75話―遠い過去の世界で

 兵士の言葉に、リオは考え込む。本当に自分が過去の世界を見ているのならば、身体が透け、誰からも認識されていないことにも納得がいく。


 それに何より……自分を生んでくれた両親をみられるかもしれない。そう結論つけ、リオはその場に立ったまま王の行列がやって来るのを待った。


 しばらく待っていると、馬に乗った一団がゆっくりと大通りを進んでくる。どうやら魔王軍との戦いに勝ったらしく、凱旋パレードをしているらしい。


「さあ、全員危ないから下がれ下がれ! 偉大なるリアボーン王のお帰りだ、戦利品を受け取るがいい!」


 兵士は荷車に積んであった宝箱を開け、魔族から奪った金銀財宝をばらまき始める。この国ではいつものことであるらしく、民衆は躊躇することなく財宝に飛び付く。


 リオは彼らをすり抜けながら、隊列に沿って進んでいく。しばらくして、彼は目当ての人物を探し当てることが出来た。ついに、己の父親を見つけたのだ。


「陛下、そろそろ城に戻られては? ついこの間、第二王子がお生まれになったばかり。王子も寂しがりましょう」


「……そうだな。民の笑顔をもう少し眺めていたいが、今日ばかりは我が子を優先するとしようか」


 一際大きな馬に乗った、黄金の鎧を纏う偉丈夫――リアボーン国王コルテスは、部下の言葉に頷く。初めて見た父の顔は、リオにとって……とても凛々しく見えた。


「では、一足先に戻るとしよう。よっ!」


「ああ、いけません! 歩いてお戻りになるなど! 下々の民に示しがつきませんよ!」


「なぁに、かまうことはない。たまには歩かんと太ってしまうからな! ハッハッハッ!」


 コルテスは豪快に笑いながら通りを歩いていく。御付きの従者や護衛の騎士が慌てて後を追うなか、人々はコルテスの元に駆け寄り親しげに語りかける。


「コルテス様、今日も俺たちのために魔王軍と戦ってくれてありがとう! おかけで魔族どもに怯えずに暮らせますよ!」


「おう! 俺ぁそれくらいしか取り柄がないからな! また魔族のコンチクショウどもが来たら俺を呼びな。政務なんて放り出して、いつでも助けに行くからよ!」


 コルテスが笑うと、人々も笑顔になる。それだけで、リオは悟った。己の父は、民衆に好かれる善き王なのだと。いつしか、リオの頬を涙が伝っていた。


「さあ、悪いがそろそろ城に帰らせてもらおうかな。うちの可愛いリオをあやしてやらんといかんからな!」


「……陛下。勿論その後、たっぷりと仕事をしてもらいますからね? 覚悟しておいてくださいよ。今日は寝かせませんから」


「お、おう。分かった……」


 部下の言葉に肩を落としつつも、コルテスは部下を伴い急ぎ城へ帰っていく。リオも後を追い、母がいるのであろう城へと向かう。


 しばらく大通りを歩いていき、コルテス一行は城に帰り着く。跳ね橋が降ろされ、偉大なる勝利者を騎士や使用人たちが総出で出迎える。


「シエラ! シエラはいるか!? 今帰ったぞ!」


「お帰りなさい、あなた。今日もお疲れ様でした。でも、あまり大きな声を出さないでくださいね? ついさっき、リオが寝たばかりですから」


 城の広間に入り、大声を出すコルテスの元に一人の女性が現れた。白色の質素なドレスとティアラを身に付けた女性――シエラはそう口にする。


 コルテスの頬にキスをした後、彼を伴い廊下を進む。城の四階にある一室にて、一人の赤ん坊が揺りかごの中で揺られながらすやすや眠っていた。


「おお、よく眠っているな。ふふ、いつ見ても我が子は可愛いものだ」


「ええ。本当に……。リオ、お父さんが帰りましたよー」


 揺りかごの中で眠る赤ん坊――過去のリオに向かって、二人は微笑む。その様子を、部屋の入り口からリオはただジッと見つめていた。


 決して会うことが出来ない……そう思っていた両親と、意外な形ではあれど出会うことが叶ったリオは、ずっと泣いていた。声を押し殺し、ひたすらに。


(……あの人たちが、僕のお父さんとお母さんなんだ。僕の姿が二人に見えてたら、飛び込んでいけるのに……)


 出来ることならば、両親と触れ合いたい。後に起こる惨劇を知らせ、彼らの命を救い、運命を変えたい。リオはそう願うも、その願いだけは叶わない。


 リオの姿がかれらに見えず、声も聞こえず、存在を知らせるすべはないのだ。それを理解しているからこそ、リオはただ二人の姿を、顔を、声を。


 己の記憶に焼き付けることしか出来なかったのだ。


「二人とも、ここにいましたか。探しましたよ」


「……セネルか。部屋に入る時はノックをしなさいと言っているだろう」


 その時だった。部屋の扉が開き、一人の青年が部屋の中に入ってきたのだ。服は着崩れており、あまり育ちの良さや品性を感じさせない見た目をしていた。


「いいじゃないですか、別に。それで、例の話は考えてくれましたか? 私に王位を譲る話は」


 その言葉に、リオは青年の正体を理解した。この男こそ、若き日のガルトロスだと気付いたのだ。セネルの言葉に、振り向いたコルテスはため息をつく。


「……セネルよ。俺はまだ王としてやらねばならぬ仕事が山ほどある。それに、お前はまだ若い。第一王子と言えど、すぐに王位を譲るわけにはいかん」


「ハッ、またですか。いい加減、その言葉は聞き飽きましたよ。どうせ、父上は私に王位を譲りたくないだけでしょう? やれやれ、これだから老害は嫌なんだ」


 セネルはどこか蔑みの色を込めた言葉を己の父親に向かって吐き捨てる。あまりの暴言に、シエラは声を荒げセネルをしかりつけた。


「いい加減になさい、セネル! いくら家族といえど、言っていいことと悪いことがありますよ! 第一、最近のあなたの体たらくは何なのです?」


 シエラに詰め寄られ、流石にセネルも言い返せずたじたじになってしまう。そんな我が子に向かって、シエラはお説教を行う。


「王になりたいと言うから政務の勉強をさせれば、すぐに飽きたと放り出し、民の暮らしを理解させようと城下に送れば問題ばかり起こす……。そんな状態で、王位を継げると思っているのですか!?」


「思っていますよ。私は第一王子。王位を継ぐのにそれ以外の資格も能力もいらない。だから、今すぐ私に王位を……」


 その時だった。それまで黙っていたコルテスが歩き出し、セネルに近付く。そして、顔面に鉄拳を振るった。


「……これまではお前の行いを大目に見てやった。問題を起こしても、いつか反省し改めるだろう。そう思っていたが……どうやら俺の期待は間違っていたようだ」


「ぐっ……。そうですか。あくまでも私に王位を譲らないと。そんなに、あの予言が大切ですか。どこの馬の骨とも知れない女の戯れ言が、私よりも大事ですか!」


「それは違う。お前もリオも、俺とシエラは等しく愛している。どちらも俺たちにとってかけがえのない、大切な宝物だ。何故それが分からない? 何故王位に執着する?」


 的外れなことを喚き散らすセネルに、コルテスはそう問いかける。が、セネルは何も答えず、背を向けて部屋の外へと歩いていく。意味深な言葉を残して。


「……もういい。こんな国などいらない。全て壊れてしまえばいいんだ」


「セネル!」


 コルテスの叫びが響いた瞬間、異変が起きた。現在のリオを除いた世界の全てが、凍り付いたかのように動きを止めてしまったのだ。


『……私が見せられるのは、ここまで。ここから先は……私の力では見せられない』


「誰!? 誰なの!?」


 突如響いてきた声に反応し、リオは叫ぶ。すると、目の前の空間が歪み、一人の女性が現れた。髪も肌も衣服も、全てが白に塗り潰された女性が。


『……私の名は、エルケラ。ことわりの外にいる者。あなたの精神を過去に飛ばしたのは、知って欲しかったからです。僅かな時であっても、両親に愛されていたことを』


 エルケラと名乗った女性は、柔らかな微笑みを浮かべる。不思議と警戒心が解けていくのを感じていたリオは、自身の身体が消え初めていることに気付いた。


『……ずっと、あなたを見ていました。本来、大地の民と接触するのは職務違反なのですが……決して挫けず戦うあなたを放っておけなかった』


「お姉さん……ありがとう。お姉さんのおかけで……僕は……救われたよ」


 リオはエルケラに感謝の言葉を伝える。すでに腰まで消えており、あるべき時の中に戻りつつあった。そんなリオに、エルケラは励ましの言葉を送る。


『お行きなさい。もし運命の導きがあれば、私たちは再び出会うでしょう。その時は、またあなたの助けとなることを誓います。さあ、お戻りなさい。あなたが生きるべき時へと!』


 エルケラが叫んだ次の瞬間、リオの意識は闇の中へと消えた。目が覚めたあとに見えたのは……見知らぬ天井と、アイージャたちの顔だった。

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