの身体目掛けて突っ込み、吸い込まれていった。


「わあっ! な、なぁに!?」


「うふふ、驚いたかしら。ヴォルパールに頼んで、あちこちの大地に降りて探してもらったのよ。その『闇砕きのオーブ』をね」


「闇砕きのオーブ……」


 リオの身体に吸い込まれていったオーブは、何やら仰々しい名前がついているようだ。ヴォルパール・Kに探させたというのだから、さぞかし強い力を持っているのだろう。


 そんなリオの想像は、的中することとなった。メルナーデの口から語られた説明に、リオは目を丸くして驚くこととなる。


「この闇砕きのオーブは、闇の眷族たちが持つ力を弱める魔力を放つことが出来るの。並みの眷族なら封殺出来るし、大魔公も下級の者なら大幅に弱体化させられるわ」


「凄い! そんな力が……」


 闇砕きのオーブの持つ力を聞き、リオは一筋の希望を見出だす。このオーブがあれば、グランザームに対する切り札になるであろう、と。


 グランザームの手の内を知らないリオからすれば、切れるカードは多ければ多いほどいいのだ。これまでの敵とは格の違う、最強の相手なのだから。


「ただ、グランザームレベルの存在になると大幅に力を封じるのは難しいわ。何しろ、相手は大魔公をも越える魔戒王……その力は比類なきモノ。一筋縄ではいかないわ」


「ええ、それでも心強いです。備えはどれだけしても損にはなりませんから。ありがとうございます、メルナーデさん」


「いいのよ。ヴォルパールも、これで約束を果たせたと喜んでいたわ」


 礼を言うリオに、メルナーデは微笑む。かつて、リオたちを抹殺するためフォルネシア機構に侵入してきた時空異神エスペランザを打ち倒した時、ヴォルパール・Kはリオに約束した。


 いつか必ず、リオが困った時に力を貸すと。その約束が今、果たされたのだ。大地に戻る前に、彼にもお礼を言っておこう。リオはそう心に決める。


「リオくん。あなたはこれまで、数多くの偉業を成してきたわ。グランザームの配下たちを打ち破り、キュリア=サンクタラムを偽りの歴史で支配していたファルファレーも倒した。そんなあなたなら、必ず勝てる。私はそう信じているわ」


「ありがとうございます、メルナーデさん。えへへ、そう言ってもらえると凄く嬉しいです」


 暖かい声援を送ってくれるメルナーデに、リオはへにゃりとしたいつもの柔らかい笑顔を浮かべる。心底嬉しそうなリオの笑顔を見て、メルナーデの中核を成すが砕けた。


「……ね、ねえリオくん。もし、よかったら……全てが終わった後、フォルネシア機構ここで働いてみないかしら? あなたのような勤勉で頑張り屋さんなコなら、みんな歓迎するわよ?」


「へ?」


 顔を朱に染めながら突然の勧誘をしてくるメルナーデを見て、リオはきょとんとしてしまう。そして、ふと考える。全てが終わった時、自分は何をすればいいのだろう、と。


(そういえば、考えたことなかったなぁ。グランザームを倒して大地を救ったら……何をすればいいんだろ?)


 ベルドールとラグランジュの後を継ぐにしても、何をやればいいのかいまいちよく分からない。かといって、どこか一つの国に落ち着くことも難しいだろう。


 リオを英雄として迎え入れたい国は、数多くあるのだから。特にやりたいことを思い付けなかったリオは、観察記録官ライブラリアンになるのもいいかもしれない、と思いはじめていた。


「うーん……考えておきますね。今はグランザームとの戦いに集中したいので……」


「ええ、それもそうね。じゃあ……約束よ、リオくん。全てが終わったら、またここに来て……あなたの答えを、聞かせてちょうだいね」


「はい!」


 力強くそう答えた後、リオは執務室を去っていった。エレベーターに乗り込み下階へとリオが去った後、メルナーデの背後にある大きな本棚がスライドし、通路が現れる。


 その通路の中から、時空神バリアスが姿を見せた。


「勝手な勧誘行為は感心しないね、メルナーデ総書長。ま、君があの子を部下に欲しがるのも分からないでもないけれど」


「まあ、いいではないですか。そんなことは。それより、よかったのですか? 彼に声をかけなくて」


 実は、バリアスは最初から部屋の中にいた。ずっとリオとメルナーデの会話を聞いていたのである。問いかけるメルナーデに、バリアスは答えた。


「いいのさ。あまり一つの大地に肩入れし過ぎると、他の者たちから反感を買うからね。心の中で、彼の勝利を祈るだけで十分だよ」


「……そうですか。では、共に祈りましょう。あのコの勝利を」


 メルナーデの言葉に頷き、バリアスはそっと祈りの言葉を呟いた。リオの勝利を、そして帰還を願い、彼らはそれぞれの日常へと戻っていく。


 最後の決戦が……もうすぐ、始まる。



◇――――――――――――――――――◇



「ここか、ガルトロスとかいう野郎が死んだ場所は。よしよし、僅かだが力の残滓が残ってるな、ありがてぇ」


 その頃……かつてガルトロスがグレイガに処刑された場所を、一人の男が訪れていた。男はその場所に僅かに残っていたガルトロスの力を吸収し、ニヤリと笑う。


「あのクソ野郎はオレを利用するつもりでいやがるみてえだが、はいそうですかと従うもんかよ。見てやがれ、必ず玉座から引きずり降ろしてやるからな。グランザームさんよ」


 野心に満ちた男は、そう呟く。深く被ったフードの奥で、ツギハギだらけの顔が歯を剥き出しにする。その両の瞳には、ギラついた欲望の火が灯っていた。


「ああ、そうだ。もう一人、復讐しねえとならねえヤツがいるなぁ。ククク、明日が楽しみだぜ。あの時の借り、今度こそ返してやるよ。待ってな……リオ!」


 男は拳を握り締めながら、そう力強く宣言する。ガルトロスの力を手に入れた男は、溶けるように消えていった。今、最後の戦いの開幕を告げるベルが鳴り響いく。


 全ての終わりが、始まる。

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