291話―魔神と魔女、一瞬の決闘

「ここが車両の中か……。罠がないか気を付けて進もう」


 ダンテたちの協力を得て、リオは無事車掌車の中に侵入することが出来た。中央に設置されているバリア発生装置の周囲に罠がないか確認し、安全を確保する。


 万が一装置が爆発して巻き添えにされても大丈夫なように、リオは右腕に不壊の盾、左腕に飛刃の盾を呼び出し守りを固める。身を守りながら、飛刃の盾を投げつけた。


「それっ! シールドブーメラン!」


 リオの放った盾が、車内中央に設置された円筒状のバリア発生装置にクリティカルヒットする。その直後、バチバチと火花が弾け、大きな爆発が起こった。


 車掌車の上半分が派手に吹き飛び、列車全体を覆っていたバリアが消え去った。外で戦っていたアイージャたちは、無事リオがミッションを達成したことを知る。


「リオめ、派手にやってくれおる。バリアさえ消えれば、もう恐れるものなどない。妾たちの力、見せてくれよう!」


「しかし、あれだけの爆発……我が君は無事でしょうか……」


 張り切るアイージャとは対称的に、ファティマはリオが爆発を巻き込まれていないか心配する。が、安否を確認しに行こうにも列車の砲撃が激しさを増し近付けない。


 彼女には、リオの無事を祈ることしか出来なかった。


「けほっ……。うー、やっぱり爆発したよ~……。守りを固めておいてよかった~」


 どうやら、ファティマの心配は杞憂に終わったらしい。不壊の盾の後ろに隠れていたのが幸いし、リオは多少鎧が汚れたものの無傷で爆発をやり過ごすことが出来た。


 砲台の相手は仲間たちに任せ、リオは列車を停止させるため先頭車両を目指す。二両の客車型砲台車両を通り抜け、アッサリと目的地……機関室へとたどり着く。


「誰もいない……? おかしいな、さっき人影を見た気がしたんだけど……」


「あら、誰かお探し? 生憎、ここにはあなたとこのあたし……黒大陽の三銃士が一人、レヴィアしかいないわ」


 どこからともなく声が聞こえた次の瞬間、機関室と後続車両を隔てる扉がひとりでに閉ざされた。リオは振り返りドアノブに触れるも、開くことはない。


 声の主……焔の魔女レヴィアを打ち倒さない限り、リオはここから出ることは出来ないのだ。


「どこにいる! 出てこい!」


「ふふ、カワイイ坊や……あたしならここよ? ほら、あなたのすぐ近くよ?」


 キョロキョロ周囲を見渡していると、そんな言葉が響く。その直後、嫌な予感を覚えたリオは咄嗟に前転しながら飛び出す。すると、リオがいた場所に鋭い杖の先端が現れていた。


「あら、避けられちゃった。なかやかやるわね、気配を完璧に消してたのに」


「卑怯だぞ、姿を見せろ!」


 今度は、どこからともなく火の玉が飛んでくる。盾で防ぎながら、リオはそう叫ぶ。一向に姿を見せないレヴィアに、若干苛立っていた。


 そんなリオの感情を読んでいるらしく、楽しげな笑い声が聞こえてくる。すうっ、とリオの目の前の景色が歪み、うっすらと人の輪郭が浮かびあがってきた。


「そうねぇ。いつまでも隠れてたらつまらないものね。いいわ、そろそろ……見せてあげる。お姉さんの姿をね……」


 透明化の魔法が解け、レヴィアの姿があらわになる。濃紺のアイシャドウを引いた女魔術師は、自身の周囲に八つの火の玉を浮かべながら、リオに語りかけた。


「うふふ、カワイイ顔ね。お姉さん、驚いちゃったわ。もうここまで来ちゃうなんて思わなかったもの」


「僕には頼もしい仲間たちがいるからね。今も、この列車を止めるために頑張ってくれてるよ」


 リオの言う通り、外からは激しい戦いの音が聞こえてくる。頑丈な砲塔列車も、バリアを失った状態では長時間の攻撃に耐えきることは出来ないだろう。


 故に、レヴィアは早期決着を狙う。左手をかざし、心臓を模した小さな火の玉を作り出しながらリオに語りかけてくる。


「あなたとゾームの戦い、直接見たわけではないけれど……あたしには分かるわ。あなたがとても強いということを。だから、本気を出させてもらうわ」


「何を……?」


 リオが訝しむなか、レヴィアは左手を握り、心臓の形をした炎を握り潰してしまった。苦しそうな顔を浮かべるも、彼女の周囲に浮かぶ火の玉はより激しく燃える。


「今のは、あたしが開発した禁術の一つ。己の寿命を削り、限界を超えた魔力を得る……その名も『禁忌の大力』。この魔術を加えた炎は……とっても、熱いわよ」


「うっ……」


「本当はゆっくり坊やとの戦いを楽しみたいのだけれど、生憎そうも言っていられないの。だから……命を削ってでも、一撃で仕留めさせてもらうわ」


 レヴィアの言った通り、火の玉は激しく燃え盛り、今にも彼女自身を焼き尽くしてしまいそうな勢いを見せている。凄まじい熱気に、リオは無意識に後退してしまう。


 それと同時に、リオは相手の狙いも理解する。火力をブーストした魔法の連撃を浴びせ、反撃する間もなく自分を討ち取るつもりでいるということを。


(相手は一人、こっちは九人。もし列車が止められたら、相手の方が圧倒的に振りだ。だから、自分の命を削ってでも僕を確実に仕留めるつもりでいるのか……)


 レヴィアの覚悟を感じ取ったリオは、ニッと笑う。ならば、自分も覚悟を見せようではないか。相手に敬意を表し、リオはそう決意する。


 とはいえ、彼は自分の寿命を削って破壊力を増強するような技は持たない。そのため、あえて魔法で鎧を消し去り、身軽な状態になった。


 これならば、普段よりも素早く動くことが出来る。八つの火の玉を避け、レヴィアを討ち取ることも可能だろう。……全て避けられるかは、運次第だが。


「あら、どういうつもりかしら? 自分から鎧を脱いじゃうなんて。……ああ、軽量化してスピードを上げるつもりね? ふふ、ムダなことね。禁忌の大力は、魔術の速度も上昇させるのよ」


「全部避けてみせるさ。こう見えても、目はいいんだよ」


 互いにそう口にし、リオとレヴィアはしばし固まったように動かなくなる。相手が隙を見せるのを待っているのだ。勝負は、一瞬で決着がつく。


 それまでの『間』が、彼らには……永遠に思えるほど、長く感じられた。


(……この人、全然息が乱れてない。今も、命を削っているはずなのに……。ダメだ、全然隙が見付からない!)


(驚いたわね。このコ、あたしの炎を目にしても恐れていない。これだけの炎を見れば、誰でも多少は怯えるものなのに。……うふふ、面白いコ)


 お互いを見ながら、リオとレヴィアは心の中でそう呟く。睨み合いが続くかと思われた、その時。列車が大きく揺れた。外で戦っている誰かが、必殺技を直撃させたのだろう。


(今だ!)


(ここよ!)


 それが、引き金となった。リオは右腕に装着した不壊の盾を破槍の盾に変えて、勢いよく走り出す。それと全く同じタイミングで、レヴィアは八つの火の玉を放つ。


 赤々と燃え上がる火の玉が、リオを焼き尽くさんと飛来していく。今のリオに、身をまもるものはない。一つでも直撃すれば、あっという間に火だるまになるだろう。


(当たれない……当たるわけにはいかない! 絶対に……全部避けてみせる!)


 目を見開き、リオは八つの火の玉を凝視する。一つ一つ、全く違う軌道で迫ってくるそれらを、極限の集中力と恐るべき制動力を以てかわしていく。


 一つ、二つ、三つ。全てを、皮一枚残して避ける。火の玉が一つでも当たれば、その時点で終わり。故に、リオの五感は極限まで研ぎ澄まされる。


(四つ目……かわした! あと半分!)


「まさか……そんな! あり得ないわ、全て避けられるなんてことが……そんなことはさせないわ!」


 すでに半分の火の玉を避けたリオを見て、レヴィアは驚愕し目を見開く。さらに禁忌の大力を発動し、残る四つの火の玉の勢いをさらに増し、リオを仕留めんとする。


 が、それに呼応するように、リオの動きもより機敏に、ムダのないものになっていく。まばたきする間に、リオは全ての火の玉を避けきった。身体には、焦げ跡一つない。


「嘘……!?」


「食らえ! バンカー・ナックル!」


「くっ……ああああああ!!」


 一瞬の勝負に打ち勝ったのは、リオだった。右腕を振り抜き、必殺の一撃をもってレヴィアの身体を貫く。


「……見事、ね。この勝負……坊やの、勝ちよ」


 そう言い残し、レヴィアは崩れ落ち動かなくなった。激しく燃え盛る火は消え、後には……静寂だけが残った。

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