207話―千獣戦鬼ダーネシア

 あばらが再生し、リオの傷が完全に癒えるのと同時に、ダーネシアが襲いかかる。カバの特性を得て巨体になってなお、スピードは全く衰えていない。


 むしろ、より走力が強化されていた。カバは鈍重でのんびりした生き物だと思われがちであるが、実際は違う。非常に獰猛で、身体能力もかなり高いのだ。


 その走力は、時速三十キロを容易く越える。


「早い! わっ!」


「避けたか。流石だ、リオ!」


 咄嗟に飛び上がり、リオはなんとかダーネシアの突進を避けることが出来た。ダーネシアが激突した岸壁が粉砕され、その破壊力の高さを否応なしに見せ付けられる。


 ダーネシアは素早く振り返り、再度リオ目掛けて突進を敢行する。リオは右手を地面に着け、ジャスティス・ガントレットの力を発動した。青色の宝玉が輝き、地面が凍結していく。


「その突進、破壊力は抜群だよ。だから……それを逆に利用させてもらう! アイシクルウォール!」


「くっ、これは……!」


 リオはさらに、自身の目の前に分厚い氷の壁を作り出す。アイスバーンでダーネシアの突進を暴走させ、氷の壁に激突させようとしているのだ。


 鉄槌の持ち手側を凍った地面に突き刺し、緊急停止しようとするダーネシアだったが、アイスバーンは非常に硬く失敗に終わってしまった。


「こうなれば、飛ぶしかない……!」


 軌道の変更も止まることも出来ない以上、ダーネシアに残された選択肢は一つ。鳥の獣人に変身し、分厚い氷の壁を飛び越えるしかない。


 が、それこそがリオの狙いだった。氷の壁を飛び越え攻撃してくるダーネシアにカウンターを叩き込み、そのまま仕留める。そのための策略なのだ。


(さあ、来い! 破槍の盾で返り討ちにしてやる!)


 心の中でそう呟きつつ、リオはダーネシアが壁を飛び越えてくるのを今か今かと手ぐすね引いて待つ。が、一向にダーネシアが壁の向こうから来る気配がない。


 リオが訝しんでいた次の瞬間、ダーネシアの声が響く。


「ビーストメタモルフォーゼ……モード・ライノ!」


「えっ……まさか!?」


 なんとダーネシアは先の先を読み、あえて氷の壁をブチ破り体当たりを叩き込むことを選んだのだ。サイの獣人に変身し、額に生えた強靭なツノで壁を粉砕し、リオに突撃する。


「このままライノホーンで串刺しにしてくれる!」


「まずい、このままじゃ……なんてね」


 相手の予想外の動きに動揺し、そのままツノの直撃を食らう……かと思われたその時。リオは片足を上げ、凍った地面に勢いよく叩き付けた。


 すると、無数の氷のトゲが突き上がり、ダーネシアの手足と腹を貫き動きを封じてみせる。リオは何らかの方法でダーネシアが氷の壁を破壊してくることも視野に入れ、対策していたのだ。


「がはっ……! やるな、オレのさらに上を行くとは」


「流石に焦ったよ。半分予想してたけど、まさか真正面から氷の壁をブチ破ってくるなんてね……。本当に凄いよ、ダーネシア。今まで戦ってきた誰よりも……あなたは強い。尊敬するほどに、ね」


 額に浮かんだ冷や汗を拭いながら、リオは真剣な声でそう口にする。実際、様々な獣の力を用いて変幻自在な戦法を見せてきたダーネシアは、これまでの敵とは一味違う強敵だった。


「そう言ってもらえて光栄だ。とはいえ……このまま潔く倒されるほど、オレは素直ではないぞ! ビーストメタモルフォーゼ……モード・ボア! スネイクリフレッシュ!」


「! しまった!」


 会話でリオを油断させ、ダーネシアはトドメを刺される前に蛇の獣人に変身した。そして、目にも止まらぬ速度で脱皮し、拘束から逃れたのである。


 一匹の大蛇となったダーネシアは、リオの身体に巻き付き締め上げる。巨大な蛇は己よりも大きな獲物であっても、臆することなく挑みかかり全身の骨をへし折るのだ。


「知恵というものは……どれだけの場数を踏んできたかで活かせる度合いが変わる……と、オレは思っている。その点においては、お前を上回っていると……そう自負している」


「そう、だね……。早くトドメを刺すべきだったって、反省するよ……あぐっ!」


 強烈な締め付けによって左腕を粉砕され、リオは痛みに呻く。危機を脱するためには、何とかして大蛇となったダーネシアを振りほどかねばならない。


 が、体勢が悪く全力を込めることが出来ず、リオは相手を振りほどくことが出来ずにいた。全身の骨がミシミシと軋むなか、リオの取った行動は……。


「こうなったら……! 出でよ、双翼の盾!」


「空を飛んで振り落とすつもりか!」


 リオは背中に双翼の盾を装着し、めちゃめちゃに蛇行しながら空中を飛び回り始める。遠心力を利用して、ダーネシアを振り落とすつもりなのだ。


「ついでに、こうだ!」


「冷気か? ムダだ、この程度の冷たさで離れるものか!」


 さらに冷気を放出してダーネシアをふるい落とそうするも、ピッタリと吸い付き離れない。今度は右足をへし折られ、絶体絶命かと思われたその時――。


「……? なんだ、急に意識が……」


「僕、知ってるよ……。蛇って、周囲の気温に合わせて体温が変わるんでしょ? 今夜は肌寒いし……僕の出してる冷気を浴びれば、蛇になってるあなたは……どうなるかな……!?」


「まさか、お前……!?」


 ――そう。リオの言う通り、蛇を含めた爬虫類は周囲の気温によって体温が上下する『変温動物』だ。周囲の気温の高い時は活発に動き、逆に低い時は動きが鈍る。


 では、そんな蛇に変身したダーネシアが冷気を受け続ければどうなるか。その答えは、ダーネシア自身が身をもって知ることとなった。


「そうか、そのために冷気を……!」


「締め付けが緩んだ……今だ!」


 体温が低下したことで力が弱まったダーネシアを振りほどき、リオは一瞬でへし折られた手足を治癒する。すぐさまダーネシアの頭の付け根と胴を掴み、円を描きながら急降下していく。


「食らえ! シャトルフープ・ストリーム!」


「ぐっ……がはあっ!」


 アイスバーンに叩き付けられ、ダーネシアは血反吐を吐く。確かな手応えを感じたリオは手を離し、ゆっくりと起き上がる。


 地面の凍結を解除し、ゆっくりと振り返ると……そこには、元の虎の獣人に戻ったダーネシアが横たわっていた。


「ぐ、がふっ……。素晴らしいものだ。生物の特性を瞬時に察し、的確に攻略するとはな。……なるほど。グランザーム様がお前を気に入るわけだ」


「ありがと。じゃあ、そろそろトドメを……うあっ!」


「だが! まだ敗れるわけにはいかぬ! まだお前の真の力を引き出せていない! このまま……敗北することは出来ぬのだ!」


 今度は一切の油断なく、ダーネシアにトドメを刺そうとするリオだったが、遠隔操作で飛んできた鉄槌が直撃し吹き飛ばされてしまう。


 ダーネシアはよろめきながらも立ち上がり、口から垂れる血を拭い取る。鉄槌を呼び戻し、これまで使うまいと封印してきたとある戦法を解禁することを決意した。


「……リオよ。オレの中には千の獣の因子が眠っている。その中には、オレが嫌悪している『毒』を使う生物の因子もある」


 そう言いつつ、ダーネシアは拳を握る。その独白を、リオは黙って聞いていた。途中で遮ってはならない。何故か分からないがそんな感情を抱いていたのだ。


「かつて我が母は毒を盛られ生死の境をさ迷った。故に、オレは毒を封印してきた。だが……リオ、お前の真の力を引き出した上で勝つためには、オレの全てを賭けて戦わねばならん」


 パキパキ、と音を立てながら、ダーネシアの身体が変異していく。全身を黒光りする甲殻で覆い、腰からは先端に湾曲した針を備えたしっぽが生える。


「リオよ。刮目して見るがいい。本当の力を解放した……オレの全てを!」


「……分かった。なら、僕もあなたの決意に応えるよ。ちょうど、魔力も溜まったしね。ビーストソウル……リリース!」


 ダーネシアの決意を目の当たりにしたリオは、回復した魔力を使い獣の力を解き放つ。ネコの化身となり、両腕に氷爪の盾を装着し身構える。


「……ありがとう、少年よ。我が全力をもって……相手をさせてもらう。ビーストメタモルフォーゼ……モード・忍び寄る死デスストーカー


 毒液の滴る尾と、分厚く巨大なハサミを備えた第三・第四の腕を生やし、サソリと虎のハーフとなったダーネシアは鉄槌を構えリオを見据える。


 草木も眠る丑三つ時――二人の獣の戦いは、クライマックスを迎えようとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る