70話―大王様とご対面

 夕方。一日中エリザベートの買い物に付き合ったリオは、へとへとになってしまう。宿に戻ると、エントランスにある椅子にクイナが座り二人を待っていた。


「二人ともおかえりー。さっき兵士さんが来てリオくんのこと探してたよ。何か用があるみたい」


「兵士さんが? なんだろ、何かやっちゃったのかな……」


 クイナの言葉を聞き、何か粗相をしでかしてしまったのではないかとリオは不安になる。アーティメル帝国とは文化面で違う部分が大きいことも、不安に拍車をかけていた。


 三人が話していると、宿の入り口の方から人が走ってくる音が響く。リオたちがそちらへ顔を向けると、一人の兵士が宿のエントランスに入ってくるのが見える。


「あー! ようやく見つけましたよ! よかった、これで大王様に怒られずに済む……」


「えっと、僕にどんなご用ですか……?」


 ホッと安堵の息を漏らす兵士に、リオは問いかける。彼の様子からして自分を捕まえに来たわけではないことは理解したが、何故自分を探していたのか分からなかったのだ。


 兵士はしばらく深呼吸をして息を整えると、ビシッとリオに向かって敬礼する。そして、何故リオを探していたのか、その理由を三人に話し始めた。


「まだご用件を話していませんでしたね。実は、大王様があなたの名声を耳にしまして……今晩開かれる晩餐会に、是非招待したいと」


「あら、そういうことでしたの。よかったですわね、師匠。遠い異国にまで名がとどろいているなんて、流石師匠ですわ!」


 用件を聞いたエリザベートは、手放しにリオを誉める。大陸の外の国ではあるが、エリザベートはロモロノス王国の王についての情報を仕入れていた。


 ロモロノス王ランダイユは強さを尊ぶ豪傑として名高く、彼自身が認めた勇敢な戦士しか晩餐会に招待されることはない。それを聞き、リオは照れ臭そうに笑う。


「えへへ、なんだか嬉しいなぁ。それじゃあ、早速いこっか」


「はい。すでに迎えの準備は出来ています。ささ、こちらへどうぞ」


 リオたちは兵士の案内に従い、宿の外に出る。宿のすぐ前には荷車ほどの大きさの屋根のない三人乗りの馬車が待機していた。馬車に繋がれたモノを見て、リオは目を丸くする。


「あれ? 君はだれ? 不思議な生き物だね」


 馬車に繋がれていたのは、二本の足と長い首を持つ鳥と羊の間の子のような生き物だった。物珍しそうにしているリオに気付き、甘えるように鳴きながら頭を擦りつけてくる。


「この子はシープァトルといってね、この国で馬の代わりに使われてるんですよ。足も早いし頭もいいし、何よりも人懐っこくて可愛いでしょう?」


「きゅま~」


 シープァトルは間延びした鳴き声を出しつつ、すりすりとリオの身体に頭を押し付ける。羽毛には氷の魔力が蓄えられているようで、ひんやり柔らかな手触りをリオは楽しむ。


 ひととおりモフモフし終えた後、リオたちは順番に馬車に乗り込む。兵士はシープァトルに取り付けられた鞍に跨がり、王宮目指して馬車を走らせていく。


 しばらく海沿いの道を通った後、リオたちは少しずつ街の中心部へと進んでいく。門がついた円形の城壁を越え、一行は白亜の輝きがまぶしい城へ入る。


「おおー……大きなお城だね。ガランザやハールネイスより大きいかも」


「んー、広いのはいいけど迷子になったら大変だね、こりゃ」


 広い回廊を進みながら、リオとクイナはそんな会話を繰り広げる。兵士に案内され、一行は大王ランダイユが待つ玉座の間へ向かう。


 その途中、リオたちの進む方向から何やら喧騒が聞こえてきた。ドタバタと誰かが走り回る音と、兵士や使用人たちの悲鳴が届く。


「みんなどくのれす! あの腐れキングに鉄槌を下すのれす! わしちの怒りは簡単には収まらないでち!」


「悪かったと言ってるだろおおお!? ペンダントを壊したのは謝るから、その物騒なモノを捨てろリーエンんんん!!」


 唖然としているリオたちの元に、二人の人物が走ってきた。一人は、身の丈を遥かに越えるこん棒を頭上で振り回す、白衣を着た小さな女の子。


 彼女に追われているのは、身長二メートルほどもある日焼けしたヒゲ面の大男だ。鬼気迫る表情を浮かべる女の子から逃げ延びようと、必死に走ってくる。


「え、えっと……あの人たち、だぁれ?」


 顔をひきつらせながら、リオは兵士に問う。すでに二人はリオたちの横を通りすぎ、遥か後ろへ消えてしまっていた。


「……追われていたのが我が国の王、ランダイユ八世です。追いかけていたのは、その補佐のリーエン政務大臣ですが……まあ気にしないでください。いつものことなので」


「は、はあ……」


 淡々とした、それでいて諦めの境地に達したかのような口調で語る兵士に、リオたちは曖昧な返事を返すことしか出来なかった。先に玉座の間に入り、一行は王の帰りを待つ。


「い、生き延びたぞ……。リーエンの奴め、手加減を知らんのか……」


 リオたちが玉座の間で暇潰しをしていると、満身創痍になったランダイユが戻ってきた。ズタボロにされ文句を垂れていたが、リオたちに気付き嬉しそうに笑う。


「おお! ついに来たのか! いやー、待ちわびていたぞ、アーティメルの英雄よ!」


「あ、えっと……はじめまして」


 逃げるのに必死でリオたちとすれ違ったことに気付いていないらしく、ランダイユは大げさな仕草でリオたちを歓迎する。が、先ほどの醜態を見ていた女性陣からの反応は冷たかった。


「……今さらかっこつけられてもなぁ。幼女にボコられる王様って……なんかダサい」


「右に同じですわ……」


「あ、あはは……」


 クイナとエリザベートの呟きを聞いたリオは、愛想笑いで誤魔化すことを選ぶ。ランダイユの面目を保ってあげようという、彼なりの親切心であった。


 ランダイユはそんな彼らの反応など意に介さず、三人に近寄り大きな腕を広げる。一気に全員を抱き締め、良くも悪くも荒々しい海の男流の歓迎を行う。


「いやぁーよく来てくれた! 俺は嬉しいぞ! 少し問題もあったがもう関係ない! さ、さ、ついてこい! すぐに晩餐会を始めよう!」


「あ、あの、分かったので離してくださ……」


 リオたちを抱き締めたまま、ランダイユは意気揚々と玉座の間を出ていく。なんとかして離してもらおうと声をかけるリオだったが、ランダイユに声は届かない。


 廊下を歩いていたランダイユは、突如物陰からニョキッと生えてきたこん棒に頭をぶつけ倒れる。その際に腕がゆるみ、ようやくリオたちは離してもらえた。


「まったく、わしちがいないと全然ダメじゃないでちか! お客ちゃまたちが苦しそうにしてるのが分からないでち?」


「ぐおお……あ、頭が……」


 物陰から現れたのは、こん棒を担いだリーエンだった。頭を押さえながら倒れるランダイユを呆れ顔で見下ろした後、今度はリオたちに声をかける。


「大丈夫でち? うちの大王ちゃまは夢中になると他のことに目がいかない困った子でちて……本当申し訳ないでち」


「ううん、気にしないで……えっと、リーエン政務大臣?」


 リオはリーエンを見ながら戸惑いがちにそう口にする。彼女の背丈は、年の割に背の低い自分よりも低く腹のあたりまでしかなかったのだ。


 リーエンは悶絶するランダイユの脇腹を軽く蹴って憂さ晴らしをした後、リオたちに向かってお辞儀をする。


「はじめましてでちね。わしちはリーエン。この国の政務大臣をしてる者でち。こんな姿なのは……アンチエイジングの魔法実験に失敗しちゃいまちて。まあ気にしないでくだちゃい」


「……この国は面白い人がいっぱいだなぁ。うちの旅団より個性的で面白いや」


 チンチクリンなリーエンを見て、クイナはそう呟く。幸い、その呟きは聞こえなかったらしく、リーエンは廊下の奥を指差しながら話し出す。


「奥にあるパーティー会場で晩餐会をするでち。リオちゃまだけでなく、他の参加者の皆ちゃまもいるので楽しんでいってもらえると嬉しいにょ……こはん、の。わしちが案内するでち」


「ありがとう。それじゃあいこっか。えっちゃん、クイナさん」


「……ええ。こうなったらもうどこにでもお供いたしますわ……」


 ランダイユからの手厚い歓迎に、若干どころではない精神ダメージを負いながらも、エリザベートは頷く。いまだ身悶えているランダイユを残し、一行は廊下を歩いていった。

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