279話―今、始まりの地へ

 七日目――ついに、運命の日がやって来た。リオは魔神たちとファティマを引き連れ、聖礎エルトナシュアへ向かう。戦いに参加出来ないエルカリオスに、別れを告げるためだ。


「……ついに、この日が来たのだな。リオよ、その指輪……少し貸してはもらえぬか?」


「? はい、どうぞ」


 リオがアミルより託された守護霊の指輪を渡すと、エルカリオスは金剛石に自分の名を刻み込む。すると、石が輝き白い光を放ち始める。


 その光を見ながら、エルカリオスはリオに語り出す。死地へ赴く者への、激励の言葉を。


「……リオよ。私はすでに一線を退いた身。共に行くことは出来ぬが、霊として守ることは出来よう。もし心が挫けそうになった時は、この指輪に刻まれた我が名を思い出せ。必ず、力になろう」


「兄さん……。ありがとう」


「なに、礼には及ばぬ。死地へ向かう弟妹たちを、こうして守れるのだ。礼を言うのはこちらだ。……アイージャたちも、名を刻みんでおくといい。魔界では何があるか分からぬからな」


 その言葉に従い、アイージャたちも指輪に己の名を刻み込んでいく。万が一、リオと離ればなれになっても、霊として力を貸すことが出来るように。


 全ての準備を終え、ついにリオたちは聖礎エルトナシュアを旅立つ。彼らが――否、リオが目指す場所はただ一つ。己の原点たる地――かつて、アイージャと出会った神殿へ。


「……また、ここに還ってくることになろうとはな。今となっては懐かしいものよ。のう、リオ」


「そうだね。あの日のことは……今でも、鮮明に思い出せるよ。僕はここで……魔神に、なったんだ」


 界門の盾を使い、一行はかつてファルファレーによってアイージャが封じられていた神殿へと向かう。リオが落とされた谷底には、今も変わらず古びた神殿があった。


 懐かしき我が家へと帰るように、リオはゆっくりと朽ちた階段に足を乗せる。神殿の外扉を押し開き、中へ入っていく。アイージャたちも後に続き、足を踏み出した。


「へぇ、ここがアイージャの封じられていた場所か……。案外、私のところと変わらないんだね」


「所詮ファルファレーの創造物よ。手抜きの神殿に過ぎぬわ」


 そんなことを話しながら、一行は廊下を進む。そして……かつてアイージャが封じられていた部屋の前に到着する。リオが開け放った扉は、再び閉ざされていた。


 以前存在したファルファレーの封印ではなく、今度はグランザームの封印が扉に施されていた。扉の向こうから、大きな魔力をリオは感知する。


「間違いない。この扉の向こうに……魔界への門が、ある」


 そう呟くと、リオは一歩を踏み出す。恐らく、扉に施された封印に触れると、グランザームの用意した試練が始まるのだろう。


「きっと、この封印に触れれば……!? わああっ!」


「リオ!」


 手を伸ばし、五芒星が描かれた漆黒の封印に触れた瞬間……リオは扉の中に吸い込まれてしまった。アイージャが慌てて駆け寄るも、すでに遅く……リオの姿は消えていた。



◇――――――――――――――――――◇



「いてて……。ちょっと迂闊だったなぁ。まさか、吸い込まれちゃうなんて……あれ?」


 気を失っていたリオが目を覚ますと、ふと違和感を覚える。何かが足りない。そんな漠然とした感覚が沸き上がり、心に広がっていく。


「なんだろう、この変なかんか……あれ? あれ? あれれれれ!? み、耳がない! しっぽも!」


 己の頭を触っていたリオは、違和感の正体に気が付いた。頭にぴょこんと生えていたはずのネコミミと、腰のしっぽが消えてしまっていたのだ。


 まさかと思い、リオは慌てて籠手を脱ぐ。あらわになった己の手を見て、絶句した。魔神の力を継承した証である、褐色の肌が白い肌へ戻っていた。


「……魔神の力が、消えてる?」


 そう呟き、リオは試しに不壊の盾を予備だそうとする。が、何も起こらなかった。周囲を白いもやに包まれたリオは、ようやく悟る。


 これこそが、グランザームの用意した『試練』なのだと。その時、ふと背中に重さが加わったことにリオは気付く。なんだろうとソレを外し、目の前に持ってくると……。


「これ……昔、僕が使ってたタワーシールド……」


 かつて、勇者ボグリスの仲間として旅していた頃に愛用していた、青色のタワーシールドがそこにあった。それにより、リオは試練の内容を理解する。


「なるほどね。魔神になる前の、かつての僕『だけ』の力で道を切り開いてみせろ、ってことか」


 そう呟くと、にわかにもやが晴れていく。リオの目の前に一本の道が現れ、真っ直ぐ遠くへと続いている。リオがその道を真っ直ぐ進んでいくと、目の前に大きなコロシアムが見えてきた。


 そここそが、試練の行われる場所なのだろう。リオは気合いを入れ、グッと拳を握る。この試練を越えられなければ、魔王と戦うための舞台にすら上がれないのだ。


 闘志を燃やし、コロシアムの中へ走っていく。


「よーし、やるぞ! 何が出てきても、絶対に負けるもんか!」


「へぇ、随分とまぁ勇ましいじゃねえか、リオよぉ。てめぇみてぇなちっぽけなクズが、オレに勝てるわきゃねえだろ」


「! う、嘘……お前は……!」


 コロシアムの中に入ったリオを蔑むように、一人の男の声が響いてくる。奥の方から歩いてきた男を見て、リオは目を見開き驚愕する。


 試練の相手として、現れたのは――。


「ボグリス……! お前は僕が倒したはず! 何故ここに!」


「知りてぇか? そうだよなぁ、かつてブッ殺した相手が、こうして出てきてんだもんなぁ! いいぜ、教えてやるよ。なんでオレがここにいるのかをな」


 リオの前に現れたのは、全身の漆黒のマントで覆い隠したかつての勇者ボグリスだった。以前、帝都ガランザでの戦いで討ち取ったはずの相手が現れたことに、リオは動揺を隠せない。


「確かにオレぁ、てめぇにやられたよ。せめぇ牢獄に入れられて、木っ端微塵にされた。だがな……事前に、魔王の野郎はオレの魂の一部を抜き取ってたのさ」


 ツギハギだらけの顔を歪ませながら、ボグリスはそう語った。その表情から、魔王の彼に対する扱いがなんとなく見えてくる。


「オレは死にながらもあの世にゃいけなかった。死者のリストに乗りながら、オレはこの世に留まってたのさ。そして、今……てめぇへの試練の相手としてよみがえらされたのさ!」


 そう叫ぶと、ボグリスはマントから右手を突き出す。闇のオーラが集まり、彼の心のようないびつに歪んだ大剣がその姿を現した。


「魔神の力がねぇてめぇなんざ、ただのガキにすぎねえ! たっぷりといたぶって殺してやるよ! リオォォォ!!」


「……確かに、今の僕には魔神の力はない。でもね……」


 いきなり斬りかかってきたボグリスをタワーシールドでいなしつつ、リオは後ろへ飛ぶ。着地と同時に、リオが入ってきた扉に鉄格子が降り退路を絶たれる。


 両手でタワーシールドの取っ手を掴み、リオはでたらめに斬りかかってくるボグリスをおもいっきり殴り付け吹き飛ばす。


「ぐあっ!」


「これまでの戦いで培ってきた、経験がある! ボグリス、お前なんかには絶対に負けない!」


「ほざきやがって……! 強がってもムダなんだよ! てめえはここで死ぬ! その運命に変わりはねえんだぁぁぁ!」


 そう吠えるボグリスの攻撃をかわしつつ、リオは久方ぶりとなる身体強化魔法を発動する。全身に力がみなぎっていくのを感じながら、大地を踏みしめた。


 両の目には、消えることのない闘志の炎が宿っている。ここはゴールではない。まだ、長い長い戦いの、スタートラインに過ぎないのだ。


「さあ、試練の始まりだ! 僕は必ず……越えてみせる!」


 力強いリオの叫びが、コロシアムにこだました。

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